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初めて口にするものが目の前にあらわれた時、まずは匂いを嗅ぐ癖が僕にはあった。母親や友達に指摘されても、それはもう反射神経のようなものだから自分ではどうしようもなかった。

出会った頃からサトミにもちょっとした癖があった。
それは何でも半分にするというものだった。
家だろうと、ちょっといい感じのレストランの食事だろうと、どこでも食べる前にまず匂いを嗅いでしまう僕の癖に比べたらサトミのそれは誰かに不快に思われることはなかった。
小さなパンでも苺でも、一口サイズのウィンナーや一房のブロッコリーと、とにかく半分にしてから食べるのだから、それは寧ろ僕の癖に比べたら真逆の品の良さに見える。
フォークの先でそっと押さえた一粒の豆の丸みの上を、うっかり滑ることもなく静かにナイフを押して引く。切られたことに気付かない豆はほんの一瞬無口になってから、コロンと右へ転がった。その切り口に納得したようにフォークに刺さった豆の左側を口に運ぶ。

モーニングサービスで付いてきたゆで卵の殻を剥いてから、僕は匂いを嗅いで口へと運んでかぶりつき、サトミはパン皿の上にあったバターナイフで真ん中を器用に切り、ゆっくりと味わう。

初めて部屋へ行った時、やっぱりサトミの癖はちょっと変わっていた。読書家のサトミの部屋にはたくさんの本が並んでいた。そのうちの一冊を何気なく手に取ると、その本は半分に切れていた。
半分に切れた花瓶の真ん中で、半分に切れた薔薇の花が横たわっていた。
半分に切ったティーパックの紅茶の葉をボール型のティーストレーナーに入れ直してサトミはお湯を注いだ。流石にカップは半分にはされていなかた。
さっき買ってきたスノーボールクッキーはやっぱり半分にしてから口へ。
可愛い犬の柄のクッションは半分にされていた。
「何でも半分なんだね」
急に思い付いたように右手にパン切りナイフを持ち、玄関へ行ったサトミは左手に僕の靴を持っていた。
「え?なんで?」
パン切りナイフを持ったままの右手の人差し指を立てて口に当て、静かにくちびるを動かした。
「大掃除?」
ゆっくり首を横に振りながらサトミはもう一度、
「トウ チョウ キ」
と、微かに空気がもれる音だけを吐き出した。
「え?それは僕がついさっきまで履いていてここで脱いだんだよ」
ドア、布団、ベッド、電話、洗濯機、冷蔵庫…サトミの部屋は全てが半分にされていた。サトミはきっと疲れていた。

「サトミ…大丈夫だよ、もう。ゆっくりおやすみ」
サトミが眠りにつくのを見守って、僕も眠った。

「痛っ…」
僕はおでこから鼻先に痛みを感じて目を覚ました。

サトミにはちょっと変わった癖があった。
部屋にあるものは何でも半分になっていた。



〜ちょっとおいしいトーストずかん〜

【黒豆クリームチーズ】
食パン科/チーズ属
採集日 2022.7.20

=材料=
食パン
クリームチーズ
黒豆(煮豆)

=作り方=
食パンをトーストし、クリームチーズをぬって黒豆をのせます。


クリームチーズの酸味が煮豆の甘さをさわやかに包み込みます。

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