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何度目かの桜

仮母の眠る地を訪れるのはこれで何度目になるだろう。

仕事の都合で春のお彼岸を少し過ぎてしまったけれど、生憎の小雨に濡れながらお墓参りに向かう。
この道すがら山桜を車の中から見るのは初めてでは無いのに
「綺麗に咲いてるね」
と口から思わず言葉がこぼれた。

これまではお墓が近づくにつれ言いたい事がたくさん溢れ出し、それが胸を圧迫し身体が重くなるのを感じていた。
咲いていたであろう山桜も全く視界に入っていなかった。

そして手を合わせ

「一体あの夜に何をしてたの?何故あんな時間にあんな事に…?」

「どうして私をこんな目に?そこまで私の事が憎かった?何も言わず逃げるなんて卑怯だろ…」

「あんたの娘(仮妹)と息子(仮弟)は人間の心があるの?親なら生き返って責任を取れ!笑い者になってるぞ!」

「あんなに仕事に命かけてたのに何故突然放り投げたの?どれだけの人に迷惑をかけ恥ずかしい思いをしているのかそこから見えてるはず」

「幽霊でも何でもいいから一言答えて欲しい。何度でも伝えるから。こうなった理由を話して欲しい!」

「言えないのならもういい。でも言いたいことがあるなら夢でもいいから出てきて。いつまでも待つから!」



「もう来ませんよ。娘だと思われてなかったのに今まで命日もお彼岸も何度も何度も此処に来て、お花も供えお線香もあげて問いかけてきたけどもう辞めます。あなたとは何の繋がりも無い事がよく理解できました!本当に他人だというのがよぉーくよぉーく分かりました。来て欲しいとは思ってないだろうけどええもう来ませんよ!せいぜい性悪女とボンクラに来てもらえばいい!」


「と、言いつつまた来ましたよ。ちゃんと仕事も続けていますよ。しんどいですよ?大変ですよ?当然でしょあんな目に遭ったんだもの。でも頑張ってますよ。あなたは言ってたそうですね「私が辞めたらこの会社は潰れるだろうね」ええ、ええ、潰れていませんよ。そんな気配も御座いません。あなたの自慢の娘と息子は此処に何度来ましたか?手を合わせまだお金の無心をしているのでしょうね。」



今回
「これからは私が好きなようにやります。というかやってます。お前がここまで頑張ってやってるなんて…とさぞビックリしていることだと思いますが残念でしたね。
それはそうと、そっちの世界で顔見知りが増えて驚いただろうけど何を聞いたとしても、もう何の言葉も私には必要ないです。私は私の人生を誰に何を言われようと一生懸命に生きます。あなたとの思い出も少しずつ薄れています。辛い事も傷付いた事も全て映画でも観ていたと思うようにします。あまりにもドラマチックでしたからね。あの様は。
なのでもう謝って欲しいなどとは思っていません。
そちらで楽しく過ごして下さい。あなたの望み通り父親きょうだいとも絶縁致しましたので安心を。もう二度と関わる事はないでしょう。
此処にはまた気が向けば来ます。訪れる事があなたへの少しの感謝の気持ちなので」


こうやって思い返せばその日ごとに自分の思いが変化していったのがよく分かる。
「何故何故どうして」という問いかけしかしていなかった自分自身が時間をかけ「諦め」という形でけじめを付けた。

ここしばらくの間、悲しい別れが続いた。
皆、仮母がきっかけで知り合った長いお付き合いだった。
まだお別れするには早過ぎ、何故人はこんなにも突然目の前から居なくなるのかと絶望した。
彼女達を蝕んだ病気を恨んだ…。
中には私が背負ってしまった苦行とも言い難い出来事を知っている人もいた。

まだ心の何処かで
「彼女たちから聞いたよ。あんたはよくやった」
とあの人に言って欲しい自分が心の隅で見え隠れしている。
生まれてこのかたこんな言葉をかけて貰った事は一度も無いのに。

毒だ毒だと罵ると「何いぃぃ!!」と飛んでくるような人だったのに。
どれだけ悪口を言おうが罵ろうが、何にも応えてはくれない。
お墓の前でも無言だ。
本当は何処にもいないのを理解しているのに、何度言葉を打っても打っても響かないことに私は疲れてしまっていた。
私は此処でどれだけ不毛な事をしてきたのだろう。
私は一体今まで此処に何をしに来ていたのだろう。

思いは通じない。私からこの人へは。

今日やっとその事に気付いた。
桜の下で。
何も応えてはくれないこの状況で
何を手放すべきかもう私は気付いていた。


帰りに偶然のお誘いで、友人夫婦宅にお邪魔し楽しい時間を過ごす。
小さくても幸せだと感じる瞬間は目を凝らせばたくさんある。
笑ってお喋りして、ご夫婦が飼っている初対面の3匹のワンコを触りまくって顔中を舐められて、そしてまた来るねと手を振り、さあ明日からまた頑張ろうなんて思うこの幸せはいつぶりだったのだろう。

小雨の中ひっそりと咲く桜を見上げ明らかに春へと変わっていく空気を吸う。
近くを流れる小川のせせらぎに耳を澄まし安らかな気持ちになる。
他人と心から楽しめるようになったのも
きっと私が暗闇から戻ってきたからなのか。
誰かに背中を押されたわけではない。
自ら選択しここまで血の涙を流しながら這って来た。
これでもかこれでもかという悪意の嵐に立ち向かいながら全て腐った木を切り倒してきた。

そして間違いなく此処に立っている私はきっと「極々普通でまともな大人」な人間であろうと努力し続けている。
全てお天道様は見ているから。そう周りに励まされ続けたお陰だった。

いつまでもそうであって欲しい。
明るい場所だけ見ていれば
いつかきっとこの人生を生きる選択をして良かったと思える日が来るだろう。

そう心から願うお彼岸明けだった。


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