見出し画像

善く戦いに勝つ者は争わず

◆ベストセラー「応仁の乱」著者が日文研を提訴 SNS不適切発言で「准教授取り消し」巡り | 京都新聞 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/667180

 この件ですが、処分の軽重についてはわかりません。

 こうした記事にせよ、ネット論争にせよ。北村紗衣先生への暴言のみを切り取り、「フェミガー」と盛り上がっているようですけれども。
 日文研は、処分に至った理由の全容を公開していないとみた。
 その全容を法のもとに晒したうえで、裁断を願ったという手続きなのでしょうが、その全容不明なこちらとしては如何とも判断のしようがない。
 わかることといえば、呉座氏側が、その処分理由の全容を明かしても良いと判断したということ。これも、彼自身が正確にずべてを把握しているという前提であればのことですが。

 日文研がそもそもの理由を明かしていない以上、判断できません。SNSの失言からの処分はまだ概念としては日が浅い。この顛末が注目を集めることだけは確かでしょうが、それ以上は何ともいえません。

 これについては、こうなりますかね。

善く士たる者は武(たけだけ)しからず。善く戦ふ者は怒らず。善く戦いに勝つ者は争わず。

 戦うという選択肢が正しいのかどうか、このあと、歴史が証明するのでしょう。その裁断を待つほかありません。

今回は労働問題の裁判

 そもそもいつまでも北村氏周辺を持ち出すことがおかしい。あれはただの発端です。不適切な発言であったことは呉座氏側も認めていることであり、要は処分の重さについて裁判を起こしたというだけです。
 呉座氏が勝とうと、彼の問題発言や、下がった評判が回復するわけではない。
 テニュアトラック制度には不合理な点はある。その是正に貢献したのであれば、それは彼の名誉となるでしょう。ただ、名誉は不名誉を相殺するものでもないのです。

オープンレター賛同者として申すべきこと

 私もオープンレターに賛同した一人です。
 今頃あれに賛同したものは公開しているだろう……悔悟の声を聞きたい! そんな意見もあるようですが、私の場合それは別問題であるとしかいいようがありません。
 フランス革命のとき、ルイ16世の死刑が適正かどうか? そんな投票がありましてね。なんと一票差で死刑となったため、死刑に投票した側は心を痛めたそうですが。

 今回のオープンレターは、そういう類のものじゃありません。

 むしろ、界隈だのなんだの呼ばれ、呉座氏を祭り上げ、持ちあげ、道を踏み誤らせた。そういう『三国志』に出てくる宦官一派(濁流)と反宦官派(清流)の争いみたいなもんじゃないかな?

 あのオープンレターって、
「宦官に帝を操らせるな! 判断を誤らせるな! 清流派はそう主張したい!」
 という類の話ですよね。

 それを、オープンレターを過剰に責める側は、

「奴らは宮中に乱入し! 陛下を害そうとしたであろう!」

 って、騒いでいるようなものでは?

 そんなもん、清流派からすれば、

「いや……お前ら濁流の連中が陛下にヘイト集まるようにしてきたわけだよな。なんかちがくね?」

 となる。そういうことだよ!

 ここまで書いてきて気づいたのですが、私は董卓前夜の曹操と同じスタンスですね。曹操は宦官をどうにかするためにも、全滅させると息巻く袁紹にこう言ったんです。

「まァ、あいつらそりゃウザいけどよ。導いている奴をどうこうすればいいわけで、大袈裟にことをおこして全部始末する必要ねえだろ」
「は? 宦官に甘いの、お前が宦官の孫だからだよな」
「ちがうってば」

 結局これは曹操が正しくて、宦官倒すために暴れた結果、レッツゴー乱世になるんですけど。いやいやいや、ちがう! 『三国志』の話をしたいわけじゃないんだ!

 戻しまして。
 で、オープンレターの賛同者が多い! いじめだ! とふきあがってますけど。
 こういう的外れな難癖って、いう側の言動を反射している場合もあるんですよね。自分が数を頼みにいじめてきたから、敵にそうされたらまずい。そういう無意識が反映されているだけなんじゃないですか?

 今後これが通じるようになったら、俺ももう、楽しく女叩きできなくなっちゃうヨォ! 

 案外本音はこんなところでは? ま、エビデンスないですけどね。私の推察ですけどね。エビデンスとして、誰かの過去の論争をほじくり返したって、誰も楽しくならないでしょ?

 あとこれだ。

 意識高いとか。リベサヨとか。パヨクとか。散々コケにしてバカにして、自己責任と嘲笑ってきたけど。年をとり、少しは世の中のために何かしたくなったとか? 追い詰められた誰かを救うことで、正義感というものを味わってみたいとか? そういう欲求を満たし、憎たらしいフェミニストどもを偽善者呼ばわりできるのであれば、呉座氏という神輿はまさしく一挙両得ですもんね。

 そもそもとして。左翼、リベラル、フェミどもは“お優しい”という思い込みもありませんか? 日頃“やさしい♪”を売りにしているんだったら、さぞや今回の件には胸を痛め、シクシク泣きたいくらいなんじゃないか……そういう前提も感じるんですよね。世の中が、そんな慈悲深い人ばかりであれば結構なことですが。

 で、オープンレターにまで放火するあなたは、勝算があってそうしているのですよね?
 あれだけの賛同者の質と量の弱点まで知り尽くし、戦って勝利できるとふまえての挑発ですよね?
 それこそ「善く戦いに勝つ者は争わず」じゃないですか。たとえ勝ったとしても、無傷で通過できるとは思いませんけど。それでも、戦うつもりなのでしょうか? よい手とは正直思いませんけどね。どうしてそんなに戦うことが好きなんですか? 泰平を好む私には理解ができない価値観です。

 ともあれ、オープンレターを周辺とした闘争にいえることは、呉座氏の裁判にプラスにはならないということ。所詮場外乱闘です。そういうことに手間暇かける価値があるのかどうか? 私ごときにはサッパリわからん話です。賢くなれば理解できるのかな。


 


 


よろしければご支援よろしくお願いします。ライターとして、あなたの力が必要です!