アルキメデスの詭弁
「現実とはある程度自由に改変できる代物だ。たとえば今、私は私の性別を女だと認識しているが……」
黒髪を指で梳きながら尾原は矢辻を指さした。
「先ほど君は私の後に個室トイレを利用したね。便座はどうなっていた?」
「上がっていました」
「私が女性ならそれは不自然だね。つまり実は私は男性だ」
「知ってます」
彼を囲んで座る隊員たちはそろって苦笑した。
「いま実践したのが前世紀に考案された簡易性別改変叙述法だ。『便座の蓋を開ける』という簡単な行動を挟むだけで『伏線』を配置できる」
我々は行動で世界を変えられる、と尾原は言う。
「ただ大規模であるほど困難になる。干渉する多くの視点、全てに矛盾が生じぬよう精査を重ねて『伏線』を置かねばならない。過去最大の改変例は町一つ分の時代改変。今回諸君らが臨むのはそれと桁違いの計画だ。隕石の衝突は一年後。それまでにこの惑星の位置を改変させる」
「我々は、叙述トリックで世界を救う」
【続く】