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酔い

なぜ人は酒を飲むのだろうか。私は今成年であり、酒が大好物である。最近は健康上の理由で減酒をしているが、前までは毎日嗜んでいた。が、未成年の頃はいつもこんな疑問を抱いていた。「大人は何故酒がそんな好きなんだあろう。そんなに美味しいの?酔うことってそんなに楽しいことなのかな。酔ったらカッコ悪くなるのに、なんでそんなに酔うことが好きなのかな」

今ではこの理由は明確に分かる。酔うことはカッコ悪い、酒はそんなに中毒になるほどうまくもない。ただ単に「酔える」から大人は酒がすきなのだと。

この記事を見ている方に「酔う」経験をした人がどれほどいるだろうか。酔ったことがある人も、そうでない人もこのような疑問を持ったことのある人は多いだろう。「酔っている」人と酔っていない人では何が違うのだろう。「酔う」とはどういうことだろう。

この問いに答えるため、「酔い」について化学的に考えていこう。一体「酔っている」人の体内では何が起きているのだろうか。

まず、「酔い」には二種類の使われ方をされる。一番目の酔いは「楽しくなったりしていること」二番目は「顔が赤くなったり、気持ち悪くなったりすること」である。「二日酔い」なんて言葉は後者の使われ方だろう。これら二つには決定的な違いがある。つまり化学的にはこれら二つの機構は異なっているのだ。今回は前者のような「酔い」について主眼を置いて述べる。

さて、まずはアルコールによる酔いの正体はなんだろう。一般的なアルコールーつまりエタノールーは非選択的な麻酔薬に分類される薬物である。エタノールが麻酔薬と聞いて違和感を覚える方も多そうであるが、エタノールは立派な麻酔薬である。「麻酔」とは、人為的に感覚をなくすことである。つまり。アルコールによる「酔い」とは脳を麻酔することで「気持ちいい」と感じているということになる。

脳を麻酔することで「気持ちいい」と感じるのはなぜだろうか。

一度遠回りをしよう。睡眠薬の話だ。大昔、眠れない人がいた。これに対して医者は睡眠薬を処方していたわけだが、大昔は「バルビツール酸系」という睡眠薬が使用されていた。バルビツール酸系のお薬は同時に「不安」にも聞くとされ、極度の不安障害を持った人々にもバルビツール酸系の薬が使われるようになった。しかし当然不安障害を持った人々からは「余りにも眠すくなりすぎる!」という苦情があったのだが、当時の化学者は「不安」と「眠くなる」というのは同じような機構で働いており、不安を無くすということは脳の働きを抑えるということであり、眠くなるのは仕方がない副作用だと考えていた。しかし、ある薬物の発見によってこれは覆されるようになる。

1955年Sternbachにより最初のベンゾジアゼピン系薬物クロルジアゼポキシドが合成された。なんと、この薬物は「不安」だけに効くことがわかったのだ。つまり眠くならない。ということはだ、「不安」と「眠り」とは違うメカニズムであることが分かり、さらに研究が行われた。

そこで発見したのがGABA(A)受容体であった。ベンゾジアゼピン系薬物はこのGABA(A)受容体という脳の部位にひっつき、この作用を増強させるのだ。そしてこのGABA(A)受容体の作用が増強されると、不安が減ることがわかった。

さて、アルコールの話に戻ろう。実は、アルコールも低濃度でこのGABA(A)受容体の作用を増強させることがわかったのである。

つまり我々が気持ちよくなるのは、「不安」というものが消失するところから生じていたのである。酒を飲みたくなるのは「不安」を一切消失させてしまいたいという欲求にほかならないことなのであった。

さて、でもまだわからないことがある。「不安」を消失させるのはわかった。でも酒に酔っている人のあの攻撃性とか、ろれつの回らなさとか、とにかく人が変わったような感じはどこから来ているのだろうか。

それは酒が非選択的な麻酔薬という事実で答えることができる。非選択的ということは、どこを抑制するかはわからないということである。酔っ払いの種類は実に多様である。怒りっぽくなる人もいれば、何も喋らなくなり寝てしまう人もいる。この違いはどこから来るのだろうか。もし本当にランダムなら、今日飲んだときは怒りっぽい、明日は寡黙かもしれないだろう。でも現実にはそんな人はいない。酒癖の悪い人はいつも酒癖が悪い。じゃあ、非選択的ってどういうことなんだろうか。ここでの非選択的とは、ほんのちょっとの条件の変化でもその振る舞いが変わってしまうよってことなのだ。

例えばAさんとBさんの脳は違う。だからアルコールがどこの領域を抑制するのかは、ある程度までしかわからないということだ。つまり酒に酔っていろんな酔い方をするのは、脳の領域とエタノールとの結びつき方の分布の違いと言える。

エタノールは最初GABA(A)受容体を抑制してからじわじわとその”抑制の波”は広がっていくが、その広がりかたに個性があるのだ。仮に「攻撃的になることを抑える」脳の回路を抑制したとしたら、その人は怒りっぽくなってしまう。「起きていろという」脳の回路を抑制したら眠り出してしまう。それだけのことだったのだ。

ちなみに、酒は大脳新皮質と呼ばれるいわゆる「理性」を管理する領域から麻酔をかけていき、脳幹と呼ばれる生命維持に必要な中心部まで麻酔することがある。これがよくニュースなどで聞く急性アルコール中毒による死亡である。

有名な言葉がある。

酒が人をアカンようにするのではなくその人が元々アカン人だということを酒が暴く

というものだ。しかしアルコールが非選択的な麻酔薬だと知っている人であればこれに異を唱えることができるだろう。

なぜなら、その人をその人たらしめているものは大脳新皮質もすべて含めた人間性である。大脳新皮質を麻酔してしまえば全員同じ「動物」になってしまう。なぜなら「理性」のコントロールは大脳新皮質で行われるからだ。酒による抑制の違いに個性があることがこのような間違いを生む原因となっている。誰もが元々アカン人なのである。

といっても、飲酒をする者にできることはある。自分のアルコールの抑制の特性を知っていくことである。これにより「粗相」はある程度回避できるだろう。

しかしなんと言おうと酔った状態の脳は抑制された状態の脳なのだ。正常な状態とは異なることを認識していなければならないし、それを認識して飲み始めなければならない。周りで見ている人も「正常な」状態の時に「異常」にならないための策を練る必要がある。酔った状態の人間を責めても仕方のないことなのだ。

ついでに、酔いのもう一種類、つまり顔が赤くなったり気持ち悪くなったりする酔いについても解説しておこう。

エタノールが代謝されるとき、アルコール脱水素酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素という二つの酵素が登場する。アルコール脱水素酵素はエタノールをアセトアルデヒドに変えるために働く酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素はこのアセトアルデヒドを無害な酢酸に変える酵素である。

つまり、有害なのはアセトアルデヒドで、こいつが吐き気を感じさせているのでえある。アセトアルデヒドは、強く分極したアルデヒド基という構造を持ち、これが細胞内のDNAの架橋構造に影響を与えるため生理学的な現象を生じるのである。つまり、後者の酔いの原因はアセトアルデヒドの蓄積によるものである。

日本人は遺伝的にアセトアルデヒド脱水素酵素の働きが弱い場合が多く、顔が赤くなりやすい。

「酔い」が異なる二つのメカニズムで起きる事を知れば「あまり酔わない」「酒に強い」と言われている人がどういう人かわかるはずである。

「酒に強い」人が二日酔いになる場合もあって、これは、脳との相互作用の強さと、エタノールの代謝にはなんの関係もないからとされる。

酒豪やら、酒に弱いだのなんとなく使っているが、何を持ってある人が「酒に強い」としたらいいのだろう。

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