今の私を形作ったゴッドハンド福島孝徳先生からいただいた教え
2024年3月、“ゴッドハンド”と呼ばれた脳神経外科の世界的権威である福島孝徳先生が逝去されました。
福島先生は、開頭を最低限にとどめることで患者への負担を大きく軽減する「福島式鍵穴手術」などを開発、生涯で日本や米国などで24,000例を超える手術(公式サイトより)を行い、大きな功績を残されました(詳しくは福島先生の公式サイトをご覧下さい)。
私は2016年の春、初期研修2年目のときに福島先生に初めてお会いする機会がありました。その後、福島先生から手術の指導を受ける機会もいただきました。多くの患者様、総合病院の部長というポジション、手術を多く実践できる環境に恵まれた今の自分があるのは、多くの先生方のご指導があったからこそですが、福島先生からの教えを守り、継続して実践していることがあるのも大きいのではないかと思っています。
今回は、脳神経外科医として、福島先生から教わり実践し続けていることを、改めて書いてみたいと思います。
毎回の手術で必ず反省。次回はよりよい方法をとる工夫
手術が終わると、福島先生は必ずその日の手術の記録をその日のうちにつけていらっしゃいました。文字で記録することはもちろん、術野の絵も描かれていました。なぜその日のうちに記録をつけるのかというと、
「一晩寝ると忘れるし、感覚は残らないからその日のうちに書く」
とのこと。確かに多くの手術をすればするほど、すべてを覚えておくこと、ましてや感覚まで覚えておくことはできません。ただ、そのときに行ったこと、感じたことはその後の改善につながる大切な情報です。
また、記録をつける時間はその手術の反省の機会でもあります。福島先生は、その反省をもとに次の手術をよりよくするための工夫をし、毎回よりよい方法で違う手術をされていました。つまり、毎回同じ目的の手術でも、細部をよくみると毎回違う手術をされていた、と私は考えています。
私自身も、同じように全ての手術の記録をその日のうちにつけ、次はどうやったらもっとよくできるか(例えばより効率的にできるか、患者さんの体への負担が減らせるか…など)を考え、次に実践するようにしています。
自分で手術器具を購入し、使用する
はさみやバイポーラ、鑷子など、手術器具は病院所有のものを使う先生方がほとんどです。しかし、福島先生は自前の手術器具を使われていました。先ほど常によい手術を追求され続けていたという話を紹介しましたが、道具に関しても、使う器具、機械はもちろん、手術時の器具のセッティング、何を使うか、どの器具でどうアプローチするか、器具自体をどう改良するかを常に試し続けられていました。その工夫は常に、とてもきめ細やかなものでした。その工夫が常に手術を進化させ、ゴッドハンドと言われる所以だったのではないでしょうか。
「弘法筆を選ばず」と言いますが、脳神経外科においては、筆=手術のための器具は念入りに選ぶべきであり、その細やかさからは「細部に神は宿る」ということを身をもって学びました。
もちろん、手術器具は決して安いものではありません。しかし、初期研修2年目のときに参加した米国・ソルトレイクシティでの福島先生主催の解剖実習、そしてその後福島先生に手術を指導していただくなかで、常に細やかに前進される姿を見て、ボーナスを投じて器具を買いそろえていきました。今もそれは変わりません。
できるところまで後輩にまかせる
福島先生は多くの弟子がいらっしゃいますが、育成において「まずはやらせる」という姿勢を貫いていらっしゃいました。できるところまでとにかくやらせて、必要なところで交代し、その先を見せてくださいました。すると「なるほど、こうやってやるんだ!!」と納得しながら最高の技術を習得することができる。それを何回も経験させていただきました。開頭する範囲は非常に小さいにも関わらず術野は通常の3倍近くあるなかで脳底動脈瘤のクリッピングをされているのを見たときは、その技術の高さに目を見張ったのを今でもよく覚えています。
福島先生からは主に、三叉神経痛・顔面痙攣(けいれん)・聴神経腫瘍、開頭クリッピングの手術を中心に、微小な解剖の重要さや痛みの少ない皮切、ドリルの技術を学ばせていただきました。そのときに学んだことは、もちろん今も私のなかで生きつづけています。
私自身も立場上、後輩を育成することは大切な仕事の一つです。そのときは、福島先生と同じく、まずは経験させる、そして必要に応じて途中で交代するように心がけています(もちろん誰にでも任せるわけではありません。患者様に危険が及ぶ可能性がある場合は、その都度判断をします)。
とにかく休まず働き経験を積む
福島先生は、いつ休んでいるのだろう?と思うほどよく働き、学んでいらっしゃいました。実際にインタビューでこう話されていたという記事もあります(福島先生は明治神宮宮司の二男でいらっしゃいました)。
働き方改革が進む昨今ですが、それでもやはり経験を積むことでしか外科医は成長できません。特に、“本当にこれはやばい!”ということを乗り越えていかなければ、成長はありえません。実際、上手くいったときのことよりも、大変なことを乗り越えたときのことのほうが、よく覚えているものです。そこを乗り越えて初めて、どう事前に準備をすべきか、周りとどう連携すべきか、自分はどう動くべきかを身につけられるのです。
もちろん健康管理はしっかりしつつ、働ける時間はとにかく働く。医師になって9年、ずっと実践し続けています。
後輩には一人前の、自分には世界一の医師になるよう言い聞かせる
このような福島先生の教えを実践するなかで、必ず自分や後輩に言い聞かせていることがあります。
後輩には「一人前の医師になれ」、自分は「世界一の医師に絶対なる!」。
後輩には、一人前の医師になるよう場数を踏ませ、手術に当たって必要な心構えを、厳しいくらいに教えこむようにしています。バスケットボール選手時代からの体育会系気質がここで発揮されているかもしれません。もちろん、今は部長であり、指導する立場であることから、何かトラブルがあれば私が表に立ってトラブルには立ち向かいます。そのもとで、しっかり自分で判断し、手を動かせる一人前の医師になってほしいと思っています。これまでも、きっちりついてきてくれる後輩は、とてもよい医師に育っているという自負があります。
一方で、自分は「昨日より今日、今日より明日、最高の治療をより多くの患者さんに提供し続ける!」と、研修医のころからずっと心に決めています。医師の世界に戻るときは「年収一億円」が目標でしたが、それをさらに超える目標です。バスケットボール選手として挫折したときに、最初から世界一を目指していたらこうはなっていなかったかもしれないと思った経験も大きいかもしれません。
「世のため人のために」働くという福島先生の信念を私も心に刻みつつ、患者さんに毎日丁寧に接し、できる手術には全力で挑み、反省と工夫を繰り返す。これからもそれは変わりません。福島先生の教えを受けた1人として、それを誇りに、貪欲に、でも謙虚に誠実に、前進していきたいと思っています。
改めて、福島先生のご冥福をお祈りするとともに、心からの感謝をお伝えしたいと思います。
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