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『上京生活録イチジョウ』 6巻 感想

概要

著者:三好 智樹、瀬戸 義明
原作:萩原 天晴
協力:福本 伸行

初版発行:2023年
発行者:森田 浩章
発行所:株式会社 講談社

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発行者による作品情報

『カイジ』ほろ苦・青春スピンオフ!悪魔的パチンコ台「沼」の主・一条にもあった、燻っていた若き日‥!

バイト先の中高年に絡まれて‥友達の田舎へ鈍行で向かい‥後輩に自分の間違いを指摘させる‥そして訪れる‥圧倒的モラトリアムからの卒業‥!
一条&村上による青春上京生活物語‥万感の最終巻‥!

Apple Books|三好智樹,瀬戸義明,萩原天晴&福本伸行『上京生活録イチジョウ (6)』

感想

 『カイジ』シリーズスピンオフ第3弾である本作、完結です。第44話「黒崎」から急に物語を畳みに入った感は否めませんが、資本主義を生きる者として思うところのある終盤、そしてハッピーエンドではないものの希望を感じさせる最終回でした。

 最終盤になることを引き立たせるためか、前半のエピソードは青春色強め。サマーシーズンを冷笑しつつもいざ実体験すると「悪くないな…」となったり、バイト仲間たちと深い議論に発展してしまったり。ここは普通に青春していて微笑ましいんですけど、その分後の展開が重くのしかかることに…。

 そして物語の佳境である第44話では、サブタイトルにある通り黒崎義裕さんの登場です。カイジ本編や『中間管理録トネガワ』でも描かれていたように「一見すると柔和な好人物だが、底知れぬものを秘めた危険人物」という描かれ方。あの一条からも内心では怪物扱いです。さすがにそれは言い過ぎじゃないかな…。プロジェクトの真相を一条に見抜かれても動揺一切なし。それどころか正論交えて彼に"圧倒的現実"を見せつける始末。ここの"正論"の圧は二つの意味で「流石…」と思いました。
 一つ目は文字通りの称賛として。一条に突き付けた"正論"のうち「(それを証明できるものを持っていないのに、)社会にどうやって自身の優秀さを知ってもらうのか」という部分は完全に同意でした。「私は優秀な人間です」と宣うだけなら誰でも出来る。ただし、それを周囲に"信じて"もらうためには、それ相応の"論拠"と"行動"がいる。そして現在の一条はその"論拠"を持っておらず、"行動"も起こしていない(同時に、この事実は彼にとって直視したくない"弱点"でもある)。
 もう一つはある種の皮肉として。『カイジ』シリーズの悪役から出る名言はぐうの音も出ない"正論"でもあるけれど、クズどもを焚き付けるための"詭弁"という側面もある(利根川先生の「勝たなきゃゴミ」「金は命より重い」も然り)。今回で言えば、一条自身が「横並びじゃ勝てない」「既に"舗装された道"にいない」状態であること自体はその通り。しかし、一条の境遇とプロジェクトが違法か否かは何ら関係ない。言ってしまえば「論点逸らし」でしかないです。とはいえ、一条からすれば痛いところを突かれたのもまた事実。それ故に黒崎の"圧"に呑まれ、"詭弁"を見抜けず焚き付けられてしまったのです。
 個人的に、この最終盤で東京タワーが見開き1ページにデカデカと描かれたのが印象深いです。第6話「鉄塔」(1巻収録)でナレーションが「次に見上げる東京タワーが‥‥‥‥ 大きく見えるか小さく見えるかは‥‥‥‥‥ 2人次第‥‥!」と言っていたことのある意味「伏線回収」です。この1枚だけで一条が現実に打ちのめされたことが伝わる、月並みだけどホロリと来る描写です。
 そして、(直接的な描写はありませんが)一条は原作通りの顛末を迎えました。その後無職(恐らく帝愛はクビ)になった村上がさくらハウスに戻り、物思いにふけっていると誰かが部屋のドアを開けて…というところで物語は幕を閉じました。その時の村上の言葉は感涙もの。色々あったけれど、一条のことは純粋に慕っていたし、今でも信じているんだなっていうのが伝わってきました。

 『中間管理録トネガワ』(全10巻)や『1日外出録ハンチョウ』(2023年9月時点で全16巻)と比べると巻数は少ないですが、"スピンオフ"ということを考えるとこのくらいコンパクトでちょうどいいと思います。というか、十何巻も続いているうえに「カイジ本編より面白い」と言われる『ハンチョウ』が異端すぎる。
 (野球ファンしかわからない喩えだと思うんですが、『ハンチョウ』が『トネガワ』はおろか『イチジョウ』の完結も見送ることになるのって、ちょっと山本昌みがあるな…。)

 余談ですが、第44話での芦田さん曰く「帝愛で上に行く人間ほど、内心では『俺が帝愛を利用してやる』と思っている」らしいです。『トネガワ』での利根川先生や黒崎さん、佐衛門三郎二朗(チーム利根川の一人)を見ているとそういうのは感じますね。
 個人的にこの「俺が会社を利用してやる」という内心、程度の差こそあれどほとんどの社会人が有していると思うんですよ。特に会社員は。「『この会社の一員であることで得られるもの』を利用している」と考えれば、ほとんどの人が当てはまる。「家や車を買うお金が欲しいから働く」「福利厚生が良いからこの会社で働きたい」はもちろん、「小さい頃から入りたかったこの業界に貢献したい」「仕事を通じて社会貢献したい」だって見方次第ではそうなるのですから。
 僕ですか?そりゃもちろん「給与をもとに買いたいもの、契約したいプランがある」って意味ではガッツリ利用していますよ😈

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