『おちょやん』111 道頓堀に戻ってきて欲しい

 昭和27年(1952年)2月――竹井千代はラジオドラマ『お父さんはお人好し』の肝っ玉母ちゃん役で大人気に。国民のお母ちゃんになりました。

熊田の鶴亀40年、最後の仕事

 そして家庭では、姪・春子を実子とします。お母ちゃんとなった千代の人生、いよいよ最終週です。
 一方、スランプを乗り越えたのか、三周記念の演目として『初代桂春団治』を書き上げた一平です。
 そんなとき、千代が帰宅すると、春子を預かっていたご近所さんが来客やと告げます。熊田でした。
 熊田はできる男ですので、栗最中と粟おこしを持参しています。「栗最中! 粟おこし!」と復唱する春子がかわいい。それに大阪名物出してきよったな。当時はまだ551豚まんの時代には早い。それでいて食糧事情もまだそんなに改善していないので、春子も喜ぶのです。
 お菓子にはしゃぐ春子を避けて大人の話をする千代。とはいえ、開けっ放しの隣の部屋で春子はお勉強してます。プライバシー概念が希薄な時代やねん。『なつぞら』は北海道の牧場で、まだしも住宅が広かったけどな。それでも千代や寛治の幼少期よりはちょっと進歩してます。

 熊田はお母ちゃんとしてのうれしい苦労を語る千代の話を聞いている。ここで、一平もちゃんとお父ちゃんをしていると言います。そ、それを言うんか!
 千代の顔は笑っているようで、すっとどこか冷たいもんがあるっちゅうか。
 ここで熊田は改めて頭を下げる。
「出てくれへんやろか、道頓堀の舞台に……」
 千代は唖然とします。熊田はみたい。竹井千代は道頓堀の舞台女優やと、みんなに知ってもらいたいと無邪気な顔で言います。うーん、社長はちょっと腹芸を使う感があったけれども、熊田は一本気でしたわな。熊田は鶴亀生活40年の締めくくりとして、千代に頼んできます。この義理人情の世界な。恩人にこんなこと言われたら心は動く。
 そして熊田は台本『初代桂春団治』を持ち出します。

初代桂春団治の破天荒人生

 さてこの桂春団治。上方芸能の名物であり、この人を持ち出して「せやけど大阪はこういう人が好きで」と言われたら、劇中の一平のやらかしが緩和される。そういう象徴ですわ。鶴亀モデルの松竹の宝みたいなもんでもあると。上方落語は吉本興行が潰したなんてことも言われますが、松竹は守る側ですな。ここで初代桂春団治を持ち出すことで、松竹リスペクトも最終局面に突入しました。
 えらい。本作はえらい。上方芸能人のどうしようもなさを隠そうとしていない。
 ここでその舞台が出てきます。新喜劇のみんなが元気に舞台にいるところを見るだけでグッとくる。もう最終週か。寂しなるわ。
 さて、この春団治はカス。
 あだ名が「後家殺し」という時点でもうあかん。妻子を泣かして当然やて。タイトルロールを一平が演じていて、クズ男を演じさせたらこいつという雰囲気が出てくると。
 それにしても、何もかもが安っぽいちゅうか。メイクも、小道具も、セットも。ワハハと笑う観客席の声も。いや、それがええと思います。何もかも高級感があるものでなくて、こういう庶民らしいものこそ、地に足がついた芸能そのものなんやないかと思えてきます。一周回って、無茶苦茶かっこいいと思う。
 不倫で子ができてしまう筋書きに、笑う観客。なんでしょ、これ……。思えば新喜劇はこういう不倫をネタにして笑いをとってきました。それが実際に起こると洒落にならんちゅうことを証明してしまったと。
 芸人の苦しさを語ると、その妻は人として生きる苦しさがわからんという。なんとも苦い舞台。そしてそれをみて笑う客。すごいことになってきた。
 芝居って、思ったよりもすごいもんかもしれない。
 これは連日大当たりだそうですけれども、こんな人生の切り売りせんとあかんのかっちゅう気分にはなりますわな。でも、向き合わんとあかんと寛治は言っていたわけだし。
 なんちゅう因果よ。

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2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

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