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その一品の向こう側。

毎年枝豆をアホほど食べる。

枝豆の産地に家を構えているので、放っておくといつまでも食べる。あればあるだけ食べる。夏の冷凍庫にはフリーザパック入りの枝豆が所狭しと並ぶのだけれど、それもあっという間に無くなる。なんなら解凍してから食卓に出すまでの間に1/3くらい減っている。

スーパーには枝豆がわんさか入った大袋が、一つ98円で売られている。今日も買った。

下拵えはサヤの両端をハサミで切り取る所から。両端を切ることで火の通りと塩の馴染みが早くなる。次に枝豆の重量に対して塩1~2%で塩をもみ込む。枝豆には産毛があって、塩もみしながらこれを取る。塩を全体に馴染ませると、茹でたときに彩りよく仕上がる。

次は大鍋の出番。塩もみをした枝豆をそのまま大鍋に投入する。丁寧に下拵えをした枝豆達は、湯に投入したとたんに鮮やかな緑に変貌するので、目が覚めるようで楽しい。

この茹でる工程は家庭によって少し異なるらしい。かき混ぜながら5分程茹でる家庭もあれば、枝豆を投入した後火を消して放置する家庭、凡そ蒸かすようにする家庭もあると聞く。

好みの硬さになったらザルに上げて、熱いうちに塩を全体に馴染むように振りかける。粗熱を取るときは、水に浸けると水っぽくなって美味しくないので、ザルに広げて団扇で扇ぐ。さながら召使いに羽の団扇で扇がせる貴族のようである。枝豆は、こうして完成する。

結構大変なのだ。

なにせ大袋、キッチンの流し台が枝豆で溢れかえる。その全ての枝豆の両端を切り落とす作業は孤独だし、産毛はチクチクとして手が痛む。今日も仕込んだけれど、今になっても手の皮がじんじんとする。


毎年、義理の母が枝豆をくれる。

先日はフリーザパック三袋分。その中の枝豆は全て両端が切り取られ、当たり前のように産毛も見当たらない。

鮮烈な緑。硬くもなく、柔らかすぎる事もない、どれも均一にふっくらとして、艶めいている。

この「どれも均一にふっくらした豆」にするのが難しいのだ。あれ硬かった、今度は柔らかすぎた、塩気が足りなかった、なんてことは少なくない。


枝豆に限った話ではない。


春は義実家から山ほど山菜を頂くのだが、それらも全て下処理が済ませてある。タラの芽やふきのとうは全てのガクが切り取られ、アク抜きがされている。筍も例外ではない。だから私は頂いたそれらをすぐに、それらを天ぷらにしたり炊き込みご飯にしたり出来るわけだ。

義実家に伺うとズラリとご馳走が並ぶ。丁寧に面取りされた煮物達は、微塵も煮崩れせず綺麗に形を保ったまま煮汁をふんだんに吸い込んでる。口の中に放り込むと煮汁が弾けて広がる。もつ煮も角煮も口の中で溶けてなくなる。モツの下処理の大変さを知ったのも、自分で料理をするようになってからである。

私は料理は好きだけれど、元来は横着な性格なので、まあいいか、と思ったりする。枝豆の産毛もよく見ると残っていたりする。


やらなくてもどうにかなる。枝豆の両端を切らない人もいるし、検索すれば時短の方法もある。面取りしなくても煮物は完成する。山菜のアクは取らないと食べられないからやらざるを得ないけれど、その面倒な作業を自分以外の誰かにするのは難儀だ。

夫と籍を入れる前、一緒に住み始めた頃。一番最初のすれ違いは食事の在り方だった。

私には朝食の習慣がなかったし、料理を担当していた祖母が死んでからは、所謂家庭料理からは遠ざかった。学生時代はアルバイト先の賄いで、社会人になってからは社員食堂や配達の弁当で済ませた。

自分の為にも誰かの為にも料理をしなかった。豊かさと程遠かった。
金銭的な問題が大きかったけれど、なにより心が豊かじゃなかった。


だから朝食を作る所から始めた。白米、みそ汁、目玉焼き、サラダ、納豆、季節の果物。いつも同じメニューなのに、何年も経った今も、朝食のみそ汁はハッとする程美味しい。

食事をきちんと取るようになって、心がしゃんとするようになった。

そうして自分の心がしゃんとすると、今度は大切な人の心もしゃんとなりますように、と思うようになった。

自分の事を大切にできない人は、誰の事も大切に出来ないと知った。

「元来の方法できちんとひと手間かける」って、簡単な事じゃない。

そのひと手間には「気持ち」が必要だから。
より美味しくしたい、美味しいものを食べてほしいという気持ちがいる。

朝食をしっかり食べる夫からは、彼を大切に想ってきた義理の母の気持ちを感じる。

鮮やかでふっくらした枝豆から、春の山菜たちや味のしみこんだ煮物からは、私達を大切に想ってくれている気持ちを感じる。

大切に想われる経験は、誰かを大切にしようと思う事に繋がる。

そうやって人と人が繋がっていく。


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素敵な企画をお見掛けしました。
こちらのコンテストへ参加させていただきます。↓

参加されている皆さんの素敵な作品の中で、企画の意図に合っていないのでは?と、ドキドキしていますが、枝豆を仕込みながら書いてみたくなり、参加させていただきました。タダノヒトミさん、素敵な企画をありがとうございます。




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