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最近読んだアレやコレ(2023.04.16)

 年度末・年度始は生活と労働が忙しく、読書感想行為をするのもおよそ2ヶ月ぶりとなりました。2ヶ月の間、虚無だったというわけではなく、既読の漫画を読むなどして過ごしていたのです。咀嚼済の創作物を脳に通すのは抵抗が少なく、体力の消耗もあまりないですね。父がこれを指して「流動食」と称していたのを思い出します。父は自分の読みたい小説を読むのではなく、決められた要素を含む作品を栄養バランスを考慮して組んだルーティーンに従って読むという、変わったタイプの読書家であり、自身の老化もそれに反映し、年齢を重ねるごとに「流動食」の配分を増やしています。読書が好き嫌いや趣味の範疇を越え、生活の前提にあるものとなっており、そしてその状態を疑うことすらなくなった凄味をわが父ながら感じます。

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友が消えた夏 終わらない探偵物語/門前典之

 首無し白骨死体と化した劇団員、事件の記録を所持していた窃盗犯、タクシーによる拉致事件。探偵事務所を営む建築士・蜘蛛手が過去の記録を紐解き、複数の事件の裏に隠された絵図を見つけ出す。鮮烈な1トリックで魅せるのではなく、無数の事件同士を絡み合わせて作品全体をぐちゃらせるのは、前作から引き継いだ趣向のように思います。それらを片付けるための推理と真相を1手ずつこつこつと積みあげることで、散らばった破片を着実に修復してゆく過程が本作では描かれます。そういった堅実な手つきにより組まれた作品でありながら、その破片が実はヒトの肉片であるところ、そしてヒトの形に修復したそれを指して「ヒトを直した」と言い切る心のなさは、門前作品の真骨頂としか言いようがありません。物理的なアプローチではないにせよ相変わらず道徳と倫理に欠いており、ヒトも事件も全てが作品を組み立てる建築屍材として準備され、消費されている。陳腐さを感じられるタイトルが、読み終えることで極めて厭な意味を帯びるのもすばらしい。最後に余談ですが、本作は文庫書下ろしです。門前典之作品は新刊が出る度に紙で購入しており、読書体験もハードカバーの手触りを伴うことが多いため、「文庫で門前作品を読んでいる」という実感はどこかスペシャルで、不思議なくすぐったさがありました。


無貌伝 ~夢境ホテルの午睡~/望月守宮

 〈無貌伝〉シリーズ第2巻。夢境ホテルは夏のとある一週間、宿泊客を夢の世界に連れ込みもてなす。今夏、ホテルに逗留するのは3人の名探偵とヒトデナシの怪盗・無貌。夢の世界に誘われ、事件を解き明かすのは誰? 顔を失った探偵と顔を探す少年は「自分とは何者か」という命題に推理を通して取り組んでゆく……古めかしく王道な冒険譚は、過去と謎がマーブルに混ざった夢の世界を通じ、より強く描かれてゆくことになります。群像劇の形式をとった本作では、主人公たち以外の物語群を通じてその命題を深めてゆき、まだ探偵未満であった少年がその他者のドラマを通じて……他者の謎に足を踏み入れ、解決に導く探偵の作法に準じることで、自分自身もまた「無貌」の命題に立ち向かうこととなります。「夢を見せるホテル」という特殊な舞台と、力と事情を隠し持つ登場人物たちは、この小説が語るべきもののために、必然的に配置され、しかし紛れもなく血肉を通わせ生きている。特殊設定ミステリという建てつけにおいても、そしてどこまでも推理小説である前に探偵物語であるストーリーにおいても、前作よりも明確にパワーアップがなされており、とてもおもしろかったです。等身大の人間が探偵として世界に向かい合ってゆく中で、今後、ヒトデナシである怪盗が何の役割を果たし、何を語るのかも気になるところ。次巻も間を開けず読む。


キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘/西尾維新

 〈戯言〉シリーズ第10作。世界を統べる玖渚家の一族が、世界遺産の古城で殺された。首を落とされたのは青色サヴァンの紛い物。「本物」の血を引くはぐれ者、黒髪の娘・玖渚盾は事件を解決することができるのか。奇をてらい実を伴わず机上をくるくると撫でまわすような小説であった9作目までの流れを受けて、真面目で誠実な言葉を「マジで言ってる」語りによって記しているのが、エポックメイキングな最新作でした。戯言からかけ離れたマジの語りに〈戯言〉の冠を被せる上で、とられた手法が「引用」なのが、本当に笑ってしまうほどにクソ真面目なロジカルさで愉快です。探偵の推理にノイズを走らせ真実までの流れを妨げるがゆえの〈戯言〉……語り部の交代と共にその呪いめいた効力から解き放たれた本作は、果たして何の道具を用いて、流れを歪め、あるいは正すのか? そもそも、言葉が歪めていた正しかった物語とは、それが行き着くはずの「終わり」とはなんだったのか?  過程のフェアネスを突き詰めた果てに、本当に「正しさ」はあったのか? 詭弁でもなく言い訳でもなく、そしてもちろん戯言でもなく、9巻かけて父が語り上げた冗談キディングめいた世界を、母の厳密性から引き継いだ「マジで言ってる」言葉と、名前を通じて受け着いだ名探偵以上の行動で再解体する、あまりにも真面目で誠実な続きのミステリでした。偏愛できる。

▼読了後リアルタイムで書いた感想記録


七人のおば/パット・マガー、大村美根子

 実家を離れたサリーの元に、おばが夫を毒殺したという凶報が届く。しかし、サリーには七人のおばがおり、手紙には犯人の名前がない。サリーは真相を予想すべく、夫に実家の事情を語り始める……。 現時点で今年読んだ小説のベスト。「最悪な親戚」という概念を煮詰めでできあった個性豊かな七人のおばが、おばにも負けず劣らずの最悪なおじといとこをセコンドにひっさげて、一つ屋根の下、次から次へと親戚トラブルバトルロイヤルを起こしまくくる、最悪親戚エンターテイメントの金字塔です。 計算され尽した厭さの凹凸が、一切の遊びなくパズルのように噛み合って、ページめくり行をまたぐごとに、息つく暇もなくクソみたいなもめごとが起こり続けるのだから凄まじい。「僕が考えた最悪な親戚」がぶつかり、ののしりあい、散らし続けるどす黒いケミストリーの火花は、読むものの口角をいやらしく釣り上げる麻薬じみた快楽を帯びています。紙の繊維の隅から隅まで性格の悪さがしゅんでいるカスの小説でありながら、不愉快さや読みにくさがまるでなく、エンタメとしてとことんギャハハ!と読めてしまうのだからたちが悪い。「誰が殺人を犯したか?」というミステリとしての主題もあるものの、おばバトルの濃度と密度が凄すぎて、そんなことどんどんどうでもよくなってくる。皆も読んで、自分だけの推しおばを見つけ、最強親戚議論をしてほしい。私はクララを推します。大傑作でした。


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