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【小説】好き好き平面図:屍材編

 そんなわけで屍材編です。屍材とは資材の誤記ではないのか? 誤記ではありません。今回の題材は門前典之先生の『建築屍材』という作品なのですから。前々回の『暗黒館の殺人』、前回の『ディスコ探偵水曜日』と比べるとマイナーな作品となりますが、平面図へのこだわりという点に関して、私はこれ以上の作品を知りません。同作者の『屍の命題』は和製バカミス(推理小説的仕掛けのトンデモさが過剰すぎて「バカ」の領域に達しているミステリ)の傑作と名高い作品なので、そちらのタイトルなら聞いたことがある人もいるんじゃないでしょうか。いや、どうなんだろう……。(推理小説作品の、推理小説ファン外での認知度がさっぱりわからない)

TIPS:門前典之
著作は『建築屍材』『浮遊封館』『屍の命題』『灰王家の怪人』『首なし男と踊る生首』の五作。おすすめは全部です。全部読め。「バカミス」の単語と共に語られることの多い作家さんですが、個人的には人体・人間を徹底的に解体し推理の「道具」に貶めることの恐ろしさが門前ミステリの最大の魅力だと思っています。一般的な倫理観に囚われた我々では思いつけない「飛んだ」発想を楽しみましょう。また、今回の記事のテーマは平面図なので言及はしませんが、シリーズ探偵の蜘蛛手さんが和製ミステリ屈指のクソ野郎なのも見逃せないポイントです。

 本作の平面図の何が素晴らしいのか? 実物を一目見ればわかります。『建築屍材』の平面図は、なんと透写紙四枚重ねの贅沢仕様! 「館」の立体構造が透かして把握できる平面図マニアにはたまらない一品です。初読の際、私は本を開いて思わず黄色い悲鳴を合いました。透写紙を装丁演出に使った本と言えば、他には恩田陸『ユージニア』の単行本とか、舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』の文庫版帯とかがありますが、こういう物理書籍でしかできない遊びは多少割高になってもどんどんやって欲しいですねえ。

 さて、前段落で「館」と表現しましたが、本平面図に描画されたそれを「館」と呼ぶには躊躇われるものがあります。それはありふれた4F建てのビルであり、奇想天外なからくり仕掛けも突拍子もない装飾もありませんし、外界から区切られた「推理小説」が支配する閉鎖異空間でもありません。(「館」の定義もまた語り始めると戦争でしょうが、ここはよしなに、私の解釈でどうかご容赦願います……) ここにあるのは、本当に「ただの4F建てのビル」に過ぎないのです。本作『建築屍材』の肝はまさにそこ。数々の建築の蘊蓄を通して、通常のミステリならばロマンに満ちた「館」として描かれる舞台を、ありふれた建築物=「謎」のない空間へと解体してみせたところにあります。そして、その建築物を再度ミステリに組み入れたことで「館ミステリ」ならぬ「建築ミステリ」とでもいうべき新しい可能性を示してみせたわけですね。推理によって「謎に満ちた館を暴く」のではなく、推理によって「ただの建築物に謎を見出してゆく」ということ。透写紙四枚重ねの平面図によって、脳内に展開された味気の無い立体構造は、本作を読み終わるころには書き込みで真っ黒になっていることでしょう。