無題

隧道めぐり

 一戦、十戦と重ねる内に手錠が外れ、足枷が外れ、最後に目隠しだけが残った。理由は二つ。一、キジマと名乗るこの男はそもそも逃げる気がないとわかったこと。二、仮にこの男が逃げようとしたら手錠も足枷も役に立たないだろうということ。

「相手の到着が遅れているようだ。今の内にルールの確認をしておくか」
「ルールは一つ。二人が入り、出てくるのは一人。……今日の入口は西側だな」

 俺が問いただす前に、「匂いでわかる」とキジマは答えた。

「……さすがは常連だな」

 十七戦十七勝。前人未踏、というわけでもない。オーナーがこの山奥の廃道を買い、〈試合〉を始めたのが十年前。キジマは確かに今のヒーローだが、十年の歴史の中で「常連」は八人存在し、十七勝の記録は上から七番目だという。「常連」は負けるとき、いつもつまらない負け方をするらしい。借金で引っ張ってきた生贄役のナイフに一刺し。ただのチンピラ野郎のラッキーパンチでダウン。トンネルはこの世に超人が存在しないことを証明し続けている。

「どうだ? 歴代一位の常連になれそうか?」
「白星の数を競うことに意味はない」

 キジマは目隠しを外し、答えた。俺は目を合わせることがないよう、視線を下げる。

「的確な判断を最速で下し、その通りに肉体を動かす。それができるのが超人だ。超人の試合ほどつまらないものはない。人間の手足は合わせて四つ。可動域の誤差も少なく、最善手の数は限られている。そこにおもしろみはない」

 携帯が震えた。メール着信。対戦相手の到着の合図。

「思考も肉体も完璧でない以上、『人間』であることを埋め合わせる何かが要る。それは信仰であったり、理屈であったりするだろう。それは人によって異なる。俺は、俺だけのそれを測りたい」

 試合開始を伝える前に、キジマは歩き出していた。過去十六回と同じく、トンネルの闇に溶ける一瞬だけ、その声に感情が滲む。

「それって……」
「コンセプトだよ」

【続く】