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マレ地区を歩いて多様性について思う

パリで街歩きといえば、左岸ならサン・ジェルマン・デ・プレ地区、右岸ではシャンゼリゼ大通りとマレ地区が代表的なのだろう。

去年の春に荒又美陽『パリ神話と都市景観――マレ保全地区における浄化と排除の論理』(2011年)を読んだ。
マレ地区の都市開発の歴史をテーマにした地理学の研究書だ。

ヴォージュ広場には何度か行ったことがあるし、ポンピドゥーセンターのあたりをうろついたこともある。
しかし、意識的にマレを歩いたことはなかった。
同書を読んでいて、ああ、あそこもマレ地区だったのか、ということにあとになって気がついた。

マレ地区をちゃんと歩いてみることにした。

いかにもヨーロッパらしい石畳の舗装。
曲がりくねった道路。
レトロな街灯。

確かに歩いていて心地いい。
旅情に溢れている。

こんな古い建物も、まだ残っているのだ。

案内板の解説によれば、木組みの建物は16世紀初頭に建設され、1967年に修復されたもの。
パリで中世の建築が残るのは珍しい。
19世紀のオスマン知事による大改造によって、パリは近代都市へと生まれ変わった。
マレ地区には、開発を免れた建物が多く残されたのだが、ここまで古い建物はほとんどないだろう。

ガイドブックを見れば、マレ地区はパリを代表するおしゃれスポットと紹介されている。
ブティックや雑貨屋、アートギャラリーやカフェが立ち並び、最新文化の発信地なのだという。

おしゃれには疎いのだけれど、スイーツならわかる。

ヤン・クヴルーがある。

それほど食べ比べたわけではないけれど、いまのところパリではここのケーキを一番気に入っている。
官能的で奥行きのある味わい。
下手な食事をするくらいなら、ここのパリ・ブレストやチョコレートケーキを食べたほうがよっぽど優雅だ。

高級デパートのギャラリー・ラファエイットやモンパルナス駅にも店舗はあるが、路面店は10区の本店とここマレ地区にしかないらしい。
そういう位置づけの街ということなのだろう。

ミシャラクもある。

パテシエのクリストフ・ミシャラクはピエール・エルメと並ぶフランスのスター・パテシエ。
店舗はサン・ジェルマン・デ・プレとギャラリー・ラファイエットとマレにある。
ちなみに、日本にも支店があり、新宿伊勢丹や大阪高島屋に入っているらしい。
日本のバイヤーの感度には舌を巻く。
個人的には、ケーキは重たくてあまり好みではなかったけれど。

歩いていて、おやっと思った。

交差点にレインボーカラーが。
そういうこと?

どうやら、そういうことらしい。

パリを代表するゲイタウン、もう少し今風にいえばLGBTフレンドリーな街。
レインボーの旗を掲げるカフェ、バー、レストランが点在し、オープンな雰囲気だ。
上の写真のカフェはその名もOPEN Café。

こういう店やエリアが存在するということ自体、パリでもまだ差別や偏見が根強いのかなとも思ってしまった。
いずれにせよ、多様性に開かれた理念や価値観を街として尊重しているのがわかった。

しかし、だ。
その多様性はいったい誰に開かれているのだろうか。

荒又が『パリ神話と景観』で問うているのは、「中世の貴族が暮らした街」というマレ地区の神話は、この街に住んだ多くの民衆(たとえばユダヤ人たち)の姿を不可視化し、「芸術の街」という神話が、貧困層の立ち退きをもたらしているということだった。
それは、今ならジェントリフィケーション(高級化)ということになるだろう。

マルチエスニックでLGBTフレンドリーで、おしゃれでエッジな街。
そんなハイブラウな神話が、何を包摂し、何を排除しているのか。

sweetなものに敏感でありつつ、bitterなものへの感度を鈍らせてはいけない。
自戒を込めつつ。



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