冬の河

 ふと思い出して大笑いした話があるので、ここに書き記しておこうと思う。
私が中学生の頃の話であるから、もうウン十年前の話になる。

 さて、当時私が通っていた学校の近くには幅数百メートルほどの川がある。
冬の日の朝には周囲が霧で覆われ、幻想的な景色を作り出すナイススポットである。
この川に掛かる大きな橋を渡るのが我々の通学路であった。

 ある日の帰り、同じ部活の友人数人と帰宅している時の事である。

「俺、この川渡ってみるわ」

いつも奇抜な行動を取る事で仲間内から一目置かれる友人Aが、急にそんな事を言い出したのだ。
季節は冬、時刻は夕方。どう考えても痛い目を見るのは間違いない。
しかし止めた所で彼は引き下がらないだろう。
その程度の覚悟で物を言わない。彼はそういう男である。
誰も彼を止める事は出来なかった。

 一歩目で足を滑らせたりした時に助けられるよう、私はさっさと川に向かって歩き出す彼の背を追った。

「行くぞー!」

振り返り、少し離れて見ている友人達に向かって拳を掲げながら、川の中に一歩足を踏み入れる友人A。



「ああああああああああああああああ!!!」



冬の夕暮れ時に響き渡る絶叫。





「つめてえええええええええええええ」

叫びながら彼は私に向かって手を伸ばしてきた。
引き上げるべく差し出した私の手を、しかし彼は全力で引っ張りやがったのである。

「ああああああああああああああああ!!!!」
「ああああああああああああああああ!!!!!!」

響き渡るのは私と友人A、二人の絶叫。後方から爆笑の渦。

 ところで、皆さんは冬にお米を研いだ事はあるだろうか?
最近は無洗米が当たり前になって経験したことが無い人もいるかもしれないが、痛みに似た冷たさが肘辺りまで這い上がってくるあの感覚。
冬の川に足を入れると、あれが膝辺りまで突き抜けて来るのである。

しかし、二人とも引く事なんて考えなかった。
川を渡り切らねば負け。
これはそういう挑戦なのだと。
私巻き込まれただけなのに。

 そんなこんなで寒さに身を震わせ、叫びながら川の中ほどまで歩を進めた。
水深はそれなりに深く、腰まで水に浸かっていた。
ふと顔を上げると、橋の上を渡っている友人達の姿が見えた。

「オイ帰んなってえええええええええええええええ」

友人Aもそれに気付いたのか、悲痛な叫びをあげた。
後で聞いたところによると、対岸で待っておこうと移動しただけだったのだが当時の我々は置いてきぼりにされる物と勘違いしたのだ。

「帰らないから早く渡れって!」
「置いて帰ったら許さんからな!!」

そんなやりとりを大声でしながら、少しペースを速めてざぶざぶと川を渡り切った。

 川から上がった後、馬鹿な事をした自分達が面白くて面白くてゲラゲラ大笑いしたのをよく覚えている。
その後、近くの友人宅にお邪魔してタオルをお借りしたりストーブで制服を乾かしたりした。

 後日、この件が近隣の皆さんから学校に報告されて(あれだけ叫んでいたのだから当たり前である)呼び出しを喰らったのだが、
いじめでも何でもなく川を渡っただけですと言い切った友人Aの清々しい顔と、教師の呆れ顔は今でも忘れられない。
 馬鹿だけど良い思い出である。

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