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私立徳川高校 第四話「対決!オムライス」

 オレは、九州のとある県にある私立徳川高校の2年生で、新聞部の記者兼カメラマンをやっている上野ヒコマという。うちは歴史のある男子校だが、個性の強すぎる教師や生徒たちでいっぱいで、校内新聞のネタがごろごろ転がっているのだ。

 その日、オレは、4時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴るやいなや学生食堂に走った。走ったのには訳がある。いつもなら母親が作る弁当が昼食だが、その日は弁当の代わりにワンコインもらっていて、それで1日10食限定のオムライスを食いたかったのである。そのオムライスといえば、ワンコインでお釣りが来るくせに、洗面器にご飯を詰めてひっくり返したような盛りの良さから、飢えた男子高校生垂涎の必食メニューである。

 オレが食堂に到着すると、すでに剣道部の部員5人がオムライスを食っていた。連中はいつも一緒にオムライスを食べて、そのまま昼休みの練習に突入するという。その規律の厳しさと結束の固さから、うちの生徒は剣道部のことを新選組と呼んでいる。まあ、それが試合の実績に繋がっていないのが痛いところなのだが。3年生で主将の近藤イサミがオムライスを掻き込みながら部員にハッパをかけるのが聞こえた。
 「我が剣道部にとって、卵の黄色は幸運の色、ケチャップの赤は我らの血潮だ! 5分後に武道場に集合! モタモタするんじゃねえぞ!」

 オレがオムライスの食券を券売機で購入すると、そこでちょうど売り切れのランプが点灯した。ふう、間に合った。そのとき、オレの後ろに並んでいた3年生で野球部の部長の後藤ショウジロウと副部長の板垣タイスケの2人が、明らかに失望しているのがわかった。その野球部の2人は、剣道部が食事をしているテーブルに近づき、板垣から主将の近藤に強い口調で声を掛けた。
 「おい! 近藤!」
 「なんだ、板垣。我々は忙しいんだ。」
 ぶっきらぼうに近藤が返事をする。板垣は続けた。
 「おまえら剣道部の連中は、毎日毎日我が校のオムライスを独占しているではないか。他にも食いたい者がおるのだぞ!」
 「何が悪い。食券は先着順ではないか。」
 近藤は反論した。後藤は板垣の後ろで腕組みをしながら口を開いた。
 「それはそうだ。しかし、限度というものがあろう。たまには他のメニューも食ったらどうだ。」
 近藤は不敵な笑みを浮かべながら答える。
 「笑止千万。オムライスは我が剣道部にとって必勝メニューなのだ。主将であるオレの目の黒いうちは譲ることはできん。」
 「なんだ、その手前勝手な屁理屈は・・」
 板垣は近藤に歩み寄った。近藤は立ち上がる。
 「なんだ、やるのか。」
 近藤と板垣はにらみ合った。その場に不穏な空気が流れる。

 それを見ていた剣道部1年生の沖田ソウジがスプーンを置いて立ち上がった。沖田は1年生ながら、うちの高校一番の剣豪で、彼の活躍で剣道部としての面目がなんとか立っているといっても過言ではない。沖田は主将の近藤に向かって言った。
 「主将、お言葉ながら申し上げます。近藤先輩が主将に就任されて以来、数か月にわたりオムライスを食して参りましたが、正直飽きております。そろそろメニューを変えてもよろしいのでは。」
 「うむむ・・」
 近藤はあっけにとられたが、すぐに我に返った。
 「わかった。沖田がそう言うのであればオムライスは本日限りとする。」
 続いて近藤は野球部の2人の方を向いた。
 「後藤、板垣、いま言ったとおりだ。これでいいか。」
 「おう。」
 野球部の2人は立ち去った。

 翌日の昼休み、オレが牛乳を買おうと食堂内の売店に行くと、剣道部はみんなで大盛り担々麺を食っていた。主将の近藤がハッパをかける。
 「いいか、お前ら。我が剣道部にとって、麺は切れぬ絆の証、ラー油の赤は我らの血潮だ。わかったな!」
 この件は記事になるか・・ やっぱりやめておくか。
(完)

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