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『ジェレミー・クラークソン 農家になる』

 Amazonプライムが勧めてきたものの、タイトルとサムネイルの時点でバカにされているのかと思った。
 思えばクラークソンほど私のギルティープレジャーを刺激する男もいない。これを読むような人は知っているとしたうえで話を進めるけれども、奴は不愉快だ。イギリス人から「あんな人種差別主義者が好きなのか?」と言われたことがあるけれども、全くもってその通りだと反論もできない。
 でも、奴は実際のところ面白い。彼とルカ・トゥリンは批評のスタイルという面で参考にしたい人物の双璧だ。ジェームズ・メイの方が人間性としては好きだけれども。

 そんなクラークソンが田舎で農業をするだけの番組……案の定、見始めて数分後にはつまらない、もうやめようかとなりました。
 けれども、なんとなく見ているうちに、これは今まで見たAmazonプライムの中でも上位に入るような面白さではないかと気づいたのです。

ロンドンだけでイギリスは語れない

 ジェームズ・メイの日本探訪記では、かなり過疎化が進んだ田舎にも向かう。そりゃそうだな、東京だけでは日本わからないもんな。そう納得しました。でも、その偏見は自分にもあったのだと気付かされます。
 このドキュメンタリーは、コッツウォルズにジェレミーが農場を作る。その一年間! 終わり。すんごいど田舎だなk、景色が綺麗だな、うんうん……次の番組行こ。となりそうで、そうならないのだ! むしろこういう田舎こそ、イングランドではないのかと、いつの間にか思わされてしまう。広がる大地、大自然、小鳥の鳴き声。うーん、そうだ、これがイングランドだ!

 『トップ・ギア』から入った方ならそこは問題ないと思いますが、ジェレミーの舐め腐った態度がいちいちおもしろい(そして不愉快)というのはもちろんあります。で、その憎たらしいジェレミーが、農業で悪戦苦闘するのがおもしろくてね。雄大な自然、小うるさいイギリス人のおっさん。この組み合わせがなんだかしらんけど、味のあるものとして見えてくる。
 しかも、ジェレミーが雇った彼の息子年代の青年・ケイレブがこれまた傑作。美形というわけでもなく、普通の、しかし頭がよいおにいちゃんだ。こいつは遠慮も忖度もなしに、ジェレミーにダメ出しをする。それだけでも痛快です。
 まあ、ケイレブだけでなくて、日照りや羊も、ジェレミーをやり込めるんですけどね。

農業と人間の本質

 この番組を見ていると、現代人がいかに人間としての本質を忘れているか反省もさせられるのです。

 農業は無茶苦茶大変だ! 天候ひとつで左右される。地球規模の気候変動はイギリスにも影響を及ぼしているとわかります。
 羊を飼うこと。死産した赤ん坊の羊は結局生ゴミというか、尊厳のない始末になる。飼育に適していないため処分される羊に心を痛めるけれども、その肉はうまい……。
 役所がミネラルウォーターのことをいちいちうるさく言ってくるけど、まぁ、雑菌や糞便みたいなもんがあるなら仕方ないな!
 ワサビがビジネスチャンスだ。沢で育てよう! でも、ロンドンの高級店はすんなり買ってくれない。
 ワサビのところで、朝ドラの『おかえりモネ』の牡蠣を思い出しました。気仙沼でがんばって牡蠣を作り、東京のホテルに売る。都会が地方の努力を吸い上げる構造がそこにはあるのです。

 田舎の、地方の、苦難に耐えながら農業を営む人々のおかげで都市部も成立している。それなのに、そういうことを軽んじていないだろうか? そう改めて考えさせられます。
 人間って、イギリス人も日本人もそう変わらないのかも。そんな本質も考えてしまう。この番組を見ていてびっくりしたことは、日本とイギリスの農家が置かれた状況の共通点でしたね。特に直売所! センスや客の雰囲気まで似ているんじゃないかと思えてしまった。日本が意図的にヨーロッパに似せているところはあると思うけれども。ハーブの香りのする石鹸販売なんてセンスが似ている! そこはジェレミーなのでしょうもねえギャグ……「キン*マのにおい石鹸」みたいなのはかますけどさ。

 地方と田舎の差なんて、すごく象徴的だと思いました。
 田舎のコッツウォルズの面々は、全員白人だし、本作の出演者の名前だってケビン、ジェラルド、チャーリーにリサ。普通です。保守的っちゃそうですよね。ロンドンではインドやパキスタン料理店が羊肉をかい、日本料理店がワサビを買う。でも地方だと、そもそもそういう多様性すら意識できないのかも。そこまで考えてしまった。

 これはイギリスの番組でもある。嫌味ったらしくチクチクやりあうようで、あっけらかんと笑い合う。そんな人間関係は、英文学に描かれた人々の姿を連想とさせる。なんでジェレミーの番組を見ていて、オースティンのこと考えているんだか。
 その一方で、普遍的な、国境をこえた人間の本質すら考えさせる。
 おそろしいドキュメンタリーでした。番組のラストでジェレミーはロンドンに戻らず、農園を続けるという。そうあって欲しい。そう願ってしまった。これはおそろしい番組です。

 

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