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最近読んだアレやコレ(2024.04.17)

 ここ5年、10年ほど、1年を通して読む小説の冊数はほぼ固定されていて、おおよそ50~60冊程度。換算すると約1冊/週ですが、ペースが一定なことはなく、全く読まない時もあれば、余暇にずっと読んでいる時もあります。コントロールしてるわけではなく、毎年、気分のままに過ごしていると、自然とそうなるのですが、今年はどうも様子がおかしく、年明け以降、月8冊~10冊ペースが続いています。無茶苦茶な気温で、桜がおかしな季節に狂い咲くように、脳の均衡が崩れ、インプット・ラッシュが到来している。ぼちぼち趣味の小説の続きも書きたいところで、熱心に準備も進めているのですが、しばらくはこの波に乗っておきたい気分もありますね。楽しみにしている新刊も、今年は多くありますし。ぼちぼち〈館シリーズ〉の再読も終わるし、三島屋変調百物語をいちから読んだりもしたいなあ。

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文学少女対数学少女/陸秋槎、稲村文吾

 高校2年生・陸秋槎には、推理小説を書く趣味がある。校内誌で発表した「犯人当て」もそのひとつ。しかし、発表作にはミスがあった。悩んだ陸は、学園が誇る天才・韓采蘆に新作の校正を依頼する。ただし、彼女の専門は数学で……。2人の少女が繰り広げる、批評と創造の机上戦。全4編。

 推理小説へのリテラシーを持たず、かつ数学的素養を持つ人間が、推理小説に赤を入れるとどうなるか?……という仮定のお遊び。犯人当てのロジックにヒビを入れながらも、その遊びとしての擬似論理の歪さに対し、再度愛着を語り直す「連続体仮説」「グランディ級数」。推理小説としてオーソドックスな構造を、数学の用語や考え方に言い換えて戯れる「フェルマー最後の事件」。そして、数学と衝突させることで、通常の推理小説では辿り着かない新たな飛躍を創出せしめた「不動点定理」。あまりにもむきだしな「ぼかぁ、推理小説が好きだ!」「特に麻耶雄嵩が大好きだ!!」というぎらつかんばかりの熱……そして、数学×作中作もの×犯人当て×推理小説批評という、いくらなんでも厳しすぎる制限下での四苦八苦……。ジャンルに対して向けられた、前のめりすぎる気持ちの発露には、ちょっとひいてしまうのですが、こんなん嫌いになれるわけもなく。にやついた苦笑と共に「お好きなんですねぇ」とにっこりしてしまいます。愛が強すぎる。あと女の子が2人いちゃいちゃしてるのは、いつもの陸秋槎なのですが、女の子の片方が作者と同名なのはさすがにヤバすぎてのけぞりました。推理小説の伝統という言い訳では誤魔化しきれぬ迫力がある。こっちの愛も強すぎる。物語としては全く終わっていなかったので、是非、続きが読みたいですね。


コズミック・アルケミスト/草野原々

 四大元素と7つの天球。宇宙の中心には地球が有り、そこにはきみが居た。労働力として採掘されたきみと、台本通りに劇を演じるきみ。そして、時刻表に従って運行するきみ……。「ぼく」を目指し、内から外へ。鉱物と人形が、列車に乗って、地球を離れる旅に出る。SF長編。

 キャラクターとストーリーは、記号と流れに過ぎず、それ自体はただの形にすぎません。それらは読書体験を通すことで、初めて意味と価値を宿すものでしょう。しかし、そのプロセスをどこまでも空々しく……「キャラの内面を想像して、共感して感情移入しましょう」と過去作でも空々しく繰り返されたように……それだけでは空虚でしかない形そのものを、空虚なままに、空虚だからこそ、どこまでも華やかにくるくる踊り明かすこの様は、「ああ、今、草野原々の小説を読んでるなあ」という、たっぷりの虚(うつろ)に満たされます。全くの無音は、これほどまでに騒々しく賑やかなものか。文字の全ては中抜き文字で、描かれるすべては輪郭線。実がなく、中がなく、それを語る物語すらも物語という空々しい型式に隷属している。ヒトの形に整えた幾つかの輪ゴムを、ふにふに歪めてはよりあわせるひとりあそびを見せられているようです。列車の運行が時刻表を外れるほどに、より強くその形だけが切り抜かれ、しかしその意味のなさに宿るのは、露悪でも冷笑でもありません。愛すべき形たちから形すらをも取り外し、テキストを物語への隷属から解放することで、より自由な無意味へと羽ばたかせる温かな眼差しがここにあります。空っぽの何かから新しい意味を創り出すのではない。空っぽのものを空っぽのままに愛するラブレターのような小説でした。


びっくり館の殺人/綾辻行人

 お屋敷町のびっくり館には、不吉な噂が幾つかあった。小学6年生の頃、ぼくはその館に越してきた少年と親しくなり、何度かそこに招かれた。びっくり箱でできた壁。不気味な腹話術劇。クリスマスの夜の密室殺人。10年半越に蘇った記憶は、隠された真相をも呼び起こす。館シリーズ第8弾。

 再読。「講談社ミステリーランド」というレーベルの懐かしさに思わず落涙にしそうになりますが、残念ながらそちらは所有していないため、文庫版で読み直しました。読んだのが10年以上前だったこともあり、全く内容を覚えていなかったのですが……いやあ、これはおもしろい。文庫300頁の尺の中に〈館シリーズ〉のエッセンスが過不足なく詰め込まれており、ふくふくと満腹できます。既シリーズ7巻分の重みを、ぎゅうと押し込めた力強さは、確かにびっくり箱的であり、読むと中身が弾け出してくるようなエネルギーを感じるところ。そして何より普通に怖い。ホラーとしてわかりやすく演出された腹話術劇の一幕もそう。館の内に招き入れられる悪夢めいたくだりもそう。中でも特に、さらりと語られるに留まった古屋敷美音の顛末の意味のわからなさに、ぞっとさせられました。また、腹話術人形リリカが持つ存在感からして、やはりこのシリーズにおいて、人形というアイテムは非常に重要であるのだな、と。館とは人智を越えた怪異ではなく、”悪夢”を内に閉じ込めたヒトの形を拡大したものであり、どこまでも属人的でドメスティックな人工の結界である。場ではなく、箱である。その特徴を再確認するためにも、『霧越邸殺人事件』は読み直さないとなあ、と思います。


密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック/鴨崎暖炉

 密室殺人の聖地「金網島」で開催された、密室殺人愛好家による密室トリックゲーム。当然の権利の如く、ゲームは本物の連続密室殺人にすり替わり、曲者揃いの「探偵」たちによる推理対決が始まる。密室狂乱時代のただ中、青春を密室に閉ざされた子供たちが、ロックドルームの脱獄に挑む。

 より馬鹿馬鹿しく、より軽薄に、より乱暴に、そしてよりマニアックに。前作の剥き出しの幼稚さに強く惹かれた者として、それを全く恥ずかしがることなく、胸をはってパワーアップさせた本作には強い感動を覚えました。「島の海岸線全てに高さ30mの金網フェンスが建てられていて、その全てに振動センサーがあり、10m毎に監視カメラが設置されている」……小学生が口喧嘩しながら考えみたいなバカ丸出しの閉鎖空間には、キャッキャと手を叩いて大はしゃぎしてしまいましたし、それが推理小説としての趣向と有機的に接続されてゆくスリルには、神経をひっかかれるような痺れる快楽を覚えます。「6つの鍵を同時に開錠すると開く金庫の中に入ってる鍵」「四階建てのビルほどもある十字架の形をした塔」「新開発のとにかく超凄い合金で作られた直方体のコテージ」……全ての作為に「遊びのため」という但し書きが堂々とついており、それを現実的な感覚と擦り合わせることに見向きもしていない。このゴツゴツとした手触りは、本来フィクションにおいて瑕疵になりうるものでしょうが、しかし、この密室黄金時代においてだけは、それが許されているのです。天帝に捧げることなく、自分たちがかぶりつくためだけの、甘い果実がここにあるのです。続編が待ちきれないですね。


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