虚構日記「香水」
代々木上原駅構内の化粧室で香水をつける。
手首とうなじにさりげなく。これがいまから一緒にご飯に出かける先輩と会う際のマイルールだ。
改札を抜けると小雨が降っていた。
小さな折り畳み傘を広げるのに苦労していたら、先輩が大きなビニール傘にわたしを招き入れてくれた。感謝の言葉を伝え、そのままふたりで店へと歩みを進める。
先輩が予約をしてくれたおかげでスムーズに席へと案内される。生ビールをふたつ頼んだ。
おつまみを決めるためにメニュー表を眺める。「枝豆、食べる?」と言いながら意地の悪い笑顔を浮かべる先輩。
わたしが枝豆が苦手なことを知っているのだ。
やかましいなとそういうところだぞが混ざって不思議な感情が形成される。この感情は駄目だ、言語化してはならない。そんな予感がした。
酔うと先輩はわたしを口説き始める。
手を握って、わたしの指が綺麗だと褒める。
頭を撫でて、可愛いねと笑う。
やかましい。そういうところだぞ。
今日もわたしは曖昧な態度を貫いた。
曖昧にしないと、壊れてしまう。
全額お支払いをしてくれた先輩にご馳走様ですと出口でお辞儀をし、そのままふたりでエレベーターに乗った。
乗るとすぐに先輩はなにも言わずに抱きついてきた。甘い香りがする。
先輩、香水つけてますか?
と訊ねると昔の恋人からもらった香水が使いきれずたまにこうやってつけるのだとぼそっと呟いてきた。
そういうところ、なんだよな。
ドアが開く。先輩が何食わぬ顔で傘を開く準備をする。
2軒目へと、歩みを進めた。
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