NECRO12:電波塔でバラバラ(前編)
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ネクロフィリアがとっくの昔に死語になったこの街でも、浮気はまだまだ罪らしい。
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女米木生研のジェット・ガスは質が良い。燐光の炸裂と共に銃肛から噴出された高圧腐敗ガスは730kgある俺の身体を木の葉のように吹き飛ばした。勢いを殺すため空中で通行人をひっかけたがさして意味はない。全員まとめて向かいの製薬店内に叩きこまれ、店の親父ごとぐちゃぐちゃにかき混ざる。
「無茶苦茶しやがる」
へし折れた脊椎をアイサから補填する。内臓の損傷は、肝臓、心臓、他色々。キイロとサザンカで足りる。俺の女たちの中でもとびきり臓腑の綺麗な2人。裏切りと恋の遍歴が何よりの力であり、女たちにケジメをとらせ屍骸を纏えば、最早そこには愛しかない。
『あまり手間をとらせるなよネクロ。室長は怒っていたぞ』
「奴は俺を裏切った。タイプの女だ。俺の目方を増やしてもらう」
しゃがれ声めがけミィの膀胱を投げつける。そこから噴射された胃酸は女米木の屁コキ野郎だけでなく、俺と女たちの身体も焼いたが問題ない。起き上がり、黄泉帰り、化け戻り。この街のろくでなし共でも、反射の機能はいっちょ前に残している奴がほとんどだ。顔を庇った屁コキ野郎の胴はがら空きで、鎧ごと真っ二つになった。
『おいおい、筋繊維強化樹脂だぞ』
「愛だよ」
臓腑をまき散らしながら軽口をたたく屁コキ野郎に得物を見せびらかし、脳天を叩き割る。俺の女12人分の歯が俺に握りしめられる悦びで震えるチェーンソーナイフ。歯数合計384本。裏切りを十八番とする女たちは、皆、歯の白さで騙す。一本も欠けはない。
「とはいえ切れ味が鈍いな」
『老いだよネクロ。そろそろ1回くらい死んだらどうだ』
「黙って死んでろ」
割れた顔面を踏みつぶすと屁コキ野郎はさすがに黙った。死ぬのはごめんだ。集めた女どもが離散する。そして理由は老いじゃない。俺が新しい女を迎える時、女たちの嫉妬がナイフの切れ味を鈍らせるのだ。握りしめられる悦びを越える悋気の炎が、女たちのタンパク質を固めるのだ。
「ネクロ!てめぇ俺の店をよくも!弁償でき」
右顔面だけになった店の親父を怒鳴り声ごと踏み潰して黙らせ、屁コキ野郎の懐を探る。砕けた顔面がひっつく様子はない。起き上がりだと面倒だったが、黄泉帰りなら死体あさりが楽でいい。社員証。酒のボトル。傷熊のガチャガチャ。携帯ゲーム。グンジに繋がる手がかりがあればと思ったが、カスみたいなものしか持っていない。
「ネクロ!そいつは」
怒鳴り込んできた2人目の親父を八つ裂きにして黙らせる。この屁コキ野郎の肉体を交換条件に、女米木の連中に取り入るか? グンジの役職はなんだったか。室長。どこのだ? ボタンの黒髪を優しく梳いてやり、俺の脳髄を抱きしめさせる。……そうだ、遠隔操伝保肉技術第三特別開発室室長。
「おい、ネクロ!」
「さっきからうるせえな」
3人目の親父の胸倉をつかみあげた。やめろ、おい、やめろ!とさっき八つ裂きにした2人目の親父の肉片たちも、既に起き上がって口々に文句を垂れる。やはり起き上がりは面倒だ。この親父はその中でも特別だが。
「クソ親父が。プラナリアごっこは1人でやってろ。俺に手伝わせるな」
「そいつ、まだ生きてるぞ」
「あ?」
床に転がる屁コキ野郎が爆発した。女たちがちぎれるのを防ぐためにとっさに身を縮めたが、その必要はなかった。炸裂強化粘性痰。黄色い痰汁は既にむちゃくちゃなごみ溜めになっている親父の製薬店にとどめをさし、ついでに俺の足と床を接着して固まった。それを待ってか、玄関から新手が姿を現す。体躯に対して異常に頭部の小さな巨体の男。
「こんにちはネクロ」
「よう、筋肉野郎」
「ネクロ、何度も言わせるな。筋肉野郎じゃない。ヒパティだ。〈ぶっとい右腕のヒパティ〉。プラクタは仕事をしてくれたみたいだ。さすがはヒパティの仲間。〈鼬のプラクタ〉。さすがはプラクタだ」
「あの初顔の野郎か。最後っ屁ってことか? やっぱり屁コキ野郎じゃねえか」
「ネクロ、屁コキ野郎ではない。プラクタだ。〈鼬のプラクタ〉」
筋肉野郎は悲しげな表情を浮かべ、右の拳を振りかぶる。屍材20人分の筋繊維を頭の悪い起き上がりに無理矢理詰め込んでできたバケモノ。20対12の単純計算で体重も膂力も俺の上をゆく。しかも屍材の出どころはハイヴ製作の企業墓庫から選りすぐった黄泉帰りの社畜奴隷共で、その結束も凄まじい。まあ、その点に限れば俺と女たちの結束の方が当然強いのだが……。
「ネクロ!ネクロ!ネクロォーッ!」
パンチが顔面に迫る。俺の女でもない癖に俺の名前を何度も呼ぶな。前に突き出した親父の上半身が潰れるのを合図に、両脚の女たちを腰まで引き上げ、自分で足首を切り落として拘束を解く。空中で奴に食らいつくべく、アイサとハヤシを通じてあばら骨の牙を開いた。もちろん内臓と脊椎の損傷回復の準備は終えている。来い、筋肉野郎。腕ごと中身を混ぜてやる。
【NECRO12:電波塔でバラバラ】
女たちと世界1周クルーズに出かける甘い夢から飛び起きると、俺は慌てて全身をまさぐった。後頭部にボタン。背中にアイサとハヤシ。俺から見て右の腹にキイロ、左にサザンカ。腰にぶら下がったミィに、まさぐる右腕でほほ笑むタマムシ。逆の腕にはユビキが、両脚にはバレエとギギとジルとゲレンデが。いる。全員いる。
「よかった……」
「ハーレムが無事だったようで結構ね」
冷ややかな声に視線を向けるとタキビが立っていた。なぜ、と訊く前に、壁面を埋め尽くすラジオの山を見てここが奴の住処であると気がつく。正確に言うならば俺の住居だが。何故ならここは奴の姉のサザンカの家であり、ということはつまり俺とサザンカの愛の巣でもあるからだ。
「お前、俺が気絶している間に、サザンカを切り取らなかったのか」
「私はあんたを裏切らない。あんたなんかに好かれてたまるか」
左腹のサザンカを優しく撫でる俺を見て、吐き捨てるようにタキビが言った。奴は未だに俺がサザンカを迎え入れたことを認めない。性根が幼稚なままなのだ。姉離れができていない。
「わざわざ私が姉さんを奪い返さなくたって、あんたは年々弱くなっている。それなのに敵は増えるばかりじゃない。ヒパティとかいう女米木の社員に負けたんだって? 姉さんが聞いたら泣くんじゃない?」
「サザンカなら笑い転げていた」
「あっそう。私が言いたいのは〈死なずのネクロ〉の看板が倒れるのはもうすぐだってこと」
「俺は女たちを迎え入れてから死んでいないだけで、1度も死んだことがないわけじゃない」
「はっ、私と同じ起き上がりだったのね。反吐が出る。しょうもない」
つくづく口の悪い女だ。しかも間違っている。まあ、それはいい。
「誰から俺が筋肉野郎……ヒパティにやられたと聞いたんだ。いや、そもそも、俺をここまで運んできたのは誰だ」
タキビは壁面に埋まりきらず雪崩れのように部屋の隅に積もったラジオの山を顎をしゃくって示した。見覚えのないガタイのいい男が、俺に向けて気さくに手を上げていた。誰だ? 答えはそのしゃがれ声を聞いてすぐに思い出した。
『やあ、ネクロ』
「屁コキ野郎!」
反射的にタマムシとアイサの脊椎を接続して長物を作り、右腕で振り抜いた。射線上にいたタキビごと胸部をなぎはらう。関節部で両断された2人の腕とバストアップが息を合わせたようにぼとぼと地面に落ちる。
「ちょっと!」
「向こうで繋げてろ」
怒るタキビを蹴りころがし、屁コキ野郎の胸から上を拾い上げる。切断面から玉袋のようにぶら下がった心臓を握りしめ、モーニングスターの要領で二度三度、床に叩きつけた。腹立たしいことに奴の声は声帯から出ているわけではないらしく、『おいおい勘弁してくれ』『助けてやったのにひどいなネクロ』などと、平然とした調子でしゃがれ声を響かせている。
「てめぇやっぱり起き上がりなんじゃねえか。あの時、死んだふりしてやがったな」
『凄いだろう。蘇生を意識的に止める芸当ができる奴はそうはいない』
「なんのつもりだ」
「あんたを手伝いたいんだって」
応えたのはタキビだった。上半身だけで床をのたくり、右腕をくっつけている。
「嘘をつけ。筋肉野郎の仇を討ちにきたか。奴は腕から全身を裏返してやったからな。内臓をすずなりぶら下げた、ずいぶんバカみたいな見た目になったぜ」
「あんた、ヒパティに負けたんじゃなかったの?」
「タキビよ、俺があんな力だけが取り柄の出来損ないの寄せ集めに負けるわけないだろうが。愛する女たちがついているんだ」
「でも、誰かには負けたんでしょ?」
言葉に詰まる。筋肉野郎を屠った直後、奴の陰から斬撃が飛んできた。切り落とされたのが頭部の前半分だったのは幸運だ。普通ならば1度死ぬが、俺は愛の力で死なない。ただそれが後ろ半分だったら、愛するボタンが俺から切り離されていたことになる。別に多少離れたところで問題はないが……しかしそれは……女との破局の予感は……俺にとって、耐え難い。
『カットだ。全身爪人間。ネクロ、お前が室長をつけねらい始めた頃にうちにやってきた新入りだ。新入りだが、強すぎた。あっという間に室長の右腕になってしまった。起き上がりだとは思うが、もしかすると特注品の黄泉帰りかもしれない。どこの部屋の成果かは知らない』
屁コキ野郎はべらべらと味方の情報を喋った。いぶかしむ俺の表情を見て、それ、と自身の臓物といっしょに散らばったガラクタを指さす。酒のボトル。傷熊のガチャガチャ。携帯ゲーム。あの時と違い、社員証だけがない。
『待機時間のサボりがバレてクビになってしまったんだ。ヒパティは嘘がつけない。痰汁と一緒に散らばった俺の残骸と共に、暇つぶしの道具も床から剥してラボに持って帰ってしまった。悪い奴ではないのだが。50年うまく隠れてやってきたのに、お前のせいだぞネクロ』
「てめぇ、ひょっとしてバカなのか?」
『ははは、この街の連中は誰もがこんなものだ。何をしてもどうせ死にやしない。死んだところであっという間に起き上がる。肉体を盗られても何かに憑いて黄泉帰る。人を辞めても化け戻るだけだ』
屁コキ野郎は笑いを顔に貼りつけて、しゃがれ声で話した。
『苦痛も執着も何百年も前に忘れてしまった。だから、みんな不真面目なんだ。適当で雑でいいかげんなんだ。失敗したとしてもチャンスは幾らだってある。諦める必要がない。いつまでだって先延ばしにできる。お前だけだネクロ。お前だけが必死なんだ。俺はお前が羨ましい。どうしてそんなに必死になれる?』
愛が理由に決まっているが、このアホに答えを教えてやる必要はない。べらべらべらべらとくだらねえことを喋りやがって。喉を引き裂いてやろうか。引き裂いてやろう。引き裂いた。
『おいおい、ひどいなネクロ』
「お前、どこで喋ってるんだよ」
『口にするのは少しはばかられるな。出力位置は胸のスピーカーだが』
視線は自分の下半身に向いている。訊くんじゃなかった。マジで屁コキ野郎だったのか。
『いいかげんなのは女米木生研も同じだ。貸与品のジェット・ガスもとられなかったし、機密情報の漏えいもまるで気にする素振りはなかった。罠だと思うだろ? 恐ろしいことにそうじゃない。だから俺はネクロに教えてやることができる。室長がお前を裏切って何をやろうとしているのか。そして、お前がどこに行けば室長に会えるのか』
「なんだと」
降ってわいた手がかりは、俺の体温を著しく上昇させた。俺の愛と女たちの嫉妬により、血液が沸騰している。その前では全てが優先しない。
「どこだ」
屁コキ野郎への警戒も忘れ、俺は一も二もなく食いついた。
「教えろ。グンジはどこいる。早く会いたいんだ。奴は俺を裏切った」
『臓腐市臓腐区肉肥田町2の2の2。肉肥田電波塔の屋上に室長はいる。もちろんカットもな。彼女の目的は』
目的はどうでもいい。屁コキ野郎を床に放り出し、下半身の接続を終えたタキビの後頭部を踏みつぶして、俺は電波塔めがけ駆けだした。待ってろグンジ。今すぐにお前を殺して愛して迎え入れてやる。