190623パラダイムシフターnote用ヘッダ第07章15節

【第7章】奈落の底、掃溜の山 (15/23)【双巴】

【目次】

【打破】

 ほとばしるマズルフラッシュ。牽制の三点バースト射撃が、汚染空気を引き裂く。

 アサイラは、敵の動きを察知して事前に横っ飛びし、銃弾を回避する。着地と同時に、左足に違和感を覚える。『固着』だ。

「ワッカ!」

「おうだら!」

 背におぶさった小人は、アサイラの肩に両手を突き、空中ブランコのような動きで背中を蹴る。その衝撃を受けて、アサイラの左足が前へと踏み出す。

「よし、いける! 動く!!」

 アサイラは、ふたたび左手一本で構えをとり、目前の敵に感覚を集中する。

 互いに円を描くようにゆっくりと動きながら、エージェントはときおりトリガーを引く。アサイラとワッカは、回避し、背中を押し、前に踏み出す、を繰り返す。

「チィ……ッ」

 演舞のごときやりとりを何度か繰り返したのち、しびれを切らしたかのか、ガスマスクのエージェントはアサルトライフルを放り投げる。

 コンバットスーツの左右のアタッチメントから、それぞれ一振りずつ軍用ナイフを引き抜く。

 研ぎ澄ませられた刃が、ゴミの狭間から噴き出す紫色の炎に照らし出される。

「ワッカ、降りろ! 出来るだけ、離れろ!!」

「どんがらだった!」

 小人は、アサイラの背から飛び降り、一目散に駆け離れていく。同時に、ナイフを両手に握ったエージェントが、一直線に突っこんでくる。

 アサイラは、両足をコンパスのように動かし、直径一メートルほどの円を描く。先ほどまでの戦闘から、この範囲では『固着』の恐れはない。

 エージェントの右手の刃が、アサイラの眉間めがけて突き出される。アサイラは、最小限の動きで身を傾けて、これをかわす。

 続いて、左から首筋を狙った斬撃が襲いかかる。アサイラの左肘が、相手の手首をはじく。

 エージェントは、二刀流のナイフで暴風のごとき連撃を繰り出す。対するアサイラは、左腕の動きと体さばきのみで、紙一重で回避していく。

「がんばれ、勇者サマ!」

 ワッカの必死の声援が、どこか他人事のように聞こえた。片腕のみのアサイラは、二振りの刃を巧みに操るエージェントを前に、防戦一方となる。

 急所や関節、筋を狙った攻撃をそらし、かわし、はじき返す。ときに肌が避け、肉をえぐられ、鮮血が飛び散る。

「……見えてきたか」

 アサイラが、ぼそりとつぶやく。エージェントは、かまうこなく心臓を貫かんと切っ先を突き出す。

 アサイラの左手の甲が、ナイフの刺突の軌道をそらす。そのまま、踏み込みとともに拳がまっすぐ伸びる。

──ゴンッ。

 鈍い音とともに、アサイラのカウンターがガスマスク越しの顎を打つ。

「……ッ!」

 一瞬たじろいだエージェントは、しかし、ためらうことなく両手の刃で同時に切りかかる。

「ウラア……ッ!」

 アサイラは、怒号とともにさらに踏み込み、相手の伸びきった両腕のさらに内側へと潜りこむ。全体重と運動エネルギーを乗せて、左ショルダータックルを叩きこむ。

「な……ッ!?」

 コンバットスーツのエージェントが、一歩退く。アサイラは、なおも踏みこむ。

「……ラアッ!!」

 左手刀が、エージェントの右手首に振り下ろされる。コンバットナイフの片割れが、地面にたたき落とされる。

 アサイラは、両ひざを曲げて、腰を沈める。左手刀は拳として握りしめられ、アッパーカットの態勢に入る。

「く……ッ!!」

 エージェントは、苦し紛れに大きくバックステップする。アサイラの渾身の一撃が、宙を切る。その瞳が、眼前の敵をにらみつける。

 ガスマスクのエージェントは、着地と同時に今度は前方へとステップする。アサイラの首を刈り取るような軌道で、回し蹴りが繰り出される。

 反撃を予期していたアサイラは、左腕でガードの姿勢をとる。そのとき、アサイラの視界に、想定外のものが飛びこんでくる。

 コンバットスーツの脚のすね。肉球型の跡が刻印されている。

「グヌゥ……ッ!!」

 アサイラの左腕が、エージェントの回し蹴りを受け止める。接触した腕と脚が、『固着』される。

 衝撃を上方に逃がすつもりだったアサイラは、それがかなわず、エージェントとともに空中で一回転する。

「……ヌギィ!?」

 そのままアサイラは、エージェントにマウントをとられるような形で背中から地面に落ちる。

『固着』によって左腕の動きを封じたまま、エージェントのコンバットナイフが必殺を確信し、眼前の頭蓋に向けて振り下ろされる。

「ウゥ──ラアッ!!」

 刹那、アサイラは思い切り右脚を伸ばす。足の裏が、コンバットスーツの腹部に突き立てられる。ダメージを与えることが、目的ではない。

 まだ残存する運動エネルギーが、アサイラの脚部を支点として、回転モーメントへと転化される。

 アサイラの巴投げのごとき動作で、二人はふたたびガレキをのうえを一回転した。

【逆手】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?