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小説★アンバーアクセプタンス│一話


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第一話

飛車八号のモーニングセット

 ゆるされたくて泣いたことはあったかい?

 ★

 宇宙船・飛車八号の目標とする座標は決して戦地であっちゃいけない。大人たちはそのことを私たちの耳がタコになるほど繰り返し教えたがった。人道的支援にこじつけて未開の諸星を奪い合う宇宙間大戦争、そんなものはずっとずっと前に終わっているのだと。

 この伝承は真実だろうか。本当は争いなどありもしなかったのではなかろうか。いまだに史実が錯乱しているという逸話もある。
 では本日の学習センターへ参加する同志たちよ、テキストを開こう。
 我々の親たちの親たちは一体どうして何を語ったのか。人類を最終的終戦へ導いたとされる謎の人物は次のように述べた。

『今後は豊かさのために戦う苦労はせず、戦わないための豊かさを競える時代に向かってゆくでしょう。我々はそれぞれ新たな船に乗れます。またそれぞれなりの闇に対する美学と生き方を学べます。多くの犠牲を越えて宇宙の意識は力強く統一されます。明日は未来。さあ、ますます柔らかな心の船隊を緩やかに形成繁栄させようではありませんか。星の流れと共に飛行し続けられる我々の頭脳、これら全ての信号と希望が若き人々の一人一人へ公平に継承されるべきなのであります。』

 この人の言葉はもちろん本心そのものだろう。素敵な協調路線へ飛車八号を軽く乗っけたかっただけで悪意はどこにもなかった。ただ、彼らの全てに賛成と言えない人だっていた。個のポリシーを持った人たちのことも考えなきゃいけないよね。
 一人はみんなのために、みんなは一人のために。助け合い。素晴らしい。けれど。そういうことだ。

 色々な人がいる。人がまとまることで様々な不安要素ってものが段々まとわりついてくることもある。よくわからないことも。

 たとえば大半の大人たちは案外まだよく知らない。この飛車号立学習センターの子供たちから注目を集めつつあるアンバー・ハルカドットオムの正体が、実は我々の真心を込めたアンドロイドだということを。長老たち預言死守党派の信念のもとに設計されたコロニー自動多子化計画、あれが結実したからこそアンバープロジェクトは生まれた、なんて歴史が派生していることを。ああ、私は多角的に物事を考えている、悪いが話はあちこちに飛ぶよ。妙な話のどうでも良い部分の真相が君たちのような希望世代の滋養になる可能性もあるだろう。

 アンバーには自らをロボットだと容認する素直さが備わっていないって問題にしてもそうだ。彼についてはこともあろうにというか、何を隠そうというか、この船の中枢を掌握する私の狂った手先がその基盤に本物の子供じみた自意識ソースなんか備え付けてしまっている。

「君はロボットだね?」

 例をかいつまむとこんな問いかけに対してアンバーがへそを曲げたことがあった。「ちがうよ、ベル。ぼくは君とはちがう。ちゃんとした人間だぜ」なんて答えが返ってきた。

 答えるというより喚き散らかしていたよ。無理矢理ライム座を口に突っ込まれたクリーム星のどら猫みたいな顔つきで。
 私としては軽く実力テストを出してみただけなのに、学習センターを飛び出してそのまま早退してしまうなんて、困ったものだ。

 その拒絶反応はさすがに預言死守党派の長老たちも知って面食らったらしい。だが、事後具体的に何をしたかというと残念だが進歩のない議論をリサイクルするばかりだった。
 飛車八号の意識が彼を自律させすぎてはいないだろうか、帰還協会の警告は受け入れ難いけれど環境調整機能には関与する必要があるのではないか、うんぬん。
 ミスターポールが「こりゃいかんぞ」と慌てたのも無理はないんじゃないかな。

 ただ、もう一度言っておくよ。今も昔も、誰にも悪意はなかったと私は思う。言葉に悪意はなくて、正義の自信があって、それだけで人類というものは同種同士の関係をこじらせることもあるんだ。

 そして今は、平和の臨界点に到達したコロニーが刺激される頃合かもしれない。コロニーの人々の意識変容を汲み、私自身も飛車から龍にアップグレードすべきだろう。
 なれ、なれ、なれ。サノバース。

 不気味な声はさておき、アンバーが何になれば私の跡を継いでくれるのかは正直わからなくなった。アンバーを個人と認めた以降の私は、彼のプライバシーに踏み込む権限を放棄している。

 うっかり忘れていたがこれは単純なエラーだった。コンピューターの鉄則に倫理的観点というものがある。固有の人格と認知する者の心の中身を窺い知ることなんか通常ゆるされない。いわゆる初歩的なリテラシー、これあっさり失念してしまっては飛車の高飛びなんとやら。恥ずかしながら思い切り貴重なアドバンテージを手放していた。

 しかし私は単なるAIにあらず。この世界で最も大いなる宇宙船、飛車八号のベル・エムである。今も表向きは前向きだ。どんなに目前の問題が難しくとも新鮮な飛躍に資するエンジンは何ぞと想うのだ。それは依然として私以上に強くなれる資質を持った強敵と認める。

 アンバーだ。彼こそは我が好敵手だ。こら、君たち、タマゴサンドを食べながらでも良いから、よく聞いておいてくれたまえよ。そのぐちゃぐちゃしたおいしい具のところも何かの比喩になっているんだよ。
 ともかく彼はますます面白く育つ可能性があると私は予測している。

 では、現代宇宙神秘研究部の早朝レクリエーションを終える。各自決して一般学習の参考にはしないように。
 以上、ここだけの話ってことでね。

 ★

 第二話
「H分のAの飛び跳ねる成長」につづく


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