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虚構日記

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真に受けないでほしい日記です。
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記事一覧

虚構日記「グータッチ」

送っていい?ときみは聞く。 お願いしますとわたしは答える。 裏路地を練る傘ふたつ。 ひとつは晴雨兼用の傘。 ひとつはついさっきNewDaysで買われた傘。 入れてあげてもよかったけれど、 入れたらわたしはずるくなってしまう。 保険だらけの女なもので。 階段下に咲く傘ふたつ。 ひとつは弱い傘。 ひとつは弱いけど、つよい傘。 そうだ最後に、ときみは言う。 きみはわたしに手を差し出す。 握手かな?と傘を持ち替えると、 きみは自分の手をグーにした。 わたしも真似て、グーにした

虚構日記「予感」

その子はある日、ランチに食堂でオムライスを食べた。 貼り付けたようなプレーンな黄色に存分にかけられたトマトケチャップ。 新卒1年目を実家で過ごしている彼女は、仕事からまっすぐ家に帰った。 待っていたのは、オムライスだった。 夕食にオムライスが出ることはその家ではたいへん珍しいことで、ましてやお昼にオムライスを食べた日にそんなことが起こるとは。 彼女はオムライスが大好物なため嬉しいハプニングだったと振り返る。 それでね、と彼女はわたしに言う。 そのことを彼氏に伝えたのね。

虚構日記「大阪一景」

新大阪には予定通り17時半に到着した。 そこから何回か乗り換えをして、京橋からほど近い場所に住む旧知の友に会いに行く。 わたしのほかにもう一人、わざわざ東京から友がやってくる予定だ。 もともと東京の、東京といえど田舎くさい多摩地域の、大きな高校の小さな部活で知り合った三人が、7年後には大阪で顔を合わせるとは。 太陽の塔に行きたい、大阪らしく食い倒れたい。 そんなリクエストを事前に口に出してはいたが、友と、友の家を訪問するということ自体が嬉しい。バスタオルは用意するし、洗濯す

虚構日記「初恋の呪い」

この文章は、ある人に捧げます。 その人以外にはきっと冗長な文章になるでしょう。 * 初恋にはそっぽを向かれた。わたしの初恋は12歳。 初めての失恋も12歳だった。あの子には好きな子がいるみたい。 わたしじゃない子が好きみたい。 どうせ卒業したら会わなくなるし、どうせ小学生で両思いでも意味ないし。 そんなことばを自分にかけた。それはまじないだったし、のろいだった。 10年後、初恋の呪いがわたしの前に立ち現れた。 わたしは自宅のリビングでうたた寝をしていた。 あるいは、

虚構日記「雨のSA」

ますます雨が強くなっているのがわかる。SAの駐車場を出入りする人たちは足早だ。それをぼんやり眺めながら、わたしは飲みかけのペットボトルのラベルを少しいじっている。運転席に座る彼は、水筒に入れた麦茶を喉仏を跳ねさせながら飲んでいる。車内に走る静けさが緊張感を誘発するが、それもまた快く思える。 * わたしたちは地元の幼馴染で、5歳から12歳までを一緒に過ごした。 文字面通り、いつも一緒だった。小学校卒業後は別々の中学、高校、大学に進学した。年賀状のやり取りだけは毎年欠かさずし

虚構日記「656日」

656日というのは大学2年の秋から大学4年の初夏に相当する日々だった。 656日の始まりの日は、雨が降っていた。 たしかきみは雨の日なのにサンダルを履いていた。 わたしには今まで、雨の日にサンダルを履くなんて概念がなかったもんだから、たまげたよ。 656日の366日目も、雨が降っていた。 きみはわたしに、花をくれた。 656日の冬のある日に、温泉でくつろいだ。 この前の雪の日に、家の郵便ポストまで行くのにサンダルを履いて出たら流石に寒かった、と笑うきみにわたしは心底たまげたよ

虚構日記「君とドライブ・マイ・カー」

ねえ君、実は君はわたしにとって大切な友人なんだよ。気付いてる? わたしたちが初めて一緒に飲んだのは最寄りから二駅先のバーだった。バーにしては珍しくカウンター以外にもテーブルがあって、わたしたちは店の隅の4人テーブルに腰を下ろしていた。わたしたち以外にも友人がふたり座っていた。 奇妙な巡り合わせでわたしたちはそこで飲み合わせたわけだが、そこからさらに奇妙な色々があってわたしたちはふたりきりでよく飲むようになった。君とわたしはおそらく、表面上は似ていない。そもそも君とわたしは生

虚構日記「ここはビル風吹く砂漠-仙台旅行記②-」

「強風!手を離さないで!」 「ビル風」「取手から手を離さないで!!」 「喫煙可能店」「強風」 「お持ち帰り出来ます。ハヤシライス」 そんな貼り紙がめぐらされた喫茶店。 外からはあまり中の様子は見えない。入店。 ああ、確かに強風だ。 カウンター席に案内される。 感染症対策だろうか、席と席との間にパーテーションが鎮座しておりやや肩身が狭い。字面通りに。 コーヒーを頼み、持ってきた新書をひらく。 言語哲学の入門書は数時間前までわたしに優しかったはずなのに、今ではロゼッタストーン

虚構日記「夜行バス-仙台旅行記①-」

金曜の夜、同期の友人たちと宅飲み手巻き寿司パーティーを催す。 好きな人が出来た、恋人のここが好き、あの人が嫌いだなどといった大学生らしい話を友人たちが繰り広げる。わたしは日本酒を飲み進める。4人で気付けば4本を空にした。 23時過ぎ。 自分の使ったお皿を洗い、洗面台を拝借して歯を磨いた。 気をつけてねと玄関まで友人たちが見送ってくれる。お土産を買ってくるからまた飲もうと言い、先に退出。 今晩向かうのは仙台だ。 八重洲口発の夜行バスに乗って6時間で着くという。誰かと一緒とい

虚構日記「アネモネの手紙」

計画的にレジ締め作業などを済ませ、退勤したのは22:11でした。 アルバイトを終えたわたしは駅に向かいました。大切なあなたに会うためです。 2人きりで飲むのはいつぶりでしょう。 話すべきこと、話したいこと、話してしまいたいことを両手いっぱいに抱えながら、先に改札前に到着してあなたを待ちました。 数十メートル先にあなたが見え、思わず微笑むわたし。手を振る。あなたも手を挙げて合図を送ってくる。 あなたと知り合ったのは1年半前くらいですね。 初めて話したとき、あなたの会話の“行

虚構日記「転んで、ゲレンデ」

倒れる、と思う。 その予感は大抵当たる。身体が空中に投げ出される。加速から解き放たれ浮遊する一瞬の快感。だがそれもすぐに痛みへと変わる。視界が白くなる。腕の痺れを感じる。また倒れるときに手が先に出てしまったのか。 友人たちと群馬県のゲレンデに来ている。 人生初のスノーボードをやるために。 可もなく不可もなくどちらかといえば可な運動神経をもつわたしは、ここに到着してから1時間程度でリフトに乗って滑って帰って来れる程度には上達した。とはいえスノーボードは転倒が前提ともいえるスポ

虚構日記「餃子食べ放題」

先輩に連絡をしたのはこの前のインターンの帰り道だった気がする。 朝から優秀な同い年に囲われて、おんぼろの濡れ雑巾みたいな顔色になってしまったわたしは誰かと繋がっている実感を得たかったのだ。 このところ先輩と連絡を取るのは少し控えた方がいいと思い始めていた。だからおとといLINEのトークルームのピン留めを解除したばかりだったけど、ちょっと下にスクロールしたらすぐ目に入る猫のイラストのアイコンが憎たらしい先輩を「飲みに行きませんか」と誘った。再びピン留めを設定した。 すぐに話

虚構日記「水曜日はサービスデー」

水曜日はサービスデー。 午前中に美容室に行ってわたしは可愛くなったんだもん。 このまま家になんて帰ってやるものか。 水曜日はサービスデーだから、映画館に出向いた。 ビルの4階にある小さな映画館でチケットを買う。 水曜日はサービスデーだから、1300円。 結構席が埋まっていた。 映画を観ながら考えた。 今日の映画はわたしにとってはハズレだったかもしれない。 なんだかちょっと、かなしくなる。 でも水曜日はサービスデーだから、別に良いの。 水曜日は週の中でいちばん素敵な曜日な

虚構日記「スーパーマーケットの姫草ユリ子」

スーパーマーケットでアルバイトをしている。 担当はレジ打ちだ。 17時から19時にかけて、うちの店はいつも混む。 そしてその時間にいつも自分は働いている。 自分とよくシフトが被る大学院生のキムラさんは一昨日から熱で休んでいる。 キムラさんにはお世話になっているから代打を願い出たかったのだが、今日は元々シフトが入っていたからそれは叶わなかった。 アルバイトのメンバーがみんな入っているLINEのグループでは誰も発言していなかった。 いったい誰がキムラさんの穴を埋めるのだろうか。