“ストーリー”から紐解く、「ストリートの隆盛」と「インターネットの発達」の関係
今日のファッション、音楽、アート等の多岐にわたる分野のメインストリームが「ストリート」であるという事実に疑問を呈する方は少ないだろう。メインに対するカウンターカルチャーとしての意味合いすら持っていたはずの「ストリート」がここまで脚光を浴びているのには様々な要因がある。ECに携わる一個人の見解としては、このムーブメントはインターネットの発達が大きく起因していると考えている。なぜかというとここ数年Webマーケターの中で”ストーリー”という言葉がキャッチコピーのように繰り返され、その重要性が高まっている。そして僕はこの”ストーリー”という言葉こそが「ストリート」台頭の最大の要因だと思っているからだ。それではデータ等を踏まえながらこの考察についてまとめていきたい。
①SNSの発展とEC市場の拡大
今や我々の生活の一部となっているSNS。ICT総研の調査によれば、2020年度の日本のSNS利用者は7,975万人で、普及率は80%にもおよぶ。その中で、あらゆる企業やアーティストがこぞってSNSをマーケティング戦略の一つとして導入している。その成果もあり、現代の流行に関してはSNSを中心に生み出されると言っても過言ではない。
株式会社ジャストシステムの調査によれば、情報収集時に利用されるサービスは2016年の調査時はGoogle検索が66.4%だったのに対し、2019年では21.4%となり、TwitterやInstagramなどのSNSを利用する割合が大幅に増加している。
次にEC市場の拡大を見てみよう。経済産業省の調べによれば2019年度のBtoC市場における日本国内のEC市場規模は19兆3,609億円、EC化率は6.76%。だがこの数字がそのまま市場に与えるインパクトとイコールで捉えるのは早急である。楽天リサーチが行った調査によれば、1万円以上の高額商品を買う際には、約8割がリサーチ・購入時にネットを使用することが判明している。つまり、6.76%というのはあくまでECで決済をした場合に過ぎず、残りの74%近くは実店舗で購入はしていても、その前にインターネットから情報を得ている。これはSNSの発展に加えて、EC市場の拡大によってオンライン上に出品される商品の数が大幅に増えたことも要因にあげられるだろう。
欲しかった商品をネットで調べていたら、色々な商品が出てきてしまって決められなくなったという経験を皆さんも一度はした事があるのではないだろうか。ネット広告や接客ツールの発達、ターゲティングの精度向上などもあって、こうした状況はますます顕著になっていくだろう。
その結果として引き起こされたのが、モノと情報が溢れた状況である。これまでは自分の行くお店の限られた在庫の中から商品を選ぶ時代だったが、インターネットは違う。世界中のブランドやショップの在庫の中から自分が欲しいものを選ばなければいけないのだ。
②新しい選択基準”ストーリー”
それでは消費者は何を基準に膨大なショッピングリストの中から商品を選べば良いのか。
まず最初に考えられるのが値段である。誰にとっても分かりやすく、シンプルな指標である。だが、EC市場において価格の安さとはある種の不安要素でもある。事前に商品を見る事が出来ないECにおいて、価格が安いということは品質の低さやサービスの悪さを連想させる。実際にEC黎明期はその傾向が顕著であり、安かろう悪かろうな商品がはびこっていた。今は各検索サイトやモールの対策もあって極端に悪質な商品は数を減らしたが、安いという理由だけでは購入に至らない方が良いというのは今や消費者の共通認識になっている。
そこで新しい商品を選択する基準となったのが”ストーリー”である。現物を見て購入を決める代わりに、その商品がどのような人によって、どのような素材を用いて、どのような製造工程を経て、どのような意図を持って作られているのかを知ろうとするようになったのである。特に商品の金額が上がるほどその必要性は増し、「メインストリーム」を生み出すラグジュアリーブランドほどその”ストーリー”が求められるようになった。
これまで、ラグジュアリーブランドは、ある種閉ざされた「エクスクルーシブな特別感」によってその高級な地位を維持してきた。しかし、スマートフォンやソーシャルメディアの普及によって、その戦略は過去のものとなっている。いくつかのラグジュアリーブランドは、ブランドのDNAである「物語」を指針としながら、そこからブレないように、消費者の価値観に応じて着実に変化を遂げてきた。
売らずに売る技術 - 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密 -(著:小山田 裕哉)
これまで公にしない事で「特別感」を演出してきたラグジュアリーブランドが、アトリエや製造工程を競い合うように公開し始めたのは、消費者の”ストーリー”を求める流れを受けての戦略といえる。
ラグジュアリーブランドが使用している素材の上質さや優れた職人技術を明らかにすることで、彼らの商品の価格に対しての妥当性や品質の高さを消費者に対して証明することに繋がっていく。
この流れは高価格帯のみに留まらず、急速にその範囲を拡大している。ラグジュアリーブランドのように特別な歴史や生産技術を持っていない企業たちも、躍起になって何かしらの”ストーリー”を自分たちの商品につけようとしている。こうした市場の流れを受けて、我々はさらに”ストーリー”というものを重要視するようになっていく。
③”ストーリー”と「ストリート」の関係
ライター兼東京藝術大学非常勤講師の荏開津 広氏は「ストリート」について下記のように定義している。
今日「ストリート」カルチャーというのは、1970年代にニューヨークで始まったヒップホップを中心としたものや、同じく70年代にカリフォルニアで生まれたスケート・カルチャーに根差すカルチャーを指します。
確かに今日、Kanye WestやTravis Scottといったラッパーがファッションアイコンとして、SupremeやNIKE SBといったスケーターブランドが人気ブランドとして絶大な支持を集めている。それでは彼らはなぜ指示を受けるのか。僕は個人的にはそれは今消費者が最も求める”ストーリー”が彼らにはあるからだと考えている。
AIR DIORのキャンペーンモデルも務めるTravis Scott
特にラッパーというのは他のジャンルのミュージシャンに比べて、昔から圧倒的に”ストーリー”がアーティストとしての評価に関係してくる存在だった。何故なら彼らは元々リリックに自身の経験を落とし込む必要があったからだ。地元のしがらみや非合法な日常を唄う彼らはそれが実際の体験であることが常に求められてきた。もちろん他のジャンルでも著名なアーティストのバックボーンが話題を呼ぶ事はある。だが、あくまでそれは作品が評価された後の話である。ラッパーは作品が評価されたとしても、そのリリックが実際の体験でなければ「フェイク」と揶揄されてしまう。それほどまでに、“ストーリー”とラッパーのアーティストとしての評価は昔から密接な関係をもっていた。
またSupremeの創設者であるジェームズ・ジェビアはGQのインタビューの中で「シュプリームはファッションのブランドというよりはむしろ、”ひとつの空間”なのだ」と語っている。正しく創業当初のSupremeは界隈のスケーター仲間がたむろするスペースであったし、週一回の発売という異常なMDプランも彼らのコミュニティが定期的に集められ、成長していくことに大きく貢献したと考えられる。ラグジュアリーブランドに比べればブランドの歴史も短いが、Supremeはそれに負けないセールスポイントとして明確な“ストーリー”を保有している。
そして、ターニングポイントとなったのは2017年。この年ヒップホップが米音楽業界のトップ・ジャンルになった。これはニールセンが1991年に販売情報の追跡を開始して以降、初の快挙だった。もうひとつ象徴的だったのはファッション業界の最高峰Louis VuittonとSupremeのコラボレーションである。正しく「ストリート」がサブカルチャーのひとつから、メインストリームへと躍進した年だったと言えるだろう。
Louis Vuitton x Supremeのスケートボードケース
ここまでを総括すると、インターネットの発達によって莫大な情報とモノが溢れた状況になり、我々消費者が新しく“ストーリー”という選択基準を持つようになった。そうした消費者行動の変化によって元々“ストーリー”が重要視されてきた「ストリート」カルチャーが支持されるようになったというのがひとつの結論である。
だが、ここで気をつけなければいけない事はマーケティング側の“ストーリー”と消費者側が求めている“ストーリー”には微妙なギャップがあるという事だ。
④“ストーリー”とは何か。
元々“ストーリー”はラグジュアリーブランドなどが自社の商品の品質を保証するためのマーケティング手段のひとつだった。だが、ストリートの隆盛を見ると我々が本当に求めているのは商品の良し悪しの判断基準としての“ストーリー”なのだろうかという事を考えさせられる。
例えば芸能人の薬物使用や不祥事にはひと際厳しい目を向ける日本でさえ、ラッパーに対しては異なる立場を取っている。Instagramで大麻を吸いながらライブ配信をする“舐達麻”は10万人以上のYouTube登録者を獲得し、ギャング上がりの“BAD HOP”はタトゥーだらけの体で地上波に出演し、武道館でのワンマンライブも成功させている。
またSupremeは他の同価格帯のファッションブランドと比較した際に、素材や縫製技術がひと際優れているという訳ではない、彼らの持つ“ストーリー”とは決して商品の品質を保証するためのものではなく、スケーターカルチャーや彼らのコミュニティが築き上げてきた歴史そのものである。
こうして考えると我々は商品やアーティストの判断基準として“ストーリー”を求めているのではなく、“ストーリー”そのものを求めているという事に気づかされる。
今日、多くの企業が“ストーリー”を身につけようと躍起になっているが、消費者が今求めているものは意識的に作られ、綺麗に着飾られた“ストーリー”ではない。今求められている“ストーリー”とはブランドや企業がこれまで通ってきた歴史やDNAであり、商品に込められた思いそのものなのだ。例えそれが泥臭く、未熟なものであったとしても、今必要とされているのはそういう“リアルさ”ではないだろうか。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?