NECRO4:地獄くんだり(4)
【(3)より】
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灰の砂漠が延々と広がる不毛の土地というタキビの想像とは異なり、実際の痔獄の風景は、分解途中の建物や無機物が溶けたように地面にだらしなく広がった怪物の胃袋の中のようなものだった。死滅細菌はコンクリートよりも鉄の方を早く分解するようで、鉄筋製の建物は剥離やひび割れではなく、自重で押しつぶされるように潰れ、足元から灰になっている。
『あまり周囲のたてものにちかよるなよ。すぐくずれるからな。生き埋めになったらめんどくさい』
時折風が吹き抜ける度に、どこかでざらざらと建物が崩れる音がする。アイサに忠告されるまでもない。先ほどもまだ十分に形の残っていた建物が目の前でいきなり崩れ去り、タキビは肝を冷やしたばかりだった。
「痔獄ってのはもっと何もない所かと思ってた」
『まあ、おまえの想像するような砂漠ちっくなのもまちがっちゃいない。ネクロに迎え入れられるまえに根暗のミィがいたところはそんなかんじになってたよ。ここもあとしばらくしたら、分解されきってそういう状態になる』
「しばらくってのは100年くらい?」
『あ?しらないよ。根暗がおちてから大してたってもないのにこの状態なんだから、もっとはやいんじゃないの?』
口は悪いが、悪意や敵意は感じられない。痔獄の縁でタキビの体内に侵入したアイサは、現在の彼女の肉体と魂であるネクロの力を使ってタキビを迎え入れようとした。だが、結局それはうまくはいかなかった。その理由としては、アイサがネクロのからだを手に入れてまだ間もないということもあったし、何より『迎え入れる』力のトリガーとなる愛という精神状態が、アイサにはほとんど備わっていなかったこともあるだろう。
タキビは、個人を自我で判定している。今のアイサのことをネクロだとは思わない。しかし、ネクロの魂と肉体に、ネクロの力によって迎え入れられるというのは、想像するだけでも吐き気を催す事態であり、そうならなかったことには心底安堵した。悪意と敵意と発露の場を失ったアイサが自分にどんな八つ当たりをするのか想像すると寒気がしたが、彼女は彼女でその結果に妙に満足したようで、上機嫌にタキビに話しかけてきただけだった。
『ネクロは私があいつを愛していると断言したが、やっぱまちがってたんだ! 私に愛なんてあるものか。敵意と悪意の応酬のまえでは、愛なんてよわい概念なんだ!』
本来、自嘲で吐くべき言葉をアイサは誇らしげに語った。興奮気味に彼女がべらべらと語る彼女独自の暴力哲学は、タキビがグンジやプラクタに感じたのと同じ独りよがりの閉じた系であり、全く理解できるものではなかったが……それでも、タキビは、彼女に共感しうる何かを感じ、気づけば言葉を返していた。
「アイサさんは、ネクロの恋人なんでしょう?」
『さん付けはやめろ、きしょくが悪い。恋人ってのはネクロやふぬけのバレエがかってにほざいてるだけで、しったことじゃない。私はあいつの裏切りの理屈をきにいっているだけだ。なぐったらなにがなんでもなぐりかえす、軽薄であたま空っぽのシステムがあいつだ。大体、ネクロの人格のどこに愛せるところがあるんだよ。クズじゃんか』
「自分勝手で独善的で、暴力的で……」
『暴力的なのは、まあ、わるくないけど、自分勝手なのはほんとうにそう。あいつ、ひとのはなしを全くきかないからな。自分の理屈だけが正しいとかんちがいしてるんだ』
それはアイサも同じじゃないかとタキビは思ったが……でも、わかりあえる部分は大いにあった。立場は異なっているし、それぞれの中にある理屈も一致しないけれど、少なくとも、タキビも、アイサも、「ネクロが嫌い」という点は共通していた。姉と話した時とは違い、その話題は盛り上がった。互いの語彙は多くのすれ違いを見せたけれど、それでも、理屈ではなく、感情の面で互いに共感しあえる余地があった。
話題を広げる内に、アイサが何の目的でタキビを襲ったのかも聞き出せた。現状のアイサはヒトとして非常に不安定な状態にあり、迎え入れる力を使用することで何とかヒト1人分の形状を保とうとしたこと。そして痔獄の中心で肉体をミィに消させることで、完全にネクロと分離し、ネクロを復活させること。
1つ目の目的は失敗に終わり、2つ目についてもタキビの望むところではない。しかし、迎え入れられなかったとはいえ、内側から繊維状になって絡みついているアイサに逆らうことはできなかった。嫌がってみせたところで、ただアイサを喜ばせるだけに終わることは、タキビも察しがついており、結局、タキビはアイサを痔獄の中心にまで運ぶ車の役を買って出た。
痔獄は灰になりかけの廃墟ばかりがどこまでも続いており、その風景は退屈だった。地面に降り積もった灰は粒が視認できないほどに細かく、裸の足の爪の隙間や、樹脂のからだの隙間にいやらしく入り込む。それを掘り出そうとこすっても、へばりついた黒ずみを広げるばかりで意味がない。無言で歩き続けることに耐え切れず、タキビはアイサとぽつりぽつり言葉を交わすようになった。敬語をいやがるアイサに応じ、その口調も親し気なものになっていた。
「今の肉体をミィさんに分解してもらったところで、アイサとネクロが分離するとは思えないんだけど。迎え入れるっていうのは魂レベルでの融合みたいなものなんでしょ」
『私にもべつに理屈があるわけじゃない。そうなるんじゃないかってだけだ。ジルに食われることも考えてはみたが、あのクソガキにたのみごとはしたくないし、なんかきれいに消えすぎるきがする。すぱっときった野菜が、断面をあわせたらくっついてしまう、的な』
「ミィさんの力は、あくまで物理的な現象なんだっけ?」
『きたねぇバイキンだよ。根暗のバイキン女だあいつは。あいつについてはいろいろ仮説はあるんだが、おまえの姉貴からきいたはなしがただしいんじゃないかと思う』
「姉さんから?」
『ちからが特殊なこともあって化け戻りだとかんちがいされることがおおいらしいが、あれはじつは起き上がりなんだと。ただ、私たちとはちがって、魂が肉体とはなれた状態で固定されている。あいつは死につづけている不死者なんだよ』
それは不死者ではなく、普通に死んでいるだけではないのかとタキビは思ったが、そもそも魂が実在化している時点でそれは通常の死ではないのだろうと、かろうじて覚えていたグンジの講義をたぐりよせ、納得した。
『そういう特殊な状態の肉体は本来あっちゃだめらしい。あっちゃだめだから、あの根暗女は存在しない。ボディも、魂も、自我も、ぜんぶ『ない』ってかたちで、ある。因果が物理のレイヤーのうえにそういうかたちで説明をつけているんだとおまえの姉貴はいってた。意味はわかんないけれど、まあ、なんとくなくはわかる』
「私たち通常の不死者がドーナツだとすると、ミィさんはドーナツの穴みたいなものってことね」
『うまいのかへたなのかよくわかんないたとえだな。まあ、ネガポジ反転、ふつうとはうらがえしで魂と肉体の関係性が成立してるってことだろ。ともかく、その裏返しのつくりはけっこう無茶で、その無茶があのバイキンをつくってるんだと』
「プログラム上ではなく、プレイヤーがゲーム画面上で目にするバグが、死滅細菌ってことね」
『しらねえよ。うるさいな』
不機嫌そうに言うアイサに、タキビはくすりと笑った。途端に、顔面の前面が内側から圧され吹き飛んだ。顔面の樹脂を回復させながら、余計な刺激をアイサに与えるのはやめておこうとタキビは思った。
「ふぁんでそんなことに、ふぁっちゃったのかな、ふぃさんは」
『それもおまえの姉貴がいってた。たぶん、マジでしんだのと同時に不死者になっちゃったんじゃないか、だってさ。笑える偶然だよな。ちょっとでもタイミングがずれたなら、死ねたのに。クソダサい。殺されたのか自殺したのか知らないが、自殺したんならいじめられてたんじゃないのか、あのバイキン女』
「ひどいこと言うね」
『ひどいもんか。根暗のどんくさいバイキン女が、死んでマジのバイキン女になったんだとしたらおにあいってやつだ。めちゃくちゃわらえるじゃんか』
「いや、ひどいよ。私の親友に向かってなんてことを言うんだアイサは」
アイサは自らの笑顔を踏みにじるような笑い声をあげた。会話を通じて、ある程度の共感が生まれてはいたが、それでもやはりタキビにとって、アイサは理解のできない怪物だということが再確認させられる。当たり前のやりとりの中で、ぎょっとするような悪意と敵意が露出する。そしてそれは「ぶっている」のではなく、彼女にとってごく当たり前の所作のようで、とても滑らかだった。滑らかだった。滑らかに、違和感を食って消化したように、それは、当たり前に2人の会話に割り込んだ。
タキビは驚き、声の聞こえた方を見る。そこには「子供」がいた。崩れかけた廃墟の風景に人型の隙間が開いており、小さなピンクのピースがぴったりとはまり込んでいた。フードパーカーと運動靴。全ての有機物が分解されるこの町において、それが異質であることは、全裸で恥ずかしい思いをしているタキビ自身と比べても明確だった。
『てめぇ、なんで……』
「おもしろそうだから、ちょっかいをかけにきた。でもいらっときちゃったな」
タキビの体内だけに響くアイサの声に、「子供」は当たり前に反応し、隙間から1歩、こちらに踏み出した。途端に、廃墟はバランスを失ってざらざらと灰になって崩れ、「子供」の上に雪崩れうつ。生き埋めになってしまう、とタキビが反射的に駆け寄ろうとしたが、その必要はなかった。崩れる廃墟の全てが、ばくん、と一瞬で消え失せた。
『おい、にげろ』
「え?」
『ジルだ。勝てない。にげろ』
その言葉に反応し、タキビが腰を引かせた瞬間、目の前に「子供」が、〈底なしのジル〉が現れた。瞬間移動ですらない。編集した映像のようにそこには過程がなく、まるで2者の間の距離を消滅させたかのようだった。思考の速度で取り残されたタキビを補うように、タキビの右腕が勝手に持ち上がり、銃口を形作った。アイサはタキビの肉体を操作し、痔獄の防御壁に穴をあけた熱線をジルに向けて放つ。
『やっぱむりか』
ばくん、と熱線は当然のように消滅した。大喰らいという評判と違い、その力の発現には全く食事のモーションが伴っていなかった。仮にも物理の肉体を備えた存在にも関わらず、その手続きを無視するように、その手続き自体すらも食らい終えたように、ジルは不条理に周囲のものを平らげてゆく。
その小さな足がさらに1歩こちらに向けて踏み出すのと同時に、タキビは姿勢を崩し倒れた。両脚が皮膚だけを残して、中身を失くしていた。地面伝いに「食われた」のだと理解する。腹を突き破ってアイサの作った刃物や棘がジルに向けて伸びるが、それらも全てその衣服の表面に触れると同時にばくん、と食われ、消え失せた。
ジルは、自分に向かう全ての抵抗を消滅させながら、何の障害もない無風の空間を歩くように、地面に倒れているタキビの上に腰を下ろし、その小さな掌をタキビの胸にぺたりと当てた。途端に顔を除く全身に霜が降り、凍りつき、まったく身動きがとれなくなった。
「冷た……」
「ごめんね、タキビちゃん。あなたにはこんなことしたくないけど、中のアホタレは一発わからせてやらないと」
『わからせてみろよ、このゴミぐらいのゴキブリが。てめぇは、自分の仕事でせこせこゴミをけしてまわってればいいだろ。こんなところまでなんのようだ』
「ミィとは親友でね。それに仕事はちゃんと済ませてきたよ。バレエの奴が街中にバラまいた動物の死骸は、大体全部食べ終わった」
ゴキブリとバイキンが友達ってのは覚えやすくていいな、とアイサはとんでもない悪態をついた。ジルもさすがに不愉快だったらしく、顔をしかめている。人の体の中から挑発をするのはやめてほしいとタキビは思った。
「……タキビちゃんが頼むなら体内のアホタレを全部食べてやってもいいんだよ。体の中から幼稚な理屈を聞かされるのもうんざりしてるんじゃない?」
『妹! こんなクソガキの言うことは聞かなくていい! おまえも知ってるだろ、このふざけたデブのせいで、なんど街がめちゃくちゃになったか!』
「デブじゃない。カロリー消してるもん。太ってないもん」
〈底なしのジル〉。大食らい。街の掃除屋。ネクロの恋人にして犯罪者、そして愉快犯。本来の職分である増えすぎた物体の消滅をこなすと同時に、彼女はその備わった人格……好奇心を大いに発揮し、好き放題街で暴れ回る趣味人だと聞いている。その興味は、自分の化け戻りとしての力にも向かっているらしく、先ほども本来の力である「物体の消滅」を拡張・逸脱させた、距離や熱の消滅を行ってみせた。
「化け戻りってのは人間の不死者の分類だから、私には本当は当てはまらないけどね。私はただのヒトの形をした現象であって、魂も自我もないから」
タキビは、グンジから(無理矢理)聞かされた、ハヤシの副次体の発生プロセスを思い出した。因果の正常を保つために、補填される形で生じる肉体と魂。そもそもが人間ではなく、偶然、ヒトの形をとり、ヒトのように振舞って「見える」だけのジルは、その状態が正常なのであって、後付けで魂や自我が発生することはない……ということか。
「タキビちゃんもだいぶ特殊な出自みたいだけど、私に比べたら普通だからね。なんかコンプレックスとかそういうのがあるなら、センパイとして気にしなくてもいいって話をしてあげるよ。この適当な街でそんなことどうでもいいことだし」
『こいつは、そんなしょうもないことでうじうじ悩んでなんかいないよ』
なぜか、タキビより先にアイサが答えてしまった。ジルはそれは聞いて、少し驚いたような表情を見せ、ふうんと呟いた。
「……で、どうするのタキビちゃん。アイサのこと消して欲しい?」
「えっと」
タキビは即答できなかった。なぜだろう。このままだと自分は、ネクロを助けにいくことになる。それは嫌なはずだった。アイサに多少の共感を持ちはしたが、自分は共感することへの興味は薄く、そんなもの、簡単に投げ出せるはずだった。
「それは……いいかな……いいです」
タキビの返答を聞き、ジルは腹の上から腰を上げた。悪戯っぽくこちらを見降ろし、真っ白な歯をのぞかせてにやにや笑っている。
「なんか、仲良くなっちゃったみたいだね、あなたたち」
「そうかもしれません」
『そんなわけないだろ』
内外で声をそろえるタキビとアイサに、ジルは吹き出した。こらえきれないように、身をかがめ、くつくつ、くつくつ、と笑い続けた。いいことを思いついた、これはおもしろくなってきた、と壊れたように呟いたかと思うと、1つ提案があるとタキビたちに向けて切り出した。
「タキビちゃんとアイサは、目的は違ってるけど、一致している点も1つだけある。ネクロが嫌いって気持ちだよ。で、その共通点を活かすには、タキビちゃんには考えを改めてもらってネクロを蘇らせる必要があると思う。だってさ、タキビちゃん、あいつのことが嫌いなのに、あいつに蘇って欲しくないってのは、発想が負け犬なんじゃない?」
「どういうことですか」
「あんなクズ、ぶん殴ってやりたいじゃん? 嫌いな奴に嫌がらせしたいでしょ?」
「それはそうですけど」
嫌いに理由がないからって、悪意を遠慮する必要はないとジルは言った。
「あいつの愛にだって別に理由はないんだ。意味不明な理屈を私たちに押し付けているだけ。嫌よ嫌よも好きの内を、真顔で言えるくそったれなんだから。もっと軽率に、嫌がらせして、ぶん殴って、いじめてやればいいんだよ」
「それは望むところですけど、具体的にどうしろと」
「アイサと付き合っちゃおう。とりあえずはちゅーしよう」
はあ!? と体内から声が上がり、怒りというよりは慌てたようにアイサは武器をジルに向けた。ジルは何事もないようにそれらを消滅させると、ごめんごめんと、明らかに反省していない声色で言い、にやにや笑いを一層ひどくして話を続けた。
「付き合うってのは大げさにしても、アイサや私のことをネクロに渡さない、迎え入れさせないってのは、やっぱり一番の嫌がらせだよ。あいつには嫉妬の感情はないけれど、恋人を手に入れることができないってのは、最大の苦痛だと思うから」
『そんなもん、私1人で十分だ。妹やてめぇとがんくびそろえてはやしたてるなんてダサいことができるか』
「いいじゃん。ネクロが嫌いな女同士楽しくやろうよ」
『てめぇは女かどうかも微妙だろうが。人間関係ってのは、悪意と敵意だけでつくるべきなんだよ。なかよしこよし、おたがいにやさしくってか、くだらねえ。私がやりたいのは暴力のキャッチボール、倍倍ゲームなんだ』
「だったらなおさら私たちは仲良くするべきだよ。アイサ、悪意と敵意ってのは集団で共有した時が一番大きくなるんだ。やろうよ、ネクロの悪口大会。みんなで、嫌いをとがらせよう。大きく膨れあがった嫌いで、あいつの顔面、ぶん殴ってやろうよ」
ジルのその言葉に、アイサは反論することなく沈黙した。言い負けて気まずくなってしまったのか、新しい発想を黙って吟味しているのか。いずれにせよ、その妙な素直さは確かにかわいらしく、付き合うどうこうは別にして、魅力的と言えなくもないとタキビは思った。
「ジルさんも、ネクロのことが嫌いなんですか?」
タキビが尋ねると、ジルは一瞬、ん、と思案し、答えた。
「私はネクロのことを愛しているよ。でも好きか嫌いかで言ったら、嫌いかな」
「どうして」
「何度も言うけど、私は人間じゃなくヒトの形をした現象なんだ。それなのに、ネクロと恋愛した結果、私は1度ヒトになってしまった。あいつの肉体と魂の中で、『ヒト1人分』に固められてしまった」
悪戯っぽい笑みはそのままに、それは風化した岩がただ偶然そういう形をとったように固まっていた。自我と魂のない彼女にとって、彼女らしく見えるそれらは全て、見る側の解釈に過ぎないのだとタキビは理解した。
「許せないってことはない。台風や雷をどう解釈するかは人の自由だと思う。でも、魂と自我がないままに、許せないと口にすることができるようになってしまったことが許せない。あいつはね、私という現象を、概念を、凌辱したんだ。こんな小さな子供を、力づくで犯す男なんて、許せるわけがないと思わない?」
『思う』
アイサが体内から同意した。タキビと同じ回答だった。自分勝手な乱暴者。独善的な暴力野郎。憎たらしく、忌々しく、姉をたぶらかした不愉快極まりない男。地獄に落ちて当然だと言う考えは間違っていたし、妥協だったとタキビは考えを改める。あの男を地獄から取り戻す必要がある。あの男には、この臓腐市が、生き地獄が相応しい。
……ただ問題は、タキビが「姉と再会できるまでネクロの恋愛の手助けをする」という約束をネクロと取り交わしていることだった。このままだと、タキビは約束を破り、裏切り者としてあの男に愛される羽目になる。それだけは何としても避けたい。痔獄の中心部に辿り着くまでに、何か手立てを考えておく必要があった。