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ショートショート「不思議な灯り~いぬい探偵事務所にて」

 街外れにある雑居ビルの階段を、翔くんは、とぼとぼと昇っていた。
「そんなの、大したことじゃないだろ」
「誰か、懐中電灯で遊んでたんでしょ」
 両親はそう言って、ろくに聞いてくれなかったけれど。
 でも、絶対に変なんだよ。

 自分が見たものが、どうしても気になる翔くんは、他の大人に話そうと考えたのだ。
 Googleで調べたら、このビルには、探偵がいるという。その人なら、小学五年生の話を聞いてくれるかもしれない。
「あっ、ここだ」
 2階のドアに〔いぬい探偵事務所〕という看板が掲げられている。翔くんは、ひとつ息を吸って、そのドアをノックした。
「どうぞ、開いてますよ」
 ドアの向こうから聞こえる、男性の声。
 なんて、優しい声なんだろう。
 あふれそうになる涙をこらえて、翔くんはドアノブを回した。

 父親より年上に見える、いぬい探偵は、翔くんを喜んでもてなしてくれた。ソファを勧め、冷たい麦茶を出して。
「ここでは誰もが、私のお客様だからね」
 翔くんが、自分を「私」と言う男性に会ったのは、初めてのことだ。
「それで、君は何を見たの?」
 探偵は、真剣な表情を浮かべて、翔くんの正面に座った。

「近所の家の2階で、昨日と一昨日の夜、変な灯りが光ったんです」
「変な灯り?」
「暗い部屋で、懐中電灯みたいな灯りが、点いたり消えたりして」
 ほう。探偵が、身を乗り出して相槌を打つ。
「ぱっぱっ、って短く点いたり、少し長く光ったりするんです」
 翔くんは記憶を辿り、懸命に話した。1秒で消えたり、2秒光ったりする、不自然な灯り。
 絶対に、何かある。 

 話を聞いた探偵は、しばし考え込んだ後、翔くんにこんな質問をした。
「もしかして、短く3回、長く3回、短く3回と、合わせて9回、続けて光らなかったかい?」
 うん、そう言えば。
「確かに、そうでした」
「やっぱり!」
 探偵は、家の場所を翔くんに確認すると、スマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。

 そして。
「やあ、ギク川警部、いぬいです。3日前の、中学生が図書館で誘拐された事件、犯人の隠れ家が分かりましたよ」
 なんと、彼はそう、電話の相手に告げたのだった。

「モールス信号っていうんだけどね」
 電話を終えた探偵が、翔くんに説明を始めた。
「トンっていう短い信号と、ツーって長い信号だけで、通信ができるんだ。そして、トントントン・ツーツーツー・トントントンは、助けを求めるSOSなんだよ」
「へえ、初めて聞きました」
「知らない人も多いけど、今回の被害者は、図書館に入りびたりの読書家でね。この信号は時々、小説にも使われるから、きっと知ってるだろうと思ったんだよ」
 この人は、すごいなあ。
 簡単に謎を解いたし、それに、小学五年生の話を、真剣に聞いてくれたんだもん。
 そう思う翔くんの心には、生まれて初めての「憧れ」という光が灯っていた。

〔了〕1,167文字

改めまして、今回「ピリカグランプリ」にご応募くださった皆様、
本当にありがとうございました!
たくさんの、煌めく才能に刺激をいただき、
私も同じ条件で書かせていただきました。

そして、この物語に登場する探偵は、そう!
いぬいゆうたさんのファンの皆様なら、すぐにわかりましたよね。

「いぬいのラジオ(仮)」ゲスト回でおなじみの、あの探偵さんです。
まだ聴いたことがない方は、ぜひぜひ、上のリンクを開いて、聴いてみてくださいね!
素敵な声と豊富な話題、明るい会話。楽しい1時間を過ごせますよ。

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