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『おちょやん』88 戦争が奪うもの

 昭和20年(1945年)夏――大空襲のあと、6月に4回、7月に2回の空襲がありました。8月はまだこれから。

千代はどこへ行っているのか?

 一平はちゃぶ台で居眠りをしていたものの、警報を聞いて即座に立ち上がります。
 ここの一平。疲れ切ってもう居眠りしてしまう。気力は逃げることにしか取っておけないとわかる。空襲警報を聞いた途端、目にカッと光が入るのです。
 慌てて防空頭巾を被り逃げる天海一家。千代は外から戻ってきます。不気味な音を立てて、B29が夜空を飛んでいくのでした。

 翌朝、千代は一体夜どこへ行っていたのかという話を一平とみつえはします。みつえはすっかり大阪のおばちゃんらしくなって、千代かて女……そう密会を匂わせます。なんでやねん! 寛治を見送った寂しさに一平が向き合わなかっただのなんだのと。
「俺が悪いってか!」
 そう言い、一平は次の夜もそっと出ていく千代を追いかけます。そこにいたのは三毛猫のミーちゃんでした。『スカーレット』といい、NHK大阪は猫の使い方がうまいな。
 ミーちゃんを前に、『人生双六』のセリフをボソボソとつぶやく千代。松竹家庭劇、そして演劇そのものへの敬愛を感じます。劇中での『人生双六』の上演の5年後には戦争に突入していて……けれど昭和20年ともなると、次の5年後への希望を繋ぐセリフがいっそう輝いてきます。
 一平は猫を相手にボソボソ何しとるのかと問いかける。千代は怖い。人生を賭けてきた芝居と離れることが怖い。役者でいられなくなる気がする。お客さんを励ますだの喜ばすだのえらそうに言うてたけど、ほんまはただうちがやりたかっただけ。ずっと大好きな芝居をしとったらつらいことも乗り越えられるのだと。
 こんな時代です。
 このドラマはめぐりあわせを感じます。今こんな時代、芸能界だって大変だ。非常時に真っ先に切られる分野。そのことを考えたとき、先人が非常時にどう立ち向かったのか、そこを見直す必要はあるはずです。

福助の戦死公報

 千代と一平が家に戻ると、みつえと一福がじっと身動きせずにいます。千代はみつえに怒っているのかと声を掛けます。一平はちゃぶ台にある紙を手に取り読みます。それは戦死公報でした。みつえはきっと人違いという。あの臆病者が敵の弾に当たるはずないと。隠れて逃げ回ってどっかで生きているに決まっている。そう泣きながら言います。
 みつえよ……。
 確率的に見て、敵の弾で死んだとは思えないのがこれまたつらい。戦死者は昭和20年になってから格段に増える。しかも福助は三十路の老兵。その内訳は戦病死、餓死、自殺……戦闘行為に巻き込まれていない方がむしろ多い。映画『野火』を思い出してしまう。
 戦死するかしないか。それは臆病かどうかは関係ない。もはや確率です。
 『なつぞら』や『スカーレット』は復員兵が出てきましたが、彼らは幸運でした。常治なんて戦友を担いで命を救っているのですから、あれはたいした男ですよ。劇中ではいろいろやらかしてましたけどね。そら大野家は川原家に親切にするわ。
 戦死公報があっても生きていた例もありますが、ジャングルにこもっていたら、それはそれで大変です。時期的にシベリア抑留はないでしょうが。
 そうそう、『スカーレット』の草間は、夫が死んだものとして生きていた例だと思います。
 ここで一福は涙ひとつこぼさないどころか、お父ちゃんが御国のために死んだことを誇りに思うと言い出すのです。みつえはそんな我が子に泣きながら叫びます。お父ちゃんはもっとトランペットを吹きたかった、あんたと泣いたり笑ったりしたかったはずや! 見ているしかない一平、落ち着かせる千代。
 トランペットと家族の写真を残して、福助は戦死しました。

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2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

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