第五背板市
蟻の頭をラッパで撃ち抜いた瞬間、市内に三度目のサイレンが鳴り響いた。一度目は開始を、二度目は中間を、三度目は終了を表す。追い詰めた蟻は二匹。間に合ったのは片方だけだった。震えるもう片方を押しのけ、死骸を解体する。蟻の甲皮は固く刃物を通さないが、関節に刃を入れれば簡単にばらすことができる。必要なのは油臓のみ。擬翅を落とし胴を裂く。どれだけ丁寧に取り出しても、油臓を包む膜は薄く、微かな傷から染みだした油がねっとりと前肢に絡む羽目になる。
「兄貴……」
生き残りの蟻が言った。いや、狩りの時間が終わったなら市民か。よく見たら子供だった。今、俺が解体した蟻も。触手が若い。
「邪魔だ」
ガキを路地から蹴り出し、往来に出る。〈採油〉を終えた市は、未だ残る狩りの熱狂に酔っていた。果実屋の店先で首のない雌蟻が肢を痙攣させ、遠くの尖塔に酒密屋の親父が吊るされている。親父は昨日、自分が二十度〈採油〉を生き延びたことを自慢していたが、結局、市民ではなく幸運なだけの蟻だったわけだ。
五つの油臓は珀貨十枚になった。レートの下がった理由を役人に問いただしたが、前頭議会の取り決めだと追い払われた。役員はおおむね前胸背板市の出で、俺たちをいつも蟻を見る目で眺める。油臓にしか価値のない蟻。殺し合うクソ蟻。偉大な御蓋虫さまの背中に巣食う寄生蟻……。
砂漠風の温度が下がった。御蓋虫さまが寒帯に入ったらしい。俺たちを乗せて砂漠を進むこのバカげた大百足がどこを目指しているのかは誰も知らない。油臓を餌代わり与え、生かし続ける意味もわからない。だが、俺たちは続けることを選んだ。あのガキも同じだ。弟も。考えそうになり、やめる。どうせ次の〈採油〉で死ぬ。
油で濡れた前肢に砂粒が絡み、ひたすら不快だった。〈採油〉の夜は酒密をやりたくなるが、親父は死に、行き先はない。仕方がない。それもこの第五背板市ではよくあることだ。
【続く】