【読書】茅辺かのう『アイヌの世界に生きる』
『ゴールデンカムイ』読者の皆様は、アイヌのことをもっと知りたいと思っていることでしょう。うれしいことにアイヌ関連書籍は増えています。私もまだまだ勉強中です。おすすめの本を紹介させていただきます。
半世紀前、アイヌに育てられたトキという女性がいた
本書はいまからおよそ半世紀前、アイヌに育てられたトキという女性が、筆者に語り残した体験談をまとめ、1984年に刊行されたものとなります。絶版が続いていたものが、文庫版として再版されたのです。本書の語り口は現在と異なり、読んでいて何かを感じることがあるかとは思います。筆者は差別意識がなく、むしろ信頼できる方だからこそ、聞き取りができたのだとはわかる。筆者の姿勢ではなく、社会全体の変化を感じ取れます。
アイヌの老人が倒れていたのに、誰も通報せず亡くなってしまった話が本書では語られます。どうせ髭を伸ばしたアイヌのじいさんなんて、酔っ払って寝ていると思ったんだろうと、通報されなかった理由が推察されています。その箇所を読んでいて私はギョッとしました。かつてそういう差別があり、それがよくあることであったからこそ、こうしてあっけらかんと語られているのだろうと。
そんな時代から、今はどれだけ変わったのか? 差別はなくなったのか? それとも巧妙に隠されているだけなのか? そんなことをどうしたって考えてしまいます。
あの赤ん坊はどうなったのかな?
『ゴールデンカムイ』では、稲妻強盗とお銀の間に生まれた赤ん坊がおりました。第七師団との戦いで命を落とした両親にかわり、誰かに育てさせねばならない。そう思った鶴見は、フチのもとへ赤ん坊を置き去りにしました。
信頼できる人間って、アイヌの村に置き去りにしていいの? そりゃ、フチはいい人だけど……そう思いましたか? この逸話は当時の北海道史を反映している。それがわかるのが『アイヌの世界に生きる』です。
この本は、1906年に入植者の子として生まれたある女性から聞き取った話です。つまり、あの稲妻強盗とお銀の子と境遇が似ています。この赤ん坊は家族から捨てられそうになっていたところを、アイヌの女性に拾われ、アイヌの中で育ってゆきます。稲妻とお銀の子と、性別の差はあります。しかし年齢はほぼいっしょ。あの赤ん坊は将来、東京オリンピックを見るために、セールスマンが売り込んできたテレビを買うのかもしれない。この本をそう読みながら想像したとき、『ゴールデンカムイ』の世界がより一層生々しく感じられたのです。
アシリパと杉元たちが金塊を探す物語って、実はそう昔のことではない。そんな当たり前のことを改めて認識できます。
入植者の赤ん坊を育てるアイヌと、差別するシャモ
話の本筋とあまり関係ない。とはいえ、赤ん坊の運命が気になったことはありませんか? インカラマッと谷垣の子もそう。これから先、アイヌはどう生きてゆくのか? アイヌの歴史をたどる本でも把握はできますが、ひとりひとりがどう歩んでゆくのか、そう想像するのであれば本書や宇梶静江さんの著書が役立つと私は思います。
鶴見がフチを「信頼できる相手」とした理由があると、本書を読めば痛感できます。当時の入植者が育てきれなかった赤ん坊が、アイヌに育てられることはしばしばあったのだとか。シャモ(和人のこと、アシリパはシサムを使う)の子はアイヌとちがっているけれど、命があるものを大切に扱う。そんなアイヌの母が注ぐ愛情を知ると、それも納得できます。当時の入植者は決して暮らしむきがよいわけでもなく、孤児として生きて蟹工船送りになるくらいならば、アイヌとして生きる方がよかったかもしれないとは思えてくる。
と、書いておいて何ですが、アイヌの受けた差別の生々しさが読んでいてつらいことも確か。道を歩いているだけで石を投げられ、髪の毛を引っ張られる。憐れみの目を向けられる。そんな生々しい体験談を読み、どうしたらよいものか?
過去にあった差別は学ぶことしかできない、その場に駆けつけて糺すことはできません。でも、未来は変えてゆける。こうしてアイヌのことを知ったからこそ、できることもある。この本の著者である茅辺かのうさんのように、理解し、聞いて、寄り添い、語り継いでゆくことはできるはず。読んでいて胸が熱くなって、そんなことまで考えてしまう。ぜひとも手に取っていただきたい一冊です。
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