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『虎に翼』第44回 焼き鳥を包む新聞

 昭和21年(1946年)10月、直言が亡くなっても生活は続いで行きます。復員の情報がラジオで流れてくると、寅子は聞き入ってしまいます。
 そこに優三の名前はありません。

 そんな復員兵らしき男性がとぼとぼと闇市を歩いていると、浮浪児がその荷物をひったくりました。その復員兵は荷物を取り返すと、中にあったお守りの砂を払いました。それはあの寅子が優三に送ったものです。

 猪爪家では直明が他に仕事を探すと言い出します。
 若い男がいない日本です。引く手あまたではある。重田の知り合いにもあたってもらっているそうです。重田は善人だけど通俗道徳にどっぷり浸かっているので、この直明への職業斡旋を心底よいことだと感心しています。この世代の人々、特に男性は、世の中に尽くせるかどうか、そのことに縛られていましたから。
 直明は大黒柱になった自負を語っています。直明は痛々しいようで、これが当時は理想像でもあります。そもそも本来の大黒柱は直道だった。それが末っ子の自分にまわってきて、彼は人生が大きく狂いました。もとがそういうタイプならいい。でも寅子はわかっています。直明は本来、自分と似た学究肌だと。とことん追い詰めたいものがあるのだと。
 こういう大黒柱という重圧をふまえると、そこからアッケラカーのカーと飛び出していた『ちむどんどん』のにーにーは大したヤツだったんですよ。あれは暢子がかわって大黒柱になっていたようなところはあるけれど。
 寅子は納得できない。姉にとって弟はずっとかわいらしくて小さな子。寅子世代の女性が弟をずっと「ちゃん」付で呼んでいてちょっと気持ち悪かったことを思い出しました。脳裏には幼いころの愛くるしい顔が浮かんでくる。それが大黒柱って……。

大黒柱

 寅子は直明が思い描いていた将来を想像してしまいます。本が好きで優秀で、帝大を出て役人を目指していたのに。直明の同世代全ての人を労るような、戦争で人生設計が狂った全ての人に思いを寄せるような、素晴らしい場面です。
 そんな寅子のもとに、小笠原という復員兵が訪れてきます。
 小笠原は「佐田寅子さんのお宅」という情報をもとにやってきました。そしてあのお守りを渡します。彼は優三と戦友といえるほどでもない。復員を待つ間、収容所で隣のベッド同士でした。小笠原の病状が悪化すると、優三はお守りを握らせてくれた。絶対助かると言ってくれた。けれども小笠原は持ち直し、優三は無くなってしまった。小笠原はお守りのご利益を吸い取ってしまったのではないかとずっと申し訳なかったそうです。サバイバーズギルトですね。
 あとひといきだった。優三は、復員を待っているところで死んでしまった。
「ほんの短い間でしたが、とても優しい、いい男でした」
 そう語る小笠原。これは妻としての寅子も同じ思いでしょう。ほんの短い間の夫婦生活でした。

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