necro12:肉肥田商店街いきいきデー
◇◇◇
肉肥田町をのたくっていると、小便と血反吐で赤茶けた居酒屋の壁に趣味の悪いポスターが貼ってあるのに気がついた。赤色で『肉肥田』。青色で『商店街』。黄色で『いきいきデー』。上半分を埋める原色の極太フォント3行に、今日を指す日付、つぶれかかって読めやしない地図。バカの作った代物だ。それはいい。気になったのは、気色の悪いキャラクターがふきだしで喋っている『誰でも大歓迎!! ※ネクロお断り』という文言だった。なぜか知らないが、俺がお断られている。
「おい、これは何だ」
右手にぶら下げていたアホの顔面をポスターに擦りつける。
「いきいきデーでさあ」
「それが何だって訊いてんだろうが、トサカ野郎」
「商店街の親父が偶にやってんじゃないすか。10年だか、20年だかに1度。大体、ネクロの旦那が知らないはずないでしょ。前回、店のもんほぼ全部持ってっちゃったって親父が愚痴ってるの聞いたことありますよ。だから出禁になったんでしょ」
記憶にあるようなないような。思い出すよりも訊いた方が早い。トサカ野郎のちぎれかかった右腕を肘から引き抜き、尺骨を無理矢理、尻の穴にねじ込んでやる。
「か、勘弁してくださいよ! くすぐった……ヘ、へ! 俺が何をしたってんですか!」
「いきなり俺をバイクで轢こうとしたんだろうが」
「ネクロの旦那を轢けたら俺もハクがつくってもんで……あっ!」
トサカ野郎の腹が破けて、尺骨がぴょこんと顔をのぞかせた。奴はそれを見て、フガフガ鼻をならし、ご自慢の真っ赤なモヒカンを掻き毟った。
「あーもう!服!汚れちまった!」
「もっと汚してやろうか?」
「わかりましたって……特売でさあ。キャンペーンってんですか? 親父を殺せば全品10割引き。親父に殺されたらお代は有り金全部って寸法で」
「殺せばも何も、死なねえだろ。それどころか増える」
「そこは言葉の綾です。まあ、簡単に言えば、商店街で強盗し放題、ただ、親父も客相手に強盗するよって話です。以外と難しいもんですよ。ネクロの旦那が言う通り、元から頭数が多い上、下手に殺せば増えますからねあの親父。囲まれてボコです。俺も前ん時はフクロにされました」
「ふうん……」
とはいえ、商店街の親父はただの小男だ。いくら頭数が多かろうと問題はない。俺が考えていたのは、ねぐらの洗面台の切れた電球だった。不便はないのでほったらかしにしていたが、うっとおしいことには違いない。懐を探る。財布はない。買い物の予定はなかったからだ。だが、ちょうど商店街で無料キャンペーンをやっているのだという。なるほど、タイミングがいい。親父を殺しに商店街に行こう。
【necro12:肉肥田商店街いきいきデー】
ただでさえ趣味の悪い肉肥田商店街のアーケード入口には、自分の腸で首を吊られた無数の親父がすずなりぶら下がっており、一層最悪になっていた。汚らしい汁が雨のように垂れ、下をくぐる気にならない。門の柱を蹴り飛ばし、全部叩き落とす。新たな親父をくくりつけようとアーケードの上でうごうごしていたバカも、バランスを崩して落下し、顔面を平らにした。
「あ、ロンドン」
「知り合いか」
「ダチですね。今回こそ記録更新するっつってたけど、これかあ」
トサカ野郎(ヒブクレという名前だそうだ。どうでもいい)の友達は、地面に血だまりを作り、腕と一体化したコウモリのような羽根をびくびくと痙攣させている。回復の様子がないところを見るに、黄泉帰りのようだ。頭を踏み潰してとどめをさす。強盗目的の通常の参加者だけでなく、親父のキルスコアを競う野次馬もいるらしい。
入口をくぐり、電気屋を目指す。そこここの店や路地から怒号と断末魔が絶え間なく響き渡っており、まあ、確かにいつもの暇そうな様子と比べたら、いきいきしていると言えなくもない。足元に転がってきた生首を戯れに蹴とばすと、それは魚屋の店先で客をめった刺しにしていた親父の群れの1人に当たった。親父たちは一斉にこちらを振り向き、俺を見て、これまた一斉に顔をくしゃくしゃにしかめた。
「よう。電気屋に用なんだが」
「なんだネクロこの野郎ふざけやがって!」「てめぇ何しにきやがったネクロ!」「出禁だって書いてあっただろ!」「ふざけんじゃねぇぞネクロこの野郎!」「てめぇには何ひとつ渡さねえぞネクロ!」「電気屋に何の用だってんだネクロ!」「また、無茶苦茶しにきやがったな!」「とっと帰れこのアホンダラ!」「お前のせいでこの野郎ネクロてめぇ!」
やかましい。トサカ野郎を投げつけ、親父の群れをなぎ倒す。このプラナリア親父は、下手に千切るとすぐ増える。面倒なことこの上ないが、丁寧に、1体1体首をへし折り、殺してゆく。最後に残った1人の親父をその他の親父の山から引きずり上げる。
「いくら俺を殺したって、てめぇは対象外だぞ!」
首ねっこを掴まれながら親父がわめく。1人でもやかましい。危うく殺しかけ、手を止める。いや、別に殺したって問題はないのだが。この親父は肉肥田商店街をたった1人で切り盛りしているアホであり、そんなことはもちろん到底無理なので、肉体の数だけは無駄にある。本屋も魚屋も電気屋も、この商店街の店で働くすべての人間は、この親父なのだ。
「まあまあ、ハマチの親父さん、落ち着いて」
「あ? ヒブクレか?」
肉体を蘇生しながらトサカ野郎が立ち上がり、とりなした。だが、親父には逆効果だったようだ。
「仲間とつるみやがってこの鶏頭! いきいきデーは1人でやるのがマナーってもんだろうが! しかもよりにもよって、ネクロなんざと……」
「ネクロなんざで悪かったな」
親父を地面に投げ捨てる。尻を強く打ち、野太いうめき声。
「俺は電球をもらいにきただけだ。いきいきデーなんだろ? ちゃんとつきあって、電気屋のてめぇを殺した上で持っていってやるよ」
「ダメだ! ろくに死なねえ奴の参加は認めねぇ!」
親父は焦ったように立ち上がると、血まみれの顔を両手でごしごしこすり、顔の汚さをよりひどくした。
「うちはなぁ、売りもんを無料で配りたくていきいきデーしてるわけじゃねぇんだ! 色々計算してんだよこっちだって。だってのに、金も死体も寄こさねえお前に暴れられちゃあよぉ……。それが? ああ? なんだって? 電球だぁ? 金を払うなら売ってやる」
「財布がない」
「じゃあダメだ! ……っつったら、無茶苦茶やるんだろうなあ、てめぇはよぉ……」
そんなことはない。法律のないこの街だからこそ、商売だの、契約だのといったごっこ遊びにはできるだけつきあうようにしている。だが親父が折れそうなのを見て、それは黙っておいた。
「あ~、じゃあ、そうだ」
親父は、客の肉片がへばりついた出刃包丁で魚屋の店先を指した。
「俺の代わりに、そこの店主を今日やれ。まだ昼過ぎなのに俺の数が足りなくなってきて困ってんだ。客の相手を夕方までしてくれ。そしたら電球を売ってやる。1個おまけしてつけてやるよ」
「客の相手。俺にそんな器用なことができると思うか?」
「普段ならな。今日は簡単だ。来た順に殺せばいい」
ネクロの旦那の得意技っすね! と笑うトサカの野郎を腹をパンチでぶち抜き、背骨をくの字に曲げて引きずり出す。親父はそれを見て、そう、その調子だとうなずいた。腹立たしいが仕方がない。つきあってやろう。
◇◇◇
北枕に揃って並んだ気色の悪い魚たちはぎょろぎょろと目玉を動かして、俺とトサカ野郎が青い前かけを腰に巻くのを眺めていた。腹をくだしても死にやしないこの街で清潔もへったくれもないと思うのだが、それがケジメなのだと親父は熱弁し、俺たちに前かけを押しつけると、商店街のどこかに走り去っていった。
「うげぇ~だっせぇ~。最悪ですよこの格好」
「案外、モヒカンに合ってるぞ」
そうすかねぇ、とブツブツ言いながら、トサカ頭はショーケースに紛れ込んだ客の肉片を几帳面に取り除き、ゴミ箱に捨てた。見た目に似合わず、真面目な性格をしているらしい。
「しかし、わざわざ金を払ってまで食い物を手に入れようっていうのは理解できねぇな」
「あ、ネクロの旦那は『食べない人』なんですね」
「気分だが、まあ、あまり。クソをするのも面倒だろう」
「はぁ~、俺は好きですけどね、食事。味とか、喉とか、なんかいい感じじゃないですか。どうせずっと暇なんだし、クソも楽しみの1つでさぁ」
そういえばジルも食べるのが好きな女だったなと俺は思い出し、左脚を意識した。俺は愛する恋人12人を全身に迎え入れており、ジルもその内の1人だ。彼女とは、一度、食事についてのその考えが理解できずに口論になったことがある。まあ、ジルは俺やこのトサカ頭とは違って、食べたものは永遠に食べっぱなし、クソの手間はないのだが。
「死なねえ老いねえで時間だけはいくらだってありますからね。俺もこう見えて本格的な料理とか作っちゃったりするんです。ほら、さっきネクロの旦那がぶっ殺したロンドンの野郎なんかとつるんでね、山に行って、動物狩って、さばくすんよ。全部いちからやる。楽しいもんで」
「動物っつっても、全部どこぞの企業か市役所が放した成型人間だろうが。黄泉帰り連中のアルバイトにわざわざ貢献してやるのも馬鹿らしい」
「気分ですよ、気分。形だけ整ってればアリアリのアリです。この店も、こうやって魚っぽいもんが並んでるだけでも、実際、魚屋みたくなってんじゃないですか」
なってるか? ぎょろぎょろと目玉を動かす1匹をつまみあげると、魚は何かしらを抗議したげに口をパクパク開け閉めした。背びれに入った刻印からして、こいつは沼腹自然食品のバイトのようだ。魚型の人肉に取り憑いた人間。市役所製のものと比べると、鱗の質感までしっかり再現されており確かに形は悪くない。だが、体温が人肌のそれで、妙に生暖かく気色が悪い。
「沼腹の魚はよくできてますよ。人肉じゃなくて、しっかり魚の味がするんでさぁ。まあ、本物の魚なんて何千年も食ってないし、俺が忘れただ、ば、ば、ば……」
2本、4本、赤黒い硬質の杭がトサカ頭の顔と胸から生え、震えた。客だ。異常に首の太い男が通りのど真ん中で顔を突き出し、きばっている。とっさにトサカ頭を引き寄せ、盾にする。みるみる突き刺さった杭の数は増え、真っ赤なトサカが目立たなくなる。得物の正体は凝固した血液だろう。構えからして射出口は客の顔面。偶数本ずつ放たれていることから察するに、鼻血の弾丸か。
隙を見て飛びかかろうにも、連射性能が高く盾の陰から出る隙がない。鼻血の弾切れがないということは、黄泉帰りではなく起き上がりか。面倒だ。右腰にひっついている俺の恋人、ミィの肉体から肝臓を引き抜き、投げつける。客は反射的にそれに狙いを定める。当然、こちらへの攻撃はなくなる。
「素人が」
既に間合いをつめていた俺は、鼻血野郎の首を握りつぶし、背骨ごと引き抜き、捨てた。蘇生までの時間を遅らせるべく、死体を刻もうとした時、背後の魚屋から轟音が聞こえる。2人目か。大忙しだ。店を壊され親父にドヤされてもつまらないので、急いで駆け戻る。
魚を散らかさないように気をつけてショーケースを飛び越すと、店の天井に大穴が空いていた。穴の直下には人間大の巨大な球体。下敷きになったトサカ野郎は、鼻血の杭とプレスとで最早人の形をとどめていない。出刃包丁をひっつかみ投げつけてみるが、刃は全く通らず弾かれた。その衝撃を感知してか、球体はバクりと割れ開き、まるまる太った中年女の姿になった。
「あれ、店主さんは?」
「俺が店主の代行だ」
「あらそうなの。じゃあ、頼みますお義母さん」
燃えるような感触と共に、背中から体内に異物を挿し込まれた。気配が薄い。振り向くと、小柄なババアが宙でくるくる回っていた。右手首から先がない。差し込まれたのはそれか。空中から軽快に繰り出されるババアの蹴りを避け、腹をかっさばいてしわくちゃの手を取り出す。異常な高温と白熱燐光。案の定、爆薬を握りこんでいる。投げかえそうと振りかぶると、それより先に右半身に衝撃を受けた。
間に合わず爆発したかと思ったが違う。砲弾のように放たれた中年女のタックルだった。質量が俺とババアの右手とババアの本体を巻き込んで魚屋の壁に激突する。内臓が潰れ、骨がへし折れる感覚。それはいい。直後の爆発に備え、俺は全身の愛する女たちがちぎれないよう肉を絞り固める。3、2、1、爆発。鼓膜が破れ、皮膚が焼け、肉が吹き飛び、骨が焦げる。失われたのは右半身か。キイロ、無事。ミィ、無事。バレエ、無事。ギギ、無事。タマムシは……いない。反射的な別れへの忌避。落ち着け。とりあえず鼓膜を補填する。
「ちょっとお義母さん! 火薬多すぎよ! 魚に火が! ああもう!」
「ひひひ、派手な方が楽しいやろ。祭りは暴れてなんぼや」
眼球を取り戻し、視界を得る。口論している2人が見える。あの爆発にもかかわらず、中年女は火傷1つ負った様子はない。ずいぶん無茶な皮膚をしているようだ。ババアの方は直前に緊急避難したのか、生首だけになって天井に突き刺さっている。俺は立ち上がると、右腕の一部らしき肉片を、つまりはタマムシを床から拾い上げ、自分の体につなぎ合わせる。多少切り離されても問題ないとはいえ、やはりどうにも気分が悪い。
「ずいぶん好き放題やってくれたじゃねえか」
「あら、店の人。ごめんなさいね。魚、焼けちゃったみたいだし、私たちはお暇するわ……あ、ちょっと!」
俺が問答無用で左腕を大きく振りかぶったのをみて、中年女は球体になった。防御したつもりなのだろう。だが意味はない。腕の軌道そのままに、球体に線が走り、ずるりと2つに割れた。天井のババアの生首が、ほほぉ~と感嘆の声をあげる。
「メンコさんの角質を斬るとは、とんでもないナイフやの」
「いいだろ。俺の女たちの歯で作った鎖鋸ナイフだ」
「知っとる知っとる。あんたネクロやろ。ラジオニュースでやっとった」
手近にあったトサカ頭の生首をババアに投げつけ、とどめを刺す。これでようやく一息ついた。俺は床に腰を下ろし店の惨状を見渡した。天井と壁に大穴。燃え移った火は柱を舐め、炙られた魚どもがぎいぎい悲鳴を上げている。来た順に殺すだけでいいとは言われていたが、さすがにこれはまずい気がする。店がなくなった場合、店主の務めを全うしたと言えるものなのか?
「あの~」
通りから気弱な声がした。異常に首の発達した男。さっき殺した鼻血野郎だった。近くで見るとわかりやすく鼻の穴がデカい。もう起き上がったのか。面倒くさい。
「商品は全部焼けちまった。別の店に行け」
「いや、そうじゃなくて。私、あなたに殺されたじゃないですか。だから、はい」
鼻血野郎は、俺に財布を差し出した。
「……どういうつもりだ」
「いきいきデーでは、店主に殺されたら有り金全部支払うのが決まりですから。さっき回復しながら聞いてたんですけど、今はあなたが魚屋さんなんでしょう?」
俺は黙って財布を受け取った。鼻血野郎はぺこりと頭を下げ、そのまま前のめりに倒れた。その背中にびっしりと蠅がはりつき、肉の中にもぐりこもうとしている。ぎちぎちと音をたて手をこすり合わせているそれらは、よく見ると骨でできていた。辺りを探ると、向かいの店の屋上に立つ学生服の男を見つけた。異常膨張した両腕から蠅の大群を煙のように湧かせている。そいつはこちらを見ると、笑い、蠅たちへの命令なのか俺を指さした。
「殺せればなんでもいいってか。上等だ」
こうなったら、店が消し炭になるまでとことんやってやる。電球はもらえなくなるかもしれないが、もう知らん。
◇◇◇
すっかり日が暮れた後。店に戻ってきた親父は、ただのがれきの山になった魚屋を見て、大きなため息を1つ落とした。親父は無言のままに生き残った別の親父たちを呼びよせると、どこからか資材を運んできて手際よく店を建て直し始めた。さぞどやされることだろうとトサカ頭と話していたのだが拍子抜けだ。顔を見合わせ、何か手伝うことはないかと切り出してみる。
「いらねぇよ。素人に手ぇ入れられてもむしろ邪魔だ」
「でもハマチの親父さん、悪いですって」
「いいんだよ。ちゃんと店番やってくれてたみたいじゃねぇか」
親父はそう言うと、山積みにされた黄泉帰りどもの死体を指さした。
「店がぶっ壊れるのは織り込み済みだ。それに今回は客層が明らかにおかしかった。ひっつかまえた客どもに聞いてみたんだが、西妃髄区のどこぞの町の連中がツアーかなんかでまとめて来ていたらしい。俺が相手してても、同じことになったと思う」
そんなもんすかと、トサカ頭は首をかしげ、でも掃除くらいはやりますよと焼け残った一角を掃き始めた。親父はそれを見て鼻で笑うと、がれきの山からデカい鍋を引きずり出し、その辺に散らばった焼けすぎていない魚を放り込んだ。どこかの店から持ってきた酒やら出汁やらをどぼどぼと注ぎ、ただの空き地になった売り場の真ん中にコンロを置いて、火にかけた。
「ヒブクレ、食っていくだろ」
「マジっすか!いただきます!」
しばらくして、辺りにいい匂いが漂い始める。それを嗅ぎつけたのか、バサバサと羽音がして、コウモリの羽根を生やした男が空から降りてきた。アーケードの上で親父をコレクションしていたバカだ。スペアの肉体に着替えてきたらしい。友達の到着を喜んだトサカ頭は、目に見えてはしゃぎ、こいつも一緒していいかと親父に尋ねた。親父は少し渋顔をしたが、鍋の中身をよそった椀を、黙って2人に押し付けた。
「ネクロ、てめぇも食ってけ」
柱を建てていた親父の1人が手を止め、金くずをはらって話しかけてきた。俺に食事の趣味はない。断ろうと思ったが、やはりやめ、別のことを口にした。
「俺は結局、電球はもらえるのか」
「あ? 誰がやるっつったよ。俺は『売ってやる』って言ったんだ」
「財布がないって最初に言っただろうが」
「あるじゃねえか」
親父は俺の右腰のミィを指さした。鼻血野郎の財布がそこに突っ込まれている。俺はそれをとりだすと、親父に投げ渡した。
「それは殺した客からもらったもんだ。返す」
「いらねえよ。俺はお前に店主をやれっつったんだ。今日の午後に限っては魚屋の店主はてめぇだ。いきいきデーは、ぶっ殺された客は店主に有り金全部支払うんだよ。そこに積んである黄泉帰り連中のもだ」
鍋をかき回していた親父が、その中身をたっぷりと椀によそい、俺に押し付けてきた。黙って受け取る。ぶつ切りの野菜と魚が煮られたその鍋は、ずいぶん雑な作りではあるが、こうして料理になってみると、確かに野菜は野菜らしく、魚は魚のようになっている。形だけでもさまになっている。
「ネクロの旦那も飲みましょうや!」
どこから拾ってきたのか、トサカ頭がコウモリ野郎と肩を組み、酒瓶をかかげ、らっぱ飲みした。作業を中断した親父たちも、手拍子でそれをはやしたてている。親父の1人がアーケード上のスピーカーの電源を入れ、商店街に調子はずれの音楽が流れ始める。俺は諦めてその場に腰を下ろした。風が冷たく気持ちがいい。受け取った椀から漂う湯気が、鼻をくすぐる。その匂いを嗅いで、椀の縁に口をつけ、ひと息にかきこんだ。
【necro12:肉肥田商店街いきいきデー】終わり
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