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最近読んだアレやコレ(2021.11.27)

 最近ちょっと文化的で健康的な作品の摂取量が増えてきており、「読みたいな……『魔』を」という気持ちが高まってまいりました。そこで、家の本棚で熟成させておいた浦賀和宏の〈松浦純菜・八木剛士〉シリーズの栓を開けたのですが……よい……実に……よい。自意識と性欲が扁桃腺で固まって臭い玉になったみたいな小説で、最高。私は逆噴射先生の『パルプ小説の書き方』の愛読者でもあるのですが、読者としては、先生の講座から外れる類の作品も結構好きなんですよね。ルサンチマンが暴走してバランスを欠き潰れている小説や、クジラとは……人生とは……をしている小説や、初動がロースタートな最初の内は何やってるかわからない小説も好き。作品が見せる、エンターテイメント「ではない」ところにテンションが上がってしまう。それが意図的に調整されたものではない、余裕のなさから噴出してしまったものであるならば、よりよい。好もしい。ときめいてしまう。もしそれが計算であったとしても、騙してくれればうれしい。

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畏れ入谷の彼女の柘榴/舞城王太郎

 短編集。恋愛を題材にした『私はあなたの瞳の林檎』家族を題材にした『されど私の可愛い檸檬』に続くものとして、一体何を取り上げるのかと発売前からワクワクしていたのですが……『題材はない』、が答えということになるのでしょうか。わかりやすい差異として、収録短編全てにファンタジー要素が持たされており、それは各作品をある種の寓話めいたものに昇華させています。「チーズが言う通りに、全てのお話は寓話であって、教訓や警句に満ちているのかもしれない」。しかし、渦巻く感情の甘味と出血を、避けられぬ軋轢と対話の瞬間を、祈りのように切り取ったそれらはあくまでも彼と彼女のREALです。確かにそこから何かしらを読み取ることは自由だし可能だけれども、決してそれらは「○○なんだよな」というメッセージ性のためにあったものではない。そんな怒りが、このアルバムには染みついています。「畏れ入谷の」鬼子母神というフレーズのために、彼女は子供を食ったわけではない。「裏山の凄い猿」「うちの玄関に座るため息」も、「全てに意味がある」という寿ぎは、彼らを時にただのテーマに……解釈の奴隷に貶める。しかし、それでも、そのことを「『○○なんだよな』じゃないんだよな」と語ってしまうことが、舞城王太郎という作家の業であり、限界なのかもしれません。本作には、自分の小説を握りしめ、歯噛みし、しかしどこか諦めたような心地よさがある。それでも物語は、それを打ち破ろうと気を張っている。挑み続けている。傑作だと思います。


睡魔のいる夏:自選短編集④ロマンチック篇/筒井康隆

 タイトルにある通り、「ロマンチック」な筒井短編を集めたアルバム。改めて読んで驚いたのは、そこで目を細めうっとりと夢を見ている存在が、私たちの思う『筒井康隆』から離れた、ただの素朴なオッサン少年であるということ。誰よりも莫大な情報量を持つ天才が、少し恥ずかしそうに差し出してくる短編は、いずれもがストレートで、邪気がない。ごんたくれの悪戯っ子が、ついひねくれることを忘れて先生に真面目に語ってしまった将来の夢のような甘さ。好きな車のこと、かっこよさのこと、死ぬということ。筒井康隆……恋慕(キュン)だぜ……と微笑んでしまうわけですが……その素朴さは、そのストレートさは、後半、本作の約半分を占める「幻想の未来」にて、SFとうジャンルに向けられた底抜けの夢•恐るべきイマジネーションとなって炸裂することになります。うん、うん、とカワイイ子供の話をうなずきながら聞いていたら、いつの間にかそれが素直さはそのままに、ぶっといこん棒を手にした天をつく巨人にまで育っている。ぼ、暴力……。天才が発揮する素朴さに殺される。わかった!SFが好きなのはわかったから……やめ……潰れ……死……!となる。「幻想の未来」は既読でしたが、ロマンチックというくくりに位置づけることでこうも花開くとは思わなかったです。作品は勿論のこと、編集が最高にイカしたアルバムでした。


松浦純菜の静かな世界/浦賀和宏

 〈松浦純菜・八木剛士〉シリーズ、その1。常に手袋をつけている少女・松浦純菜と、世界の全てを呪っている少年・八木剛士の出会い、そして連続女子高生殺人事件。友人による前評判から、リビドーとルサンチマンが吹きこぼれて全部ぶっ壊れるのではないかと、ぐっと丹田に気を集めて挑んだのですが……あらまぁ!凄くよくできた青春ミステリじゃない! しかし、隠しきれぬ瘴気が端々から漂っているのも事実であり……特に主人公・八木剛士の造詣が、もう、すごい、すごいのよ。ほんとうにすごい。たまんねえ。自己を保つために他者に対して常に攻撃的であり、台詞の大半が何かにムカついてキレているものという尖りっぷりがとにかくヤバく、その上、何か展開が進行する度に、地の文の全てが、彼の怒りと怯えに満ちた自意識、そしてフラッシュバックするいじめへの憎悪に持っていかれるという癖の強さ。そこにいるだけで、物語への遅延行為が発生する主人公。しかし、本作の中心は紛れもなく彼であり、謎解きも、青春も、全ては彼のそんな気質にピタリ合致し、幕を閉じることになります。個人的にとても好きなのが、最後に明かされるとある「秘密」が非常に拍子抜けなものであったこと。私にとってはそうでも、八木と松浦にとって、それは大切なのだと言う断絶に、しみじみしてしまう。静かな世界は読者も立ち入れず、雨音だけが邪魔をする。


火事と密室と、雨男のものがたり/浦賀和宏

 〈松浦純菜・八木剛士〉シリーズ、その2。首つり自殺と、連続放火。降るはずのない雨が降り、2つの事件は結びつく。前作で八木くんが松浦純菜を意識してしまった結果、ことあるごとに彼が松浦純菜に欲情をしていることを報告してくるようになった恐るべきシリーズ第2弾。自慰は1人でやれ……! 私にいちいち言うな……! より解像度が増して語られる八木剛士という主人公の癖(くせ)の強さは、やはりとんでもなく、何よりヒロインへの「恋」の内実が、「自己承認(醜い自分が異性にまともに相手してもらっている)」と「性欲」でしかないのが凄味があります。勿論、真直ぐな愛情もそこにはあるはずなのに、人生の全てに必死な彼にとって、それは慰みの道具にしかならない。自己嫌悪に沈没してゆく独白は、こぼれたインクの染みのように紙面全てを染め上げ、「もう一人の世界を呪う少年」の登場で最高潮に達します。八木くんだけでもお腹いっぱいなのに、それが2倍! 学校への、大人への、同級生への、自分への、憎しみと悔いがじっくりと、じっくりと煮出されてゆく。絞り出た煮汁が降り注ぎ、火事場をぐじゅぐじゅとしけらせる。そして、この本を「おもしろがって」読んでいる私もまた、彼らを凌辱して嘲笑した同級生と大差ないということ。八木の憎しみは、この後、やはり読者(私)すらも殺すのでしょうか。殺して、くれるのでしょうか。楽しみです。めちゃくちゃおもしろかった。


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