【書評】佐藤信弥『戦争の古代中国史』

 人はなぜ、戦争をするのか――それはいわば本能か? 
 こういうことを発掘し、調べていく研究が世界的にアツい! ナショナルジオグラフィック社等からたくさん出ております。『人類史マップ』との併読がお勧めかもしれない。
 というのも、どうしても西洋史視点からのものが充実しておりますので。本書はまさに私の需要を満たす一冊です。

腕をあげ、心を動かすテクニックがある

 はじめに僭越ながら申し上げます。
 佐藤氏は、本を出すごとに腕をあげている。序章が小説のような導入部なのですが、これがとても心を惹きつける入り方なのです。
 研究者としては「そんな作家みたいなのどうなのよ?」と疑念に思うかもしれない。でも、これが断然正解だと思います。ましてや新書です。となると、まずはとっかかりが大事です。心を攻めてから入る。これぞまさに兵法!
 
 そして華流ドラマ、懐かしの『東周英雄伝』といった、エンタメのことも織り交ぜるところが巧みです。こういうことをすっとできるのはよいことです。海外の研究者の一般向けの本は、ポップミュージック、コメディ、小説……わちゃわちゃと出してきたりする。なんでや脱線すんなや! そうなるかというと、アイスブレーク、話の枕扱いで嗜められないと。
 一例として『0ベース思考』。ヴァン・ヘイレンのM&M契約というネタが出てきます。なんで出てくんねん! まあ、手に取ってみてくださいな。心をぐっと掴むこと。一般人向けの新書なら必須です。そういうスキルがモリモリと育ってきて、これは推していけると思いました。
 
 そしてルビが増えていること。年表やまとめが章冒頭にあること。すごく入りやすい。親切仕様です。それに編集部も力量があるだろうし、わかりやすさを重視していると思えるのです。ともかく作りが万全だ!

 研究者の同業者というのは、結局のところ、将だと思います。でも、それだけでは勝てない。兵が集まらないといけない。兵を集めて呼びかける。そういう姿勢がある。テーマと方針が一致するってやはり気持ちがいいのです!
 読んでいてむちゃくちゃ楽しい。滾ります! やはり、読んでおもしろいかどうか、テンションがカーッとあがるか。ここが、入り口として大事です。

婦好と女兵士たち

 おもしろいと読んできてますますカーッとなったこと。それは婦好のこと!
 ヴァイキングの本でも、アイヌのことでも、従来の研究よりもずっと多く女性戦士、狩人、統治者がいたと世界中で再発見されつつある。『存在しない女たち』にもそのあたりが書かれております。

 『ムーラン』がらみで、「中国にいた女戦士!」みたいな記事が欧米圏で出ていたようですけどね。なんのなんの、婦好はじめ大勢いるってことを示すべきだと思う! そういう需要にマッチする女性将軍や兵士について言及されているわけですよ。世界の風と一致する。
 そもそもとして、女性を自力で行動できなくするということは、生存戦略としてまちがっている。纏足していたせいで逃げ遅れて犠牲となった女性がどれほどいるのか。猟犬だった犬を小型化していくように、女性も愛玩対象として動けなくするという、そういうステータスシンボルはあった。それは中国だけでなく、人類普遍的なものとも言えるのでしょう。コルセット、ハイヒール……そうなる前の古代、生き延びることを考えているなら、女だろうと戦うのが当然だと思います。そういう人類普遍的なところに突っ込んできました。

 思想が史学に与えた影響も踏まえています。海外研究者の意見、“夷狄“への目線もある。尊王攘夷が中国由来ということも、きっちり説明されます。

孫子がセオリーを変える

 以前、金田淳子さんと藤村シシンさんが、『三国志』とギリシャトークをしていました。ギリシャに比べると『三国志』はギスギスしている。そういう話だったと記憶しています。
 ギリシャ人が鷹揚? 中国人がなんかヤバい? そういうことではないと思います。アイツが出てくる前までは、中国でも占いの結果重視したりして、そこそこ牧歌的な戦争だったと思います。
 アイツって誰? そう、孫子です!
 孫子は性格が悪いとは思っていた。自己PRのためとはいえ、闔閭の寵姫殺す必要、あります?
 私なりにいろいろ最近考えているというか。マイブームがニューロダイバーシティがらみでしてね。
 秋の畑をみて、どう思うか?
「ああ、実っていて綺麗だねえ」
「おっ? ここ燃やしたら兵糧攻めできるな!」
 人間にはこういう二種類がいる。後者は少数です。こういう後者かつ行動力がある奴が、騙し打ち上等価値観をどんどん拡散して世界観をひっくり返す。孫子はそういう奴だったと。
 
 そんな孫子にノリノリで、
「そうだ、やられる前にやっちまえ!」
 みたいな注釈をつけていた奴。それが曹操です。曹操も、「ここ燃やしたらええやんけ!」となる奴なんでしょう。

 ちなみにシャーロック・ホームズもそうでしてね。『シャーロック・ホームズの思考術』でもどうぞ。

 世界の歴史では、突発的にこういう奴が出てきます。
 シャカ・ズールーとか。織田信長とか。ヘンリー5世とか。すごく斬新なことをやる。武器の優劣でなくて、心理の思考ルーティンを変える。それでこそ強くなる!
 なんで孫子のセオリーが現在でも有効か? それは軍事心理学の古典だからでしょう。

 孫子スゲエ……ってなるかな? 同時代人からすれば殲滅戦すらやりかねん危険人物だったろうとは思います。そういう衝撃を思い出せました。

 ちなみにこういうハズレ値規格外が世界史でちらほらと。
「効率的だけどそれは人としてどうなのよ……枠」ですな。

伊波律子先生を思い出す

 本書を読んで思い出したこと。それは伊波律子先生のこと。まだ中国史がよくわからない私は、伊波先生の本を読んでぶっとんで、無茶苦茶のめり込んでいった。そういう吸引力です。
 本書は第一に、中高生に薦めたい! 学問はこんなに面白いって言いたい、そういう人に薦めたい!
 もちろん、どの年代でも読めるのが最善だけど。これは、学問の入り口に立つ人に薦めたい一冊。そういうパワーを感じます。
 
 敷居を低く、おもしろく。そういう心を攻める戦略をとった。佐藤先生は紛れもなく戦上手ですぞ! 戦上手が書く戦争の歴史なんて、おもしろいに決まってる! 是非是非、手に取りくだされ!


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