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『ゴールデンカムイ』30巻

 はじめに私事から。
 最終回以降、ファンダムの差別意識が表面化したことや、『ゴールデンカムイ』展がらみの不信感ゆえに作品を楽しむ気持ちすら薄れていました。単行本発売のワクワク感もないまま、届いた31巻ですが、加筆をふくめて感想などを書きます。

鯉登父子の心情加筆、嘘を見抜く鯉登

 今回は鯉登関連の加筆が目立ちました。いや、鯉登の加筆は多い方だと思います。彼は言動が独特かつ感情表現が特殊です。ゆえに加筆が目立つと思えるのです。
 父を巻き込んだこと。鶴見への不信感。それが炸裂し、向き合うことで決別に至る。鯉登はああも鶴見に心酔しながら、いずれ袂を分かつ伏線はあった。けれどもそれがちょっと消化不良気味ではあったので、そこの掘り下げは期待したいところです。

 鯉登はアホだと思われがちですが、推理力が実は高い。鶴見の思惑や権利書をめぐる騙し合いも見抜きつつ、常に最善の選択をしているように思えます。フェイク権利書にひっかかって堀に飛び込んだものの、あれは泥沼と化した永倉との対決を回避したように思えなくもありません。

 しかし、これが今後のことを思うと悲劇的なことに思える。こういう性格だと、大日本帝国の「五族共和」なんてちゃんちゃらおかしい嘘だとわかる。宮城遥拝なんて耐えられたのかどうか。日ソ中立条約なんてものを律儀にソ連が守り、樺太にソ連が攻めてこないなんてありえるのかどうか? そしてそうなったら防ぐ術はない。そんな破綻を第七師団長として見届けるのであれば、彼は極めて不幸です。

素直で嘘を見抜けない尾形

 鯉登と尾形は対になっていると思える。そしてそれゆえに尾形は素直だと思えました。尾形を素直と呼んだら首を傾げる方が多いでしょう。しかし、彼って“普通”だと私は思う。ヴァシリとの騙し合いでも結果的に相手を死んだと思い込んでいますし。彼は素直だからこそ、世間や鶴見の流し込む毒を吸い取ってああなったんでしょうね。
 生まれついた性質はそこまで悪くないだろうに。

新選組の意地

 この作品は土方と永倉が出てくるわけです。最終盤を読んでいて、この人らは政治的な才覚はあんまり豊かではないのではないかと思えてきたり。計画が割と当てずっぽう(これは彼らだけでもないけど)。これは史実もそうで、新選組で政治的なのって近藤勇あたりであって、永倉はむしろ政治に鈍感。松前藩から家老・松前崇広も出たこともあり、近藤としてはそのへんを期待したフシがあるのですが、どうにもうまくいかなかったらしい。二十歳そこそこのスポーツマンだから、そこは仕方ないでしょうね。

 爽やかニシパがアイヌに恩義を返したいのはいい。けど、アイヌのために何かするビジョンはよい意味でも、悪い意味でもない。
 でも幕末の意地の張り合いとなるとスイッチが入るので、薩摩隼人が出てくるとハッスルする。永倉と鯉登の対決は加筆でバッチリよくなりましたね。

 新選組でもトリッキーな戦術の土方と異なり、永倉はナンバーワンの正統派。体力が落ちているとはいえ、鍛錬を続けていただけに強い。ガムシンの見せ場があってよかった。

さらばソフィア

 永倉とソフィアが単行本表紙にならなかったことは残念です。見栄えの問題かな。
 部下の名前を呼び戦う。かつては子供を犠牲にしたくなくて戸惑ってしまった。そんな高潔で優しい姿が見えて感無量でした。加筆されてほんとうによかった。素晴らしい革命戦士でした。

明治の女系排除

 キラウシがアイヌの権利書を見て、希望を得た顔になったアップもよかった。アイヌが女系を大切にすることを、ウイルクが土方に語るところも印象的でした。

 これも明治時代を考えると重要。というのも、女性天皇と女系を徹底的に排除したのが明治政府です。

 一夫一妻制、庶子に継承権がない欧州の王室は、男系と男子だけに限るとすぐに断絶に至ること。そのことを当事者たちは把握していました。フランスは例外的。百年戦争のような、婚姻関係を結んだイギリスからの介入を避けるために「サリカ法典」で女系を排除しています。
 西欧王室は力技での継承も多い。スウェーデンなんてフランスの平民・ベルナドットを王太子に据え、ベルナドッテ朝が始まっています。日本の皇室自慢をすることは、西欧の王室からすれば大変失礼なこともありまして。
 そのへんを踏まえてのことか、男系ゴリ押しの立役者である井上毅はプロイセン人から突っ込まれていました。
「女性君主は資質がないって? ヴィクトリア女王がいるのに?」
 しかし明治政府は気にしなかった。明治政府は嫌だったのでしょう。コワモテのイギリス外交官が、女王にはへいこらしている様子が。マッチョで短絡的、大学生くらいのにいちゃんがウェイウェイしながら成し遂げた明治維新ですので、それこそ連中の脳内にある女なんてヤるだけ、子を産み、家庭を守るだけの存在でした(言い過ぎ? 伊藤博文なんてそうで、当時から散々突っ込まれてますが)。京都の朝廷に残っていた女官制度を廃止し、「イッキに女どもが口を挟む契機を奪ったぜ!」といばり腐ったりもしている。
 薩摩連中は、天璋院篤姫あたりに色々突っ込まれたことも腹立っていたんですかね。

 口が悪くて申し訳ないけれども、明治維新は女性の権利を徹底排除するものでした。
 いや、フェミニストはいましたよ。言うまでもなく、お札の顔になる津田梅子はがんばりましたよね。でも思い出してくださいよ。津田塾は私立でしょう。国公立では女子教育なんてマトモにやらない、やったとしても良妻賢母教育にとどまったわけだ。

互いに協力して未来を

 ここにきて、ウイルクが女性が語り継ぐことを持ち出したことで、アシㇼパがヒロインである意味がわかったかもしれない。

 和人の男である杉元。
 アイヌの女であるアシㇼパ。

 ちがうもの同士が手を携えて、協力することで未来が見えてくる。そういう着地点であれば、両者の協力で未来があるというメッセージは適切かと思えてきたのですが。

 それにしてはちょっと描写が足りなかったかな? でも31巻で巻き返したと思えてきます。

 加筆で仕上げることには賛否があるけれど、またもわからなくなってきましたね。

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『ゴールデンカムイ』アニメ、本誌、単行本感想をまとめました。無料分が長いので投げ銭感覚でどうぞ。武将ジャパンに掲載していました。歴史ネタでより楽しめることをめざします。

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