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算数のプリントに飛ぶ青い鳥

うちの2番目の子、ニンタは知的障害がある。でも7歳という年齢もあって、ぱっと見にはまだよくわからない。

そして先生方の懸命な指導によって、ひらがなは読み書きできるようになり、最近はお絵描きも顔、体、手足と、パーツを正しく描くことができるようになった。(髪の毛はまだ苦手)。

更には、負けん気の強さも良い方向に出てきて、道徳のような授業では、手を挙げて発言するようになった。ちょうど授業参観がそういった授業で、先生は「ニンタさんが発言する姿を見せられて良かった」と言い、私もニンタが安心して学校で過ごせているんだなと思い、一安心だった。

しかし、まだどうにもならない事がある。それは算数だ。なんだかシッカリしたような意見を言うようになったものの、ニンタは算数がどうにも苦手らしい。

数を数えることはできるのだが、足し算、引き算となると、なかなか理解が進まない。

それでも一応やっている。宿題の足し算はこんな感じ。

1+1=2
3+2=5
2+1=3
6+2=8

毎回、ブロックを用意したり、自分の指を1から数えて答えを書く。

それでは、と次の宿題は

2+1=3
6+1=7
3+1=4
5+1=6

と、ひたすら1を足すプリントが毎日続いた。

ニンタは変わらずどれも1から数えて答えを書いている。「でも、これをしばらくやっていれば、さすがに面倒になって、『5の次は6だから、6!』と、数えずに足し算が出来るようになる、ということなのかな!?ははあ、なるほど…」。と私は思い、あまり口出しせずに見守っていた。

しかし、ニンタは1から数えることやめない。ある日を境に、宿題のプリントからは足し算が消え、数の概念を理解するための、魚を数えたりするプリントへと後戻りした。

私は勝手に「先生も諦めたか…」としみじみと申し訳ないような残念なような気がしたのだった。

プリントが後戻りしたことについて、先生に面談で話すと「いやいや、そういう事ではないんですよ。いろんなアプローチをしたいだけなので」。と、改めて説明があった。

「ニンタさんは、1から数えた方が安心だから1から数えているだけであって、数がわからないわけではないと思います。確かに、4の次は5、とすぐに出てくるまで理解が進んでいないかもしれませんが、数えられるということは算数の基本が出来ているということなので、あまり悲観的にならないでください」

というような説明があった。

なるほど、ねえー…。

ニンタのグルコーストランスポーター1欠損症という病気は、脳の栄養不足を起こす病気なので、知的障害は起きやすい。

もし同じ病気でまだ小さいお子さんを持つ人が読んでいたら、「ああ、やっぱり無理なのか」とがっかりさせてしまうんじゃないかと心配だ。

私も数少ない同じ病気の人のブログを探し回り、この先どんな症状が出るのか、発達はどうなるのか、知りたくて仕方がなかった。

しかし、こればかりは千差万別で、知的に問題がない人も居れば、苦手な事が多い人も居る。運動面でも日常生活に支障が出る人、疲れやすいだけの人、いろいろだ。

なので、あくまでもニンタの場合は、という事で読んで欲しいな、と思う。

ニンタはまんべんなくいろんな事が苦手だったが、小学生になってからは、数字の理解度の部分がボコンと凹んで見えるようになった。素人目線ではあるが。

今後どうなっていくかわからないけれど、数字が苦手だと、大きくなって自分で買い物が出来るかな?…という不安がある。

これからは電子マネーが主流になるだろう。そうすれば、出すお金がわからない、お釣りが正しいかわからない、なんて事はなくなりそうだけれど、計算が出来ないと、じゃんじゃん買っていくら使ったかわからない、という事は大いに考えられる。

そうすると、やはり買い物は一人で出来ないのか。ネットショッピングも危険か。

ニンタの自立を今後どうしていくのか、まだ何もわからない私としては、そこが少し残念に思う。

難しい仕事は出来ないにしても、自分で身の回りの事が出来れば、その分自由も増えるのに…。

さてさて、どうなるか。

何度もここで書いているけれど、もし出来ない事があれば、それは周りに助けてもらえば良いことだと思う。

お金の管理は、ニンタが幼いうちは私が、ニンタが成人したり私が亡き後は、きちんと福祉制度を利用すれば良いと思っていて、出来ない事が多ければ人の力を借りることが多くなるまでの事だ。

だから、せめてここまで出来なければ!というラインは全くなくて、助けてもらう割合が変わるのだな、と思っている。

だから、焦りのようなものはなくて(いやいや、ちゃんと焦って親が諦めなければ、もっと伸びるかもしれないのに!…と思わなくもないけれど)、もうなるようにしかならない、という事がこの世にはある気がする。

そういうニンタが家に居ると、人生観も否が応にも変わってきて、障害のあるなしに関わらず、「人としてここまで出来なければ」というラインなんてないんだよな、という考えに至る。

+1の計算がすぐに出来なくても、1から数えれば出来るし、なんなら数を数えられなくったって。

そして我が身を翻ってみれば、私が親として当然やるべきと思っている事だって、どうなんだろう。

それは自分のちっぽけな経験を元にしたり、世間の顔色を伺ったりして、私が勝手に決めたことであって。絶対なんてものはない。

能力が低い親なら、低いなりに。

私は、私と家族の人生を、自分の器の大きさに合わせて楽しめばいいんだと思えてくる。

人並みとか常識とか外聞とか、私が長年囚われていたそういう事を、ニンタがどんどんぶっ壊していく。

「ニンタは必ず幸せな人生を過ごす」。そう信じていると、自分の幸せの青い鳥も、本当にすぐそこに居る気がしてきて、これはこれで、なんだか面白い。



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