190602パラダイムシフターnote用ヘッダ第07章04節

【第7章】奈落の底、掃溜の山 (4/23)【微酔】

【目次】

【鎮痛】

「それは、毒だら。飲んじゃあ、ダメだ」

 ワッカが真剣な目つきで、アサイラに語りかける。周りの小人たちも、ワッカに同調して声を上げる。

「のむと、くらくらする。のどが、かわく。のみすぎれば、死ぬ」

「よい香りがするが、だまされちゃいけない。香水には、いい」

「水とちがって、火がつくぞ。着火剤にもいいな」

 小人たちは口々に、アサイラが手にした琥珀色の液体の危険性を主張する。アルコールは毒であるわけだから、小人たちのいうことも間違っているわけではない。

 どうやら、ここの住民には酒を嗜好品とする習慣がないらしい。あるいは、体質的に酒精を受け付けないのか。

 思考を巡らせるうちに、アサイラは全身の鈍痛と倦怠感が重くなるのを感じる。

 周囲の反発を無視し、アサイラはウイスキーボトルの栓を開け、琥珀色の液体をあおる。小人たちが、目を丸くする。

「うわあああ! お客人が、毒をのんだあ!?」

「いまなら、まだまにあう! はきだすんだ!!」

 周囲の小人たちが、アサイラを止めようと群がる。当のアサイラは、かまうことなく、瓶の中身を三分の一ほど、飲み干す。

「ふうぅぅ……」

 アサイラはボトルから口を離し、一息つく。小人たちは、静まりかえる。

「……死なない?」

「毒をのんでも、死なない。汚染空気のなかにたおれても、生きている……!」

「勇者だ……お客人は、勇者サマだった……ッ!!」

 沈黙から一転、小人たちは一斉に沸き立つ。

「なあ。こいつも、もらっていいか?」

 アサイラは、ウイスキーのチェイサーにしようと、ミネラルウォーターのボトルを指さす。小人の長老は、深々とうなずく。

「真水は、我らにとって一番の貴重品……だが、だからこそ、勇者サマへの贈り物にはふさわしい」

 長老自ら差し出した水のボトルを、アサイラを感謝しつつ受け取る。

 ウォーターボトルもまた、奇跡的に機密が保たれていた。あるいは、ワッカが見渡すばかりのガレキの大地から探し出したのか。

 アサイラは、ボトルを開封し、中に満たされた甘露をあおる。毒に侵された肉体に、汚れのない純粋が染み渡る。

「まったく……感謝しても、したりない、か」

 ウイスキーの酒精が身体に回り、しつこくまとわりつく鈍痛を鎮めてくれる。周りでは、小人たちがかすれ声で歓声をあげ続けている。

「勇者サマ! 勇者サマだ! ワッカが、勇者サマを連れてきた!!」

 アサイラは、ゆっくりとまぶたを閉じる。心地よい酩酊に包まれて、穏やかに眠気がやってくる。

(これじゃあ、どっちが助けられた側だか、わからない……か)

 アサイラの口元に、自然と微笑みが浮かぶ。精神は、そのまま苦痛を忘れて、まどろみのなかに落ちていった。

【途絶】

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