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【小説】好き好き平面図:暗黒編

 ミステリには事件の舞台となった建物の平面図をのせるという謎の慣習があるのです(のってないことも多いけど)。一部のミステリファンはその平面図が出ただけで、興奮状態になり恍惚の表情を浮かべる習性を持っており、まあ私の習性なのですが、そんな自分が今まで読んだミステリの中で特に好きな平面図は何かなあと考えたところ四つほど思いついたのでnoteに出力しておこうと思います。第一回の今回は『暗黒館の殺人』ということで暗黒編。ちなみにこの後は水曜編、屍材編、番外編の斜傾編に続く予定です。気が向いたらまた……。

TIPS:館シリーズ
中村青司という変態建築家が建てた変態建築の中で起こる怪事件を追う綾辻行人の推理小説シリーズ。「探偵」ではなく「館」という事件現場を主役としている点が特徴的。推理小説としての面白さもさることながら、「本格推理」という歪んだ世界を成立させる閉じられた異界……「館」たちが悪魔的なまでの魅力を放っており、凄い。『暗黒館』はシリーズ七作目にして、最厚の大長編(文庫本四冊 計2000頁!)。シリーズの集大成的な一作。

 館シリーズから一つ平面図を選ぶのならば、本来ならば第一作、偉大なる聖十角形を選ぶのが正義でしょうし、インパクトという点では迷路館が一番でしょう(実際に見てたまげてください)。しかし、私はこの大長編のページを開き、平面図が目に飛び込んできた瞬間の心の昂りが未だに忘れられません。たとえるならば、待ちに待ったゲームを起動し広大なマップに飛び込んだ時のような。長く電車に揺られずっと楽しみにしていた遊園地に入場するときのような。誰しもが心の中に持つ「夏休みの冒険の始まり」が暗黒館の平面図にはあるのです。

 本作の舞台となる暗黒館は四棟二階建ての巨大建築。書籍の分厚さに負けない大ボリュームの舞台であり、平面図の枚数も八枚と規格外のものになっています。それがなんと折り込みのペーパー2枚裏表にたっぷりと印刷されています。ここまで六冊の「館」を踏破し、ついに大長編『暗黒館』に辿り着き、さあ読むぞと意気込む読者を「いくらでも好きなだけ冒険してください」と八枚の平面図がどっかり受け止めてくれるのです。先は遥か2000頁。急いで読み始める必要はありません。まずはこの平面図を裏返し表返し、待つものを夢想しましょう。そこには既に多くの謎があります。「赤の広間」とは何なのか。意味深に配置された「ダリアの部屋」とは一体……。その興味に手を引かれ、焦ることなく館に足を踏み入れればよいでしょう。この長い長い物語も、まずはゆったりとした話し運びで、その歩みを受け止めてくれます。