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言の葉とめぐる旅 4:横浜から川崎へ

第1話第2話第3話

 7月から合唱練習やコンサート活動が再開した一方で、新型コロナウィルス感染者数は増えていった。国からはGotoトラベル政策が提示され、「安全に過ごして欲しいけれど、健康な人は経済を回して欲しい」というメッセージが明に暗に打ち出された。私達音楽家にとっても、その方向性自体は望ましいものだった。(Gotoトラベルは準備や設計が拙速ではあったが、政策としては良いものだと個人的には思っている)

合唱用マスクがやってくる

 7月から8月頃、私達が歌う時は不織布マスクかフェイスシールドだった。不織布マスクは息がしにくいし、フェイスシールドは暑いし音がこもる、という悩ましい時期だった(マウスシールドは流石に飛沫抑止には効果がないだろうという評価で、そもそもの選択肢に入ってこない)。
 そんな中、前記事で書いた「奥山の合唱用マスク」がとうとう届く。私は当てもなく40枚注文して希望者を募った。あっという間に売り切れた。

 合唱用マスクの使用感は、控えめに言っても衝撃的だった。私はすぐに追加購入を決めたし(結局60枚追加した)、回し者かと思えるほど他の人にも宣伝した。また、ウレタン素材など様々なマスクを購入しては歌い比べて、9月上旬には動画を投稿した。

科学的根拠を求めて

 音楽ホールの使用には、おおむね「国からの利用要件」「各自治体での利用要件」「各ホールでの判断」の3段階の判断ステップがあった。当時の国からの要件としては、舞台上での距離は1m以上(可能であれば2m)、というような表現で、それを自治体やホールがどう判断していくかというところだった。厳しい自治体・ホールでは「マスクしても2m厳守、合唱団からの飛沫と向かい合う指揮者・ピアニストは、更にフェイスシールドを着用」というような内容であったり、一方で「マスクしていれば1m程度で構わない」という、私達にとってありがたい自治体・ホールもあった。
 2m厳守では私達はステージに乗り切らないので、どうにか「マスクして1mで許可がもらえないか」というのが期待した着地点だった。そのためには、マスク着用での歌唱飛沫実験、といった科学的根拠が欲しかった。

 国内一般での音楽系実証実験として、私が観測する範囲では、最も早く動いたのは荘銀タクト鶴岡のものだった(荘銀タクト鶴岡 コロナ対策実証実験-合唱公演を事例として-)。7月4日に実験をして、7月17日に公開された。歌いやすさ・聞こえやすさに焦点を当てた実験として素晴らしいものであった。

 クラシック音楽公演運営推進協議会と日本管打・吹奏楽学会による科学的検証が7月11日から13日に行われた(「#コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」)。レポートは8月17日に公開され、これもまた素晴らしい内容だが、歌唱はあくまで予備実験の位置づけで、今後の課題とされた。

 8月16日、合唱団お江戸コラリアーずの演奏会「お江戸の実証実験~ここからはじまる~」が開催された。お江戸コラリアーずのFacebook記事にて、対策の一部を写真が見ることが出来たのは本当に参考になった。

 8月23日、全日本合唱連盟と東京都合唱連盟による実証実験が行われた。9月28日には「ただいま報告書の最終整理中です」と書かれていたけれど、11月上旬現在、レポートは出ていない状態。

 8月24日には理化学研究所による記者勉強会が公開された(記者勉強会 ”「富岳」を利用した新型コロナウイルス研究” )。マスクの効能やマスクの種類による違いや、多目的ホールによる換気のシミュレーションなど、合唱界にとっても有益な情報が多くあって素晴らしかった。

 新型コロナウィルス感染者は8月中旬をピークに減少を見せていた(下記画像はWorldmeterから引用)。また、感染者の多くは若者で、若者の重篤化はあまり見られないというデータも見られた。
 8月24日のコロナ分科会会見(西村大臣・尾身会長による会見)では屋内での施設利用制限について「9月いっぱいは半数制限を維持するつもりだが、状況を見て緩和する」旨の話があり、前向きにとらえられた。

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 しかし、「マスクして1m」を強く主張できるような科学的根拠は得られず、自治体基準とホールの判断に委ねることになった。

川崎へ

 そして、みなとみらいホールは「マスクの有無に関わらず、2m基準は守って欲しい」との判断で、私達はこのホールでの演奏会を断念することになった。立地が良く、響きも良いこのホールに抽選で当選したことを考えると悔しい。(2021年から改修工事のため、日程振替の交渉もできなかった)
 一方で「十分な飛沫対策をした上でなら」ということで理解をいただけたのが、サンピアンかわさき(川崎市労働会館)。合唱集団EARTHでの利用実績があり、信用をいただけたのも大きかっただろう。元々のコンサート予定日・予定時間で空いていたのは奇跡的だった。

 8月末から9月中旬は実務的に忙しかった。舞台配置・客席の設定・タイムテーブル・楽屋割り・広報ツールの修正・スタッフへの連絡・会計など、あらゆるものが仕切り直しになった。ただ、コンサートが前向きに開催できる喜びに比べれば大したことはなかった。合同合唱企画の中止は残念ながら仕方がない。
 9月中旬のホール打ち合わせは問題なく進み、整理券が完成し、各団の練習は大詰めに入っていった。


 第5話に続く。

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