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最近読んだアレやコレ(2024.03.23)

『冬期限定ボンボンショコラ事件』の発売に向けてコンディションを整えるべく、シリーズを『春期限定いちごタルト事件』から順に読み直す春を送っておりますが、春と言うには気温がめちゃくちゃで、四季をひと月で駆け抜けるにはうってつけと狂いの季節と言えましょう。あと、どうやらTVアニメにもなるそうですね。私はおそらく観ることはないのですが、作中で要所要所に使われ、展開上、スマートフォンに置換することも難しいであろう携帯電話なるアイテムが、2024年にどう映像化されるのかは少し気になるところです。しかし、アニメ版の『小市民シリーズ』というタイトルは凄いですね。『氷菓』と違い、シリーズ1作目を全体タイトルに冠しづらいことはわかるのですが、とはいえ、この思い切りは凄い。

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マネーロード/二郎遊真

 ホテルの一室から幾度の仕手戦に勝利し、富を築きながらも誰とも関わらない。「金の声を聞く男」と呼ばれた彼が、その日受け取ったのは1枚の旧札。それは、幼少期、彼が1度手にした千円札だった。朧げな自らのルーツを探るべく、男は1枚の流通経路マネーロードを遡上し始める。

『銀と金』の仕手戦編をイメージして手に取った小説なのですが、実際は、主人公「金の声を聞く男」の内面に重きを置いたナイーヴな冒険譚でした。「1枚の千円札の流通経路を遡る」という筋立ても、専門知識や知略戦を描く触媒ではなく、他者との関わり合いを断っていた主人公が、否応なく他者との交流の場に投げ出されるシチュエーションとして描かれます。金銭にまつわる主人公の超感覚や、時折挟まれる「千円札視点」でのモノローグなど、素朴な進行からはみ出した幾つかの異物は、いずれも金を介してしか他者と関われない主人公の孤独と枯渇を引き立て、一方で、当の主人公本人が、そうした形をとった自らのストーリーを冷静に俯瞰しているのが独特でした。孤独な主人公は、目的を遂げる過程で、特別な誰かとお定まりに出会うのですが、それがもたらす変化を含め、全ては流れの中で必然的で、マネーロードを遡上するこの物語に相応しい自覚的な諦念を感じます。1枚の千円札の動きを巻き戻してゆくこの映像は、当然、運命から逆らうことなく、開始点に到達します。必然が持つ冷たさの中で、思いのほかその結末が温かなものだったことには、ちょっと感動してしまいました。


無貌伝 ~奪われた顔~/望月守宮

 怪人・蜘蛛の犯罪は、怪盗と探偵の両者に等しく深い傷を残して終わった。最後の決着が迫る中、探偵はようやく自らの過去を語り出す。仮面の奥に隠された真相。それは、未だ無名の探偵と何者でもない助手、そしてヒトデナシの女王と貌の無い怪盗の物語だった。〈無貌伝〉シリーズ第6巻。

 次巻がエンドロールであることを考えると、この第6巻こそが本シリーズの到達点であり、事実上の最終巻と言えるでしょう。「無貌伝とは、こういうお話だったのです」……作者本人のコメントに嘘偽りはなく、『無貌伝』という題に真摯に向き合い続けたこの探偵譚の解決編として、本作は確かな満足を与えてくれるものになっています。ヒトは探偵のように誰かに関わり合うことで、かおを手にすることができる。しかし、誰かではなく、普く全てに探偵として向き合った時……世界と関わり合う手段がそれ以外全て剥がれ落ち、最早、探偵以外の何者でもなくなった時、ヒトはかおを奪われる。そして、かおのない者は、最早、探偵ですらない。第1巻から繰り返し、強く強くなぞり続けられた真相を描く主線は、ついにその真相を最後まで描き切ります。それは、一般的な推理小説としてはごくベーシックな、そしてこの唯一無二の探偵譚においては何よりもスペシャルなトリックでした。仮面の主の「隠された顔」。見飽きた推理小説の一幕は、『無貌伝』という物語のフィルターを幾重にもくぐり抜けることで、「奪われた顔」を巡るサーガとして、ここに結実したのだと思います。


無貌伝 ~最後の物語~/望月守宮

 全ての謎を語り終えた仮面の探偵は、怪盗・無貌を追うべく立ち上がる。死を覚悟した怪盗・無貌は、全ての貌を引き連れてその地へ向かう。必然、2人の対決は、最後の物語をその場所へと運んでゆく。貌無き怪人たちが夢見た楽園はどこにある? 〈無貌伝〉シリーズ、エンドロール。

 シリーズ完結編。とはいえ、探偵譚としてのエネルギーは前巻で全て費やしており、本作はまさにタイトル通り、物語を終わらせるための減速車線のような1冊となっています。しかし、私は、前巻よりも今巻の方が好きです。エンドロールのみで構成されたこの1巻には、余韻しかなく、どこか夢見心地なその読み味は、作中で無貌が語る楽園の展望と同じく不思議な淋しさを漂わせています。探偵譚は既に閉幕している。解決編は既に締めくくられている。推理小説としては不必要。そんな、出汁ガラのような、蛇足のような、そして何より、貌をくりぬいた後の空虚のようなこの1冊こそが、仮面の探偵と怪盗・無貌の物語……『無貌伝』の題に相応しい「最後の物語」であると思います。貌を失った人間は、長く生きることはない。それを証明するように、本作はシリーズ中で最も短く、200頁に満たないものとなっています。しかし、奪われた貌の正体と併せ、この最後の物語が失意と虚無のままに閉じられることがないことを証明し続けた道すがらこそが、このサーガの語るものでした。異形の探偵譚は、貌を失い、最早探偵ですらなくなったその先を語るものとして、遠く伝わってゆくのです。おもしろかった。


刀と傘/伊吹亜門

 慶応三年、幕末の京都。尾張藩士・鹿野師光は、とある凶事に巻き込まれ、とある男の才覚を見た。その男は、後の初代司法卿・江藤新平。怜悧なまでに理詰めの推理で、事件を瞬く間に終わらせる中、江藤もまた、鹿野の推理に確かな能力を見出していた……。明治京洛推理帖、全5編。

 幕末×バディもの×ホワイダニット。たった5編ながらも、出会いからその顛末まで、バディから絞れるエキスを全部出し切ったようなストーリーには、美酒に舌鼓を打つような、そんな心地にさせてもらえます。硬質さを備えながらも、決して理に勝ち過ぎないホワイダニットたちも、短編推理ものとして気が利いており間違いがありません。そして何より素晴らしいのは、推理小説と歴史小説のギャップが生む、たまらない残酷さでした。探偵・鹿野師光が解き明かすWHYは、事件に関わる人間の痛切な理由を語るものであり、短編単位、推理小説のくくりにおいては強い意味と価値を持っています。しかし、長編単位、やがて佐賀の乱へとたどり着く歴史の流れの内において、確かにそこにあったはずの推理と真相は、最早斟酌されるものではありません。その裏に隠されたことを置き去りにし、事件はただの出来事として時代の一部に取り込まれ、どうしようもなく押し流されてゆくのです。そして、探偵・江藤新平の推理は、個々人の真相ではなく、その流れをコントロールするもので、それは当然、探偵・鹿野師光の推理と相容れるものではありません。情と理、虚と実、私と公。2人の探偵の交流だけが、推理小説と歴史小説のギャップを埋め、「小説」として歴史の裏に隠されている。非常に好みだったので、同作者は今後も追ってゆきたいです。


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