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100日後に国際協力をやめる日記(4)

まずは自分を知る

今日は案件形成についても書いておこうと思う。
案件形成というのは、説明の必要もないと思うけれど、新しく事業を形成することだ。ただし、一般の民間企業なんかと違うのは、案件が要請ベースであるということ。要請というのは相手方が希望を出すことで、必ずしもこちらがやりたいことを売り込むわけではない。とはいっても、我々受け手として、いつも受け身で待っているわけではない。時には、売り込み、要請を出してもらうように仕向ける。そう言った営業も必要だ。だから、結果的に出てくる要請にはいろんなパターンがある。双方があらかじめ根回ししたもの、相手方から一方的に出てきたもの、話には聞いていたけど思ってたのと全然違うもの、などさまざまだ。

お金には限りがあるし、全然関係ない要請を出してくれた機関に断りの連絡をするのも、説明が大変だ。だから、できたら、相手もこちらもやりたいとおもっているものが要請として出てくるのが理想。では、そのためにどうすればいいか。そう、我々が我々として、するべきこと、したいこと、できることをわかっていなければならない。わかっていないと、飛んでくる球に対応するだけの受け身の仕事に振り回されてしまうし、開発効果につながらない。だけど、どうも、我々が我々として、するべきこと、したいこと、できることに対する組織としての理解が不明瞭なのだ。でも、これって当たり前のようでいて案外できてないことが多いと思うし、全員ができるかと言われればそうでもない、けっこうむずかしいことだとおもいます。

グローバルアジェンダ

それで、グローバルアジェンダというものをつくっています。それは、分野ごとに注力するもの、目標なんかを取りまとめたものです。これがまた、なんとも評価が難しいのですが、大半はできることのとりまとめとちょっとしたストレッチに留まっています。できないことはやらない、という思考が骨の髄まで染み込んでいるものもあります。たしかに「できること」は大事です。嘘を言え、というわけではありませんし、できることは、やるべきことに取り組んできたからできるようになったのでしょうし、できることは強みとも言えるでしょう。しかし、予算が削減され、日本を取り巻く社会経済状況の変化を分析した上で、組織として「狙う」ことはなんなのか。そう考えた時に、今までのできたことを引き続きやることが必ずしも正解ではありません。それと同じくらいに、できてなかったけど、できるようになりたいこと、やらなければならないことがあるのではないでしょうか。それに立ち向かうことを宣言するのは、「できないことはいわない」という態度で立ち向かっている限りはいつまでも無理なのではないでしょうか。
こういうと、では、できないことをやるというのか、という反論が聞こえるかもしれません。そんなことは言っていません。言いたいのは、我々がやるべきことは明らかになっているのか、という現状分析の実施状況なのです。実は多くの場合、この現状分析をせずに、勝手にやるべきことを決めてしまうからあとで困るし、「オレはやるべきとおもっていなかった」などという人も出てきてしまうのです。
このグローバルアジェンダには分析がたりていません。たまたま当たっているものもあるかもしれませんが、他ドナーの動き、資金の焦点、スキーム、地域特性、日本の今後取るべき立ち位置、等々考えることはさまざまです。ブレストしていろんな物差しを出し合い、そして分析する。そうすれば「べき」が見えてきます。
逆に言えば、「べき」が見えていないということは、その組織の中にこういった議論がなかったということを物語っています。

実際の悲劇

実際にあった悲劇の例を挙げましょう。都市開発の案件です。都市化が進行するエリアでは、自家用車の使用が発達し、他方で公共交通の開発が進まない。さらに自家用車が増えるという悪循環が起きる例がよくあります。また、その都市にそもそものマスタープランがない、あるいはあっても古くなているという場合もあり、いずれにしても依ってたつところがありません。
日本はこのマスタープランづくりは職人芸としているところもあり、他の機関の開発のベース資料となることも多いです。また、他のドナーはこう言った調査ものにお金を割きたくないと考えているところもあり、そういう意味では、日本ができて、比較的上手で、他の人がやらない、という高く売れる商品ということが言えます。
それを実施機関とした調整し、案件要請が出ました。王道の案件形成です。しかもこういった計画づくりは上述したグローバルアジェンダでも言及されているので、注力している分野ですから、基本的に推進すべき案件と言えるでしょう。かつ、渋滞の状況もひどいこと、計画づくりの更新段階にさしかかっていること、これまで20年以上日本が協力してきたことからもかなり有料案件とおもわれました。

しかし、問題になったのは、日本の企業が計画づくりの後のインフラ事業に入札するのか、というお門違いのハードルでした。マスタープランで入札レベルの計画ができるはずがありません。しかし、その先立つものがないと調査にGOサインが出ないと言い出します。
日本の予算が少なくなってきている中、むしろ日本が実施段階に出資することが確約できてすらいないのに、その段階で日本企業の進出が判断基準になってしまいました。また、グローバルの開発効果の発現を目指すため、名付けた「グローバル」アジェンダがただの日本企業支援にすり替わっているのです。

これでは、いくら戦略ができようとも、短期的、あまりに短絡的な目の前の利益が数十年の開発を頓挫させようとしており、皆、その事実にすら気づいていないのです。
「短期も長期も大事だよね」、などと呑気なことを言っています。
「人が変わればまた変わるよ」、などと言っています。
一体何のために方向性をとりまとめたのでしょうか(不十分にせよ)。
それが担当者がかわったらかわるってなんなんでしょうか。

しっかりと分析し、この属人化から抜けない限り、組織として効果を発揮することはできないのだろう、と感じます。


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