ブレードランナー2052 #ヘッズ一次創作アンソロ
こちらの原稿はヘッズ一次創作アンソロジーに寄稿した小説です。
ヘッズ一次創作アンソロジー『メガロシティの生活』は2020年9月27日、関西コミティア59にて頒布されたもので、一部表現を加筆修正しています。
ブレードランナー2052
「さっき忠告はしたはずだぜ」 隣席で終わりそうにない下品な雑言に我慢の限界に来ていた俺は、向けていたパラライザー(+22)を撃った。ZAP! サイバネスキンヘッドゴリラが一撃で昏倒してバーの床に倒れた。視界の端にいくつも通報アラートが出てくる。PCだったってことか。相棒のロイが罵声を上げながら、リベンジ・シールド(+19)を構えて背後をカバーした。SMAAAAASH!!! シールドにタクティカルバトンを叩き込んだマヌケがダメージを3倍にされてテーブルやイスを巻き込んで壁に吹っ飛んだ。
「お前な」「NPCかと」「PCビューア入れろよ」「面白くないだろ」「タコ」 完全にバーは戦場になっている。サイバネゴリラたちに絡まれていた美女もどこかに行ってしまった。あっちはNPCだったのか。ゴリラたちは実弾を使ってきている。捨て垢だからって好き放題しやがって。ロイと俺で7人は捌いたが、オート・イヴェイジョンも2回切れている。通報ゲージの上がりも早い。LAPDが来ると面倒すぎるし、ここで万が一やられても困る。このパラライザーのカスタムに1年は掛かってる。
「どこから逃げる?」 俺はロイと共有しているミニマップに裏階段のドアをプロットした。ロイがカウンターを飛び越えて裏口へ抜けた。カバーリングで2人落として次は俺。オート・イヴェイジョンは3つ切れてあと2個。エイムのいい奴がいたらしい。3階上がって、隣のビル階段にジャンプ。より屋上の高いビルに行くのは、ロイぐらいの歴なら身に染み付いてる。
現行犯にならなければ、お咎めは無い、はずだ。屋上に駆け上がると、目の前に「たのしい」のホロ看板。ネオンがノイズなので、地形だけワイヤーフレーム表示に変えて、ルートを取ったらスプリンターをONに。数ビル飛び渡っていくうちに、通報ゲージは一気に下がった。「OK」「ほい」 貯水タンクの影に座り込んで、諸々のモードをデフォルトに戻していき、電子シガーに火を付ける。紫煙エフェクトが上がる。TRUE-HARD-BOILEDの実績解除には欠かせない。
「マジこういうのするんだったら、PCビューアつけてくれるか。トロフィー狙いは一人で頼むわ」「でもまぁ見えない方が楽しくないか」「今言う?」 一通りのリソース損耗を確認し終えたのか、ロイは不機嫌そうにログオフしてしまった。残された俺は肩をすくめ、ひとり電子シガーをくゆらせながら、重金属酸性雨の下、PVCレインコートを羽織った人々が行き交う路地を見下ろした。
ロサンゼルス、メガロシティ。ブレードランナー、John-D-Con。それが俺の名だ。
通報アラートが完全になくなったのを確認し、俺は雨天迷彩を纏って、ラップトップを広げ、バーの監視カメラを呼び出す。LAPDがダウンした連中を引っ張って、警察に向かっていく最中だった。俺は店に迷惑を掛けていた連中に一発くれてやっただけ、そういう所に落ち着いただろうか。一瞬ホッとした溜息が漏れかけて、危うく飲み込み、ラップトップを片付けた。
「高くついたな」 ボヤいたところ、折よく振動通知が入ってくる。迷わずポップアップを拡大。
捕獲任務(生死不問)
ランク – 89.3
期限 - 24時間
標的 - 女性型レプリカント。重改造・迷彩。
報奨 - 222,000 LAD。一人総取り
異常な高ランクと高報酬の総取り。迷わず応募して3秒で、ターゲットに関する情報が一気に転送されてくる。
<タイプ-不明。171cm。ガッシリした体格(武器・装甲内蔵推定)。ブレードランナー2名に重傷を与えてマッカーシー・ストリートを北に逃走……>
PC並の性能のスプリンターで駆け抜けていくターゲットの動画を頭に叩き込みつつ、スカイウェイの無人タクシーに電磁フックロープを当てて、後部座席から乗り込む。到着予測は20分後、仮眠を取るには、十分な時間――
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「ダイキ」
呼ばれている。
「ご飯、入れとくから」
バイタルパッケージのこと。
「たまには、ちゃんとしたの食べないと、身体壊すわよ」
身体。からだ。
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「起きた?」
シーリングファンの回転翼が青白い光を散らしている。寝ていた。ミサンディがいる。ブルネットの髪、褐色の肌、琥珀色の虹彩にリングタトゥー。エシオ・ファクトリー社のフルカスタマイズCGコンパニオン。現実より解像度が高いぐらいだ。
「今何時だ?」 時刻表示は見えるが、あえて聞いてみる。「1時に戻ってきて、15分くらいかな」
ソファから身を起こして歩く。デッカード・スキンのインテリアは薄暗い。黄ばんだ光が包むキッチンに足を踏み入れると、栄養価ウィンドウが目端に現れる。カルシウムの数値が赤い。冷蔵庫に向かい、プロパティを開く。リストをザッと眺める限り、ミルクがセールになっていたので、購入して飲む。ハードボイルドも、牛乳は飲むはずだ。少なくとも無意味な不摂生はしない。
「すぐ仕事に行くの? がんばってね」 クローゼットで武装を整えた俺に、ミサンディが声を掛ける。変わらない抑揚だが、不安そうな響きがある。
抱きかかえるように手を回す。注意深く。ホログラムの輪郭に合わせるように。カーテンが開いた窓の外を「強力わかもと」のアドシップが通り過ぎていく。ディスプレイには無機質なニュース。
「行ってくる」 1時30分。ミッション期限まで23時間。俺はミサンディから離れると、ベランダに歩み出て、端でメガロシティに背中を向ける。雨天迷彩を起動し、一歩後ろへ。重力に身体を預けて、溶け込んで行く――
――4時間、ターゲットが見つかったエリアの監視カメラを手当たり次第に、痕跡を追い続け、探り当てた。ギルドチャットを使わずに見つける苦労も慣れたものだ。若干の笑みを押し殺し、廃ビルに虎の子のフルサーモスキャンを使う。3階の部屋に人型の熱源が一つで他はなし。
やるだけだ。一呼吸し、弾の装填を確認して、ベランダに駆け上がる。
壁を蹴り、欄干を掴み、目の前にあるガラス戸を思い切り蹴り込む。ガラスが弾け飛び、カーテンが踊る先には、すでに義腕の銃を展開した女。やられた。
腕の機関銃が弾をばら撒く。轟音。オート・イヴェイジョンが1、2、3、被弾、被弾、被弾。身体をひねって窓脇に隠れるが、壁が抜かれる。視界が赤く染まる。転がってベランダの端に捕まる。集弾性がありえない。このレベルのカスタムがNPCに設定されるなんて、調整が狂っている、が、現実がこれだ。
(ロジック・トリガー、ノーリコイル、全部持ってるとして――クソ、スプリンターもか)
上で突然の爆音がし、頭上をなにかの塊が飛び抜ける。反射的に手を離して振り向くと、向かいのビル壁に立った女がこちらに両手を向けていた。轟音。さっきまでいた空間を銃弾が埋める。下まで自由落下できる時間が、無い。2階のベランダを蹴って、向かいのビル壁に片手をついて闇雲に頭上を撃つ。8発全部だ。
(当たれば――) アクション映画の演出めいて、一発の弾道が女の額に吸い込まれていく。EVADED。オート・イヴェイジョン。
轟音。マズルフラッシュと立て続けに視界が赤からモノクロへ変わる。背中から地面に落ちて、一瞬視界がスパークした。 銃弾が頭蓋をかき回す音が響いた。
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「ダイキ」
「ニュース、見たんだけど、大丈夫なの? なんだかVRポッドで、栄養補給が、不具合とか」
「お母さん、あんまり最近の機械のことわからないんだけど」
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「起きた?」
シーリングファンの回転翼が青白い光を散らしている。
寝ていた。ミサンディの膝枕の上。ブルネットの髪、褐色の肌、琥珀色の虹彩にリングタトゥー。
「今何時だ?」「7時15分くらい。大変だったのよ。死んじゃったかと思った」
ソファから身を起こして歩く。薄暗い部屋を渡り、黄ばんだ光が包むキッチンに足を踏み入れる。冷蔵庫を開け、ミルクとカロリージェルを流し込む。失敗だったということ、だ。本物のハードボイルドには、そういう日もある。俺はソファに腰掛け、シーリングファンを見上げた。
「今日も行くの?」 ミサンディ。「いや、今日は休むよ」「そうなんだ。じゃあ、こうしてていいかな」 胸に顔を埋めてくる彼女の肩を抱く。ディスプレイには無機質なニュース。
『埼玉県上尾市のマンションで、島田照代さん(82)と、息子の島田大輝さん(52)が死体で発見されました。争った痕跡はなく、状況から島田照代さんは自殺と見られており、衰弱した島田大輝さんの死因は――』
ミサンディはチャンネルを変えた。「何か映画でも観ようよ。GHOST IN THE SHELLとか」「押井守版なら」 俺は電子シガーに火をつけて答えた。煙が傷んだ肺にしみた。 ■
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