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IMAGINATION

 エッセイも何だかんだで5回目になりました。今回は、最近感じた違和感についてのお話です。

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 部活に出なくなってからはや5ヶ月。この春をもって退部することになったので、靴箱の中身を片付けに、久々に廃れた部室に足を踏み入れた。

 立地の関係で僕の入っている放送部の部室は常に薄暗く、あまり人が立ち入ることの無い場所に位置している。靴を脱いで、モコモコしたフローリングの床に胡乱に置かれた部員の荷物から発せられる異臭に顔を顰めて、窓際にあるチープな下駄箱から自分の古い靴を取り出した。

 見回してみると、以前に比べて多少綺麗になったように感じる。昨年夏の終わりに活動的な部員で企画された、大規模な「部室改革」が、顧問や部長らの手により頓挫したあの頃から部員は抜け続け、結果として僕の"唯一の1年生部員"という肩書きも薄れるほど部員数は減ってしまった。

 たった数人だけの部員。そんな部活には似合わない様な部室。恐らく辞めていった部員らの意見も与して、多少綺麗にしたのだろう。

 そんな部室でとある異物を見つけるまでに、さほど時間はかからなかったと思う。白の安いパイプ椅子の上に、ちょこんとクマのぬいぐるみが置いてある。

 所謂るテディベアだ。確か映画Tedのものだと思うが、何故こんな放送部の部室に、こんなものが置いてあるのだろう…?

 なるたけ先輩に会って話しをしたくないので、部室の鍵を閉めてテディベア──テッドを手に取ってみた。

………臭い。

 信じられないほど臭い。煙草のヤニで黄ばんだ白の生地に悪臭が染み込んでいるのだろう。生ゴミとも、足の臭いとも言えぬ、この世のものとは到底思えない悪臭だ。

 足の裏には青色のペディキュアらしきあとが沁みている。子供のままごとの犠牲者か…?と一瞬思ったが、それなら何故ここにあるのだろう。顧問も独身、今はもう男しかいないような、むさ苦しい部室に。

 僕はこうしたズレたものを見ると、どうしてだろう、どうしてここにあるんだろうと考えると共に、空想をしてしまう。

 2LDKの狭いアパートの一室。裕福では無い家庭で、親から構って貰えずさびしい少女が唯一の遊び相手としてずっと長い時間を共に過し、ある時に公園で落とされてしまった、切ないぬいぐるみ。

 或いは、独り身の男の私利私欲の捌け口として、それはそれは酷い扱いを受けてきたぬいぐるみ。

 もしかしたら、転売目的のためにクレーンゲームで取られ、後に売れ残って安く買われた、不憫なぬいぐるみ…

 考え出したら止まらなくなってしまう。僕は空想の中で考えるものは必ず、いつも辛い目に合っている。 恐らくこの臭い臭いテッドはいつかは綺麗でいい匂いでふわふわで、それほど苦しい思いをしてこなかったのだろうが、もしも僕の空想の中にいたぬいぐるみのような過去にいたならどうだろうか。

 空想は目まぐるしく回転していく。

 空想と現実とのクロスオーバーポイントをずっと渇望している。

 下校時刻を告げるチャイムが鳴った。頭の中のボロアパートの一室や廃れたゲームセンターから投げ出され、目に映る景色はこの部室に戻ってきてしまった。いつもこんなふうに、ふとした拍子に空想は終わって現実世界に放り出されてしまう。肩を落としながら、僕はそそくさと部室を後にした。
 部室は半地下にあるのだが、階段を上りながらふと振り返って、また足が止まる。

 先輩たちにおもしろい人は沢山居たのに、今では殆どが辞めてしまった。辛うじて残っているがなんの手伝いもしない僕は、果たして今現在残って頑張っている忙しい先輩達の目にどう映るのだろうか。
 僕だったら…僕ならそんな生意気なやつには関わりたくない。

 ぼくはなんだか惨めだな、と思ってしまった。

 もう一度階段の方を向き、今度は振り返らず上っていく。この部活をやめてしまおうか。辞めてしまえば良いんだろうな。でも辞めたらこの学校に居場所なんてあるのだろうか?
 目まぐるしい思案がずっと脳内を巡っている。

 帰路に着いて、ふと考えた。「あの悪臭の根源は、一体何なのだろうか?」お弁当が腐ったのか、部屋の臭いなのか、他にはなんだ?えーと…

 またそうして、僕は空想を繰り返す。自分より不幸な生活を渇望して。

 やな人間だね。


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