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NECRO4:地獄くんだり(3)

【ネクロ13:あらすじ】
・不死者の暮らす街、臓腐市で、主人公ネクロが無茶苦茶する。

【ネクロ13:登場人物紹介】
ネクロ:死なずのネクロ。自分勝手な乱暴者。
タキビ:サザンカの妹。口が悪く気が強い。
ネアバス:臓腐市役所暗黒管理社会実現部犯罪鏖殺第3課課長。メガネ。
ハヤシ:ネクロの恋人。理屈っぽい。
ミィ:ネクロの恋人。物静か。
アイサ:ネクロの恋人。幼稚。
ジル:ネクロの恋人。興味しんしん。
その他のネクロの恋人たち:サザンカ、グンジなど。

(2)より

■■■

 学校の屋上で、1人の亡者が息をきらして転落防止用のフェンスをよじのぼっていた。影がわだかまったようなその姿から表情は全く伺えなかったが、赤々とした地獄の空の下、死を目がけて上へ上へと手を伸ばしてゆくその様子は鬼気迫る。人の背丈よりも高く、返しまでついているそのフェンスをのぼるのは、ノーマルな人間にとって相当な苦労なはずだが、その亡者はロープや手袋を持ち込んでまで、それを成功させようとしていた。

 ただ死ぬだけならばいくらでも方法はあるだろうに、わざわざ難易度の高い手段を選ぶ理由はわからない。「学校の屋上から飛び降りて死ぬ」という行為自体に、その亡者は強いメッセージ性を込めているかもしれない。それの強調として、死という手段が使われたってことか。死なんざにどれほどの意味があるのか……臓腐市に住む俺にとって、その前世紀の価値観は滑稽なものにしか思えないが、死を恐れるグンジならば、もしかすると理解ができるのかもしれない。

 フェンスのてっぺんに辿り着いた亡者は、そのまま躊躇なく向こう側に飛び降りた。俺はそれを確認し、教室から引き剥してきた壁掛け時計で時刻を確かめた。15時33分。時間は合う。この直後、亡者は教室の窓の横を落下し、その中にいる別の亡者に目撃され、地面に激突、死亡する。そして、15時40分までの間に、誰かが何らかの目的でその死体を痕1つ残さず持ち去る。その理由はわからないが、とにかく1つ確かなことがあった。

「自殺だな。決まりだ」

 亡者が落下するまでの過程に、他の登場人物が関係する余地はまったくなかった。屋上には、亡者共に干渉することのできない俺とメガネ野郎しかおらず、まだ不死者がいなかったこの頃は、キイロやグンジのように他人の肉体を遠隔で操作する手段もないはずだ。

「……1つ、抜け道が考えられますね」

 反論は頭上から降ってきた。フェンスの上で器用に仁王立ちしていたメガネ野郎だった。奴はこちら側に降りてくると、亡者がフェンスをよじ登った痕跡を興味なさげに一瞥し、言った。

「この学校を形作っている〈夢の中のハヤシ〉ならば、生徒を操作して屋上から飛び降りさせることができるのではないでしょうか」

「可能性を挙げりゃあいいってもんじゃねぇだろう」

「しかし、現状、推理を組み立てるにしても、確固たる前提が何もありません」

 自殺の様子に目もくれず、屋上から見える前世紀の景色ばかりを眺めていた役立たずの助手が偉そうにほざく。市役所職員の手腕を期待していたのだが、メガネ野郎は事件のことをちっとも調べず、学校の外に出ようとしてみたり、亡者に接触できないか試してみたりと、粗探しに夢中でまるで推理をする気が見られない。

「『生徒を操作して』というのは不正確な表現でしたね。現在、我々が五感を通じて知覚しているこの光景は、亡者も含め、全て〈夢の中のハヤシ〉が形作っているものです。言い換えれば、これは〈夢の中のハヤシ〉という映画監督によって撮られた映画のようなもの。いや、『探偵小説』という言葉を借りるなら、小説のようなもの、ですか」

「謎の答えが、作者がそう書いたからだってのか? てめぇもしかしてふざけてんのか?」

 殴りつけてやろうと1歩詰め寄ったが、メガネ野郎はひるまない。得物である両手を構えることすらせず、腕組みしたまま話を続ける。

「大真面目です。繰り返しますが、確固たる前提がない以上、そういう視点も持って検討しなければならないということです。そもそも、我々に課せられた問題からしてあやふやだということに、ネクロさんは気がついていますか」

「どこがだよ。亡者の死体が消えたことに理屈をつければいいんだろ」

「違います。彼女は『これを解き明かすこと』としか言っていません。『これ』が指すのが、彼女によって形作られたこの世界自体を指すならば、問題の意図はまるっきり変わります。つまり、我々に課せられている条件は、事件の謎を解くことではなく、『出題者の意図を解き明かせ』ではないか、ということです」

「……なるほどな」

 屁理屈をこねくり回しているだけのようにも聞こえるが、肯けなくもなかった。ハヤシの性格上、謎解きの材料自体にフェイクが混じることは考えられないが、問題文を読み間違いさせ、はやしたてるということは十分にありうる。というか、ド本命だ。あの女は、間違いなく、そういうことをする。

「言われてみれば、死体が消えたことは問題になりえねぇな」

「ええ。今すぐにでも見れば確認できますから」

 地獄の時間は15時30分から15時40分の10分間を永遠に繰り返している。屋上からは生徒が1人落ち続け、教室の騒動も永遠に終わることはない。赤色の不吉な空によってテープの上に焼き付けられた事件は、何度も何度もループ再生され続けており、俺たちはそれをあらゆる場所、あらゆる角度から検討することができた。死体が消えた経緯を知りたければ、校庭で亡者が落ちてくるところを待ち構えておけばいい。

 条件として提示されるには、あまりにも簡単すぎる問題。それならば、それはそもそも問題ではないのだと考えることは自然なようにも思えるし、真に問いかけられているのが『出題者の意図』だというのもしっくりくる。ハヤシは何かと人に構ってもらいたがりな性格で、率直に言って寂しがり屋だからだ。

「てめぇの説が正しいなら、この問題の回答は『ネクロに問題を解かせず、魂のレイヤー内に永遠に自我を閉じ込めておくこと』になるのか?」

「そうですね。クイズとしては全くおもしろくないですが。解答回数に制限はありませんでしたし、とりあえずはそれを我々の答えとしましょうか。……ハヤシさん!」

 はいよー、と気の抜けた声と共に、俺とメガネ野郎の間にハヤシが出現した。魂のレイヤー内に位置という概念はなく、あらゆるレコードは遍在している。そして、ハヤシは自身に関係するレコードを肉体にしている黄泉帰りであるため、同じく位置という概念を持たない。今、こうして俺たちが形を得ているのはハヤシによる翻訳の賜物であり、実際、形や位置を必要としないハヤシは、俺とメガネ野郎の回答を既に知っていた。

「あのさぁ、君たち、私のことを一体なんだと思ってるわけ?」

 そして、その回答は不正解のようだった。

「確かに私はひねくれて理屈っぽい性格をしているかもしれないけれど、そんな意地悪な問題は出さないよ。私が条件として出したのは、あくまで女子生徒の転落事件の真相を暴くこと。これでも足りないなら、もっと細かく言ってやるよ。『女子高生の転落事件を引き起こした犯人が誰かと、転落後の死体の消失について説明をつけること』。わかった?」

「犯人も何も、どう見ても自殺じゃねぇか」

「転落後の消失トリックの実行者は別に問うてないからね。この事件が自殺だと思うなら、彼女が犯人だと回答してくれればいい。できれば名前で答えて欲しいかな」

「つまり貴方は飛び降りた女子生徒の名前を知って欲しくて、この問題を作成したということですね」

 メガネ野郎は、相変わらずねじくれたものの読み取り方をした。市役所で働こうなんて連中の大半は、自我薄弱なマシーンもどきだし、性格も腐っていて当然だろう。ネアバスくん、君さぁ、とハヤシも呆れたように肩をすくめてみせている。

「疑い深いのが悪いこととは言わないけれど、いい加減にしたら? 回答の裏道ばかりを探されて、問題の製作者がどんな気持ちになるか想像できる?」

「しかし、依って立つ真実がない以上、出題者の意図を読む方向に推理を働かせるのは自然です」

「そこはフェアに作ってるよ。保証する。この事件は現実に起きたことだし、私は余計な脚色を加えてはいない」

「前者については疑っていません。ここは、前世紀の臓腐ぞうふ腫羊しゅよう区でしょう」

 腫羊区だと?

 俺にとっては想定外の話だったが、ハヤシの反応を見るに、それは正しいようだった。屍材開発や魂子エネルギーの実験場として、市役所が臓腐区・挫症ざしょう区の沿岸に建てた巨大な人工島。土地としては、臓腐市が今の臓腐市になってから造られたものであり、前世紀には存在していなかったはずだが……いや待てよ。俺は後頭部のボタンをやさしく撫でてやり、脳みそを抱きしめさせて、記憶を刺激した。そうだ。腫羊区は、元々あった2つの人工島をベースに建て増されたものだった。

「校門から外へは出ることができませんでしたからね。屋上から周囲の景色を観察させてもらったのですが、土地の縦断線形や海岸線に視婆しば町付近と一致するものがありました。この学校は、2つあった人工島の内、西側の方に建っているのでしょう。その島の名前が何かまでは、私も知識として持ってはいませんが」

「それは嘘だ。忘れてしまっただけさ。君も元々は、この街で暮らす普通の人間だったんだから」

 ハヤシは感傷的にそう言い、そして、にっと笑顔を見せた。

「やるじゃないか、ネアバスくん。そろそろ肉のキューブに圧縮して黙らせてやろうかと思っていたけど……どうしてなかなか、しっかり考えている。実際に飛び降りるところを確認して、自殺だ自殺だと騒いでいただけの私の恋人とは段違いだ」

 特に反論は差し挟まないでおく。

「だとすると、君が私を疑っているのにも理由があるんだろう。当ててやろうか。教室で、名前を見つけたな?」

「はい。ネクロさんがさっさと屋上に上がってしまったので、教室の探索は私1人で行ったのですが……落下する被害者を窓越しに目撃した生徒がいましたよね。彼女の鞄から、彼女の名前が記されたカードを見つけました。この学校への在籍を証明するためのものでしょうか」

 メガネ野郎はそう言って、プラスチックのケースに収まった板切れを俺に投げ渡した。そこには、亡者本体と違ってはっきり素顔が描画されている顔写真、そしてその持ち主の名前が書かれていた。

 林凪紗……ハヤシ・ナギサ。
 
「不死者の名前には2つのパターンあります。1つは、元の名前を忘れてしまったので適当につけなおされたもの。もう1つは、元の名前を忘れないように、そのまま名乗り続けているもの。私やネクロさんは前者ですが、貴方は後者です」

 俺は思わず、写真とハヤシの顔を見比べる。両者は似ても似つかない。同じ人物には見えない。しかし、ハヤシは会うたびに外見を変える女だった。今の姿は儚げな少女のものだったが、以前迎え入れた時は三つ編みセーラー服の野暮ったい雰囲気の女だった。奴の肉体はレコードであり、位置情報はない。つまり、顔の造作という概念はハヤシにはなく、全ては視覚的な翻訳によるものなのだ。

「この世界が完全な貴方の創作ならば、私もゲームに真っ当に参加することができました。しかし、事件が現実の出来事であり、しかもその出題者が事件の関係者……被害者の同級生であり第1発見者であると言うならば、さすがに恣意的な編集を疑わざるをえません」

「……極めて真っ当なご意見だ」

 ハヤシは満足げに肯き、拍手した。赤々と照る地獄の空の下、学校の屋上でワンピースの少女が手を叩くその光景は、やはりどこまでも作り物めいていて現実感がまるでない。彼女が形作ったこの島の風景の方がまだ、その創りだした当人よりもリアルな質感を持っている。

「ネアバスくんの大健闘をたたえて、幾つかヒントをあげようか。まず、君の言う通り、私はこの事件の当事者だ。そして、この問題に個人的な意図を込めている」

「それなら……」

「勘違いしないで欲しい。意図は確かにあるけれど、それは問題と関係しない。ここで再生されている情景には、一切の嘘がないことを保証する。亡者たちの外見と空の色を除けば、魂のレイヤーに記録されているレコードをほぼそのまま、写実的に立ち上げている。そして、問題は私の意図を暴くことじゃない、問題はあくまで犯人とトリック。フーダニットとハウダニットだ」

「しかしそれでは、問題が成立しないでしょう。犯人は自殺、死体消失の真相も下で確かめればすぐに明らかになります」

「じゃあ、確かめてみたらいいじゃない」

 ハヤシは悪戯っぽく、フェンス頂上の返しに取りつき、乗り越えようともがいている制服の亡者を指さした。議論に夢中で次の周回に入っていることに気づいていなかった。時刻は15時32分。階段を下りていたら間に合わないし、何よりまどろっこしい。俺はメガネ野郎の首根っこをひつかみ、亡者を追いかけるようにフェンスをのぼった。

 女たちの愛で支えられた俺の肉体は、あっと言う間に亡者を追い越し、フェンスの頂上に立った。先にメガネ野郎を投げ落とし、亡者が登ってくるのを待つ。その姿は相変わらず必死で、手伝ってやろうかとも思ったが、亡者の肉体には触れることはできず、行動に影響を与えることはできない。代わりに俺は、その懐を探り、昔のハヤシこと林凪沙が持っていたのと同じカードを見つけ出した。引き抜き、顔とを名前を確認する。見覚えのある顔。そして名前。

 ……なるほど、そういうことか。

 大体の真相はわかったが、確認のため、亡者と一緒に飛び降りた。真っ逆さまに落下してゆく中で、教室の中の林凪沙と目があった。もちろん、亡者である林に顔はなく、それは俺の気のせいに過ぎない。理屈ではわかっていても、現在のハヤシと林はやはりうまく結びつかなかった。1,000年、10,000年と続く生は、雨垂れに打たれ続けた石のようにヒトを別の形に変形させてしまうものなのか。

 着地の衝撃と共に傷んだ部分を、女たちの肉や骨で補填する。イメージの世界であるこの地獄で、本来、そんな手続きを踏む意味はないのだが、過程を踏む、文脈を作るという行為がなければ、この世界の初心者である俺はうまく自己をコントロールできない。先に落ちていたメガネ野郎の肉体は、さすが市役所謹製の特注品と言うべきか、あの高さから飛びおりて一切傷を負っていないようだった。横では飛び降りた亡者が潰れ、望み通り死んでいた。あとはここで、待てばいい。

「現在は15時36分、あと4分の間に何らかのトリックで死体は隠されるわけですが……あ」

 メガネ野郎が喋っている途中に、目の前で死体が消失した。隠される、ではない。何らかのトリックがあったわけでもない、正真正銘、本当に消え失せた。血や肉の一片すらもそこには残っておらず、まるで彼女という存在は、初めから存在していないかのようだった。

「どう思う、メガネ野郎」

「簡単です。〈夢の中のハヤシ〉はやはり嘘をついていた。我々が目にしているこの映像にはフェイクが仕込まれているのでしょう」

 特に驚いた様子もなく、メガネ野郎は淡々と結論づけた。冷静沈着が服を着て立っているようなその振る舞いは、実に市役所の連中らしいつまらなさだったが、俺はこいつがキイロに恐怖を転写されて悲鳴を上げている様子も知っているので、つい、笑ってしまう。

「何を笑ってるんですか、ネクロさん」

「いや、ハヤシは嘘をついてはいない。あの女はそういう女じゃない」

「それはあなたの認識でしょう。誤解ですよ」

「違う。俺はあの女を愛している。それは疑いの余地を挟むまでもない、絶対の真実だ。裏切りが魂のレイヤーに刻み込んだレコードに、誤謬が入る余地はない。俺たちはお互いを完璧に理解し合っている」

 メガネ野郎は呆れたように、深い隈が刻まれた目で俺を見た。

「しかし、今の臓腐市ならばともかく、前世紀の世界は物理法則から逸脱することはありえないでしょう。このような不条理は起こり得ません」

「だから、そういうことなんだよ」

 俺は、地獄の空を見上げた。

「ここは、前世紀じゃない。臓腐市だ。それならば全てに説明がつく。何が起きてもおかしくないからな」

 何をバカな、とメガネ野郎は眉をひそめた。

「屋上でもう1度確認してもいいですが、ここは間違いなく臓腐市になる以前の街です。臓腐市に子供はいませんし、彼らが通う学校もありません。この校庭にあるような青々とした緑もなく、天然の蝉も既に絶滅しています」

「1つ尋ねるが、お前の言う臓腐市ってのは、いつからあるものだ」

「それは、我々が不死になった瞬間から……」

 メガネ野郎は、一瞬沈黙し、なるほどそういうことですか、と頷いた。本来、比喩でしかなかったはずの「魂」が実在性を持ち、システムとして働き始めたことで、俺たちは不死性を獲得した。いわゆる現実と呼ばれる世界はただの「物理のレイヤー」となり、それと表裏一体の「魂のレイヤー」が新しく出現した。そして、魂のレイヤーには位置という概念がない。距離という概念がない。つまり、時間は存在しない。それは経過を踏まず、突然、そうなったのだ。俺の後頭部で眠るボタン、俺の最初の恋人は、かつて、そう言っていた。

「つまり、彼女が地面に叩きつけられて死んだ直後に、この街は不死者の街になったということですか」

「直後というか完全に同時だろうな。はた迷惑な偶然だ」

 俺はそう言って、飛び降りた亡者からすり盗っていたいた、名入りのカードをメガネ野郎に渡した。

「最初に考えたのは、ジルだ。何でもバクバク食っちまうあいつの力は、死体の消失なんて簡単に引き起せるからな。だが、ジルは、臓腐市のバカ共が無駄に物を増やしまくった影響で発生した現象であって、この瞬間にはまだ存在しない。だとすると、まあ、俺が思いつくのは1人だった。あいつの力は物体を灰くずに変えることだから、跡形も残さず死体が消えているのが気になったが……そもそも、その力の大本は、あいつ自身の不在性によるものだ。あいつの肉体は存在しないし、実際、これ以降、ずっと死んだままになっている」

「死体消失トリックの実行者を探す必要がないというのは、そもそも自殺者と同一人物だったからというわけですか」

「そうだ。あいつは自分で死んで、自分で消えた」

 カードに書かれていた、飛び降りた亡者の名前。 

 樋村美衣……ヒムラ・ミィ。

「犯人は、ミィ。〈死のミィ〉だ。真相は自殺。死体の消失は、死の瞬間の力の発現によるもの。答えはわかった。……ハヤシ!」

 はいよー、という声と共に、俺の真横にハヤシが現れる。大きな麦わら帽子のつばが俺の腕にめり込むが、その触感があってなお、その白いワンピースを着飾った外見は、どこまでもフィクションめいていて、逃げ水のように揺らめている。俺が出した回答を、飴玉でも転がしているかのようにハヤシは味わい、その顔に滲む喜色を最早隠そうともしていない。

「うーん……正解にしてあげてもいいけどね。でも90点かな。惜しい」

「惜しい?」

「フーダニットも、ハウダニットも正解してる。犯人はミィ。トリックは力の発現。でもね、正解はしているけれど、それだけじゃ満点はあげられないな」

 ハヤシはそう言って、上機嫌にくるくる回り、ワンピースの描画を確かめるように周囲をなぞった。やはり情報にフェイクがあるのではと話しかけたメガネ野郎は、その瞬間に圧縮され、豆腐程の大きさの肉のキューブになった。

「いい加減うるさいよ、ネアバスくん」

 にこにこと笑いながらも、有無を言わせぬ口調でハヤシが言った。

「俺の助手にするんじゃなかったのか」

「もう十分に働いてくれたでしょ。あとは君1人で考えればいい。私は1人でいる方が好きな性質たちだけれど、君が真相がわからないと言うなら仕方がない。答えが出るまで、いつまでも付き合ってあげるよ。推理に飽きたって言うなら、こんな学校全部ぶっ潰して、新しい世界を創ってもいい」

 ハヤシは、甘えるように俺の腕をとり、自分の腕を絡みつかせた。そんなことをするまでもなく、ハヤシはこの世界の全てに遍在しているはずだったが、それでも過程を踏むように、確かな文脈を作るように、形を伴って、俺の手を握った。

「私たちがいちゃいちゃしているところを夢に見せてやったら、街の連中はどんな風に思うかな?」

 そう話す、その口の中だけが、血のように赤く、生々しい。


(4)へ続く