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JADE

幼少期に人間とは違う何かを見た事があった。
それは化け物と一言で例えるには難しい程に
美しい女性の姿をしていた。
もしかしたら化け物が都合の良い姿に化けていただけ
というのも有り得る話だ。
だが僕の家系なら化け物が見えてもおかしくない。
「寿人くん!」
といつも通り隣人が声をかける。
「どうかしましたか」
「家の畑で取れた野菜よ、良かったら食べて」
「これは美味しそう、いつもありがとうございます」
「当たり前よ、この町を御守り頂いてるんだから」
僕は町長の息子でもお偉い人でも無いけれど、
先祖代々引き継がれる役職から町民に慕われている。
「それでね、森が最近騒がしいのよ」
「では町人に暫く家から出ないように言って貰えますか」
「勿論、申し訳そうに言わないで良いのよ」
と暫しの会話をして隣人は帰宅した。
部屋が段々と冷えてくると長い廊下の奥から
真っ黒な服を身に纏った女性が寄ってくる。
「ネネ、御免」
「何、お前が楽しそうに話していて微笑ましかったさ」
「僕はネネと話していた方が楽しいよ」
「学校と言う場所で友人を作ったら良いじゃないか」
「だから僕にはネネさえ居れば平気だよ」
「なら良いが、あまりこちら側に依存するでないぞ」
彼女は狂戯根々。
この化け物こそ幼少期に出会った妖で
先祖代々続く家系の役職と非常によく関わる存在だ。

ガサガサと森が騒がしい。
「ネネ、今回はどんな妖かな」
「大した事は無いさ、何せ嫌われ者だからな私は」
僕が彼女について知っている事と言えば、
父さんの代からこの家に憑いてるという事と
他の妖たちから恐れられ嫌われているという事だけだ。
理由は詳しく聞いた事は無いし聞くつもりも無いけれど彼女はそれ程の出来事があったと語る。
ガサガサと音は聞こえるものの出てくる気配は無い。
「私が居ては出てこないようだ、一度身を隠すとしよう」
「気を使わせて御免」
「謝ってばかりだな、お前はその言葉を感謝に変えられないのか」
と僕の言葉に文句付けながら彼女は姿を消した。
(感謝か…次は気を付けよう…)

「ナゼ、人間ガ、アノ恐ロシキモノト……」
「今直グ、アノモノヲ、消サナケレバ……」
「人間ヨ、直チニ、アノモノヲ祓エ……」
彼女が姿を消した途端に普通の人なら
身が凍るような声が幾つか聞こえる。
僕はこの声を幼少期から聞いている為、
慣れてしまっていてあまり恐怖心は無い。
「どうか静まってくれませんか」
「人間如キノ言ウ事ヲ聞クト思ウノカ」
「聞いてくれるなら手荒な真似をしなくて済むので穏便に済ませたら嬉しいです」
「オマエノ話ハ聞イテヤラナクモナイ」
「本当ですか!」
「ダガオマエノ、後ロニ、居ルモノヲ祓ッテカラダ」
(まただ…またネネを厄介者みたいに…)
「相変わらず惑わすのが得意だな、我ら妖は」
「ネネ!まだ出てこない方が……」
「オマエ、人間ニ、寝返ッタ奴ガ何ヲ言ウ」
「寝返っただと?私は気に入れば例え人間であっても味方に付くさ」
「人間ガ祓ワナイノデアレバ、我ラガ、オマエヲ!」
と妖たちが言う前に彼女は拘束した。
「我らが何だ、言ってみよ」
「ネネ!もう良いよ、双方静まって……」
彼女の沸点をこの妖たちは上げてしまったのだろう。
こうなると止める方法は一つしか無いのだが、
僕は苦手であまり使いたくない。
「ネネ、言う事を聞かないと僕は此処で首を切る」
「……」
彼女は少しの間だけ沈黙してから拘束を解いた。
「悪かった、取り乱した様だ」
拘束が解かれた途端に妖たちは町の方へ向かうが、
襲われる心配は無い。
容易く町には入る事は出来なくなっているからだ。
結界は僕が敷いたものでは無く、
この町にもう一人だけ居る同業者のものだ。
(相変わらず凄い結界だな…苦手だから羨ましい…)
電話越しに数回しか話した事は無いが、
行事ごとには土産を送ってくれる良い人だ。
今回の結界も僕から依頼したもので
町の安寧を守る為ならと快く引き受けてくれた。
「ネネはこの結界、通れる?」
「当たり前だろう、この術の主を知っているからな」
基本的に何でも知っていて僕が学校に行っていないのも
大体の疑問は彼女が教えてくれるからだ。
「それより御免、ネネを脅すような事をして」
「私がお前の父に教えた事なのだ、気にするな」
「家に帰ろう、今日は魚の煮付けだよ」
「それは楽しみだ」

改めて僕の家柄と根々との出会いについて紹介しよう。
僕たち根岸家は代々妖屋という役職で
人間と妖の均衡を保つ仕事に務めてきた。
だけどこの役職は一度だけ跡継ぎが
生まれなかった事から終わりかける。
この事から察するだろうが、
僕は根岸家の養子だ。
だから本来なら妖屋としての適性は無い筈だが、
元々の僕の生まれが人間離れしていたらしい。
妖屋としての適性を難なくこなしていた僕だけど、
父さんと過ごした日々はたったの二年で
母さんは使用人だった為に妖屋の知識は無い。
一度は普通の生活をしていたが、
馴染めず直ぐに不登校になってしまった。
そんな時に長期旅行中の母さんとの文通で
根岸家の蔵の事を教えてもらったのだ。
そこには開けるかどうかは僕次第と書かれていて
急ぎ事では無いと初めは気にもしていなかった。
だがある日の晩、
買い出し中に人が化け物に襲われていた。
「た、助けてくれ!」
戸惑っていると真っ白な服を身に纏った、
儚げな少女が僕の前に現れてこう言ったのだ。
「彼女を解放してあげて、時間稼ぎをしておくから」
「貴方は誰ですか、彼女って」
「蔵に彼女が眠ってる、あまり長くは持たない」
僕は言われるがままに家に急いで帰り、
手紙の中から蔵の鍵を取りだして蔵に向かった。
恐る恐る扉を開けると箱の上に紙が置いてあり、
それを読んでみると父さんからの手紙だった。

『寿人、開けてしまったんだね。
この箱には訳あって妖が封印してあるんだ。
寿人さえ良かったら解放してあげてくれないか。
彼女はきっと寿人を助けてくれる、頼んだよ。
寿人の父、悠生より』

完璧主義の父さんからの頼みは初めてで驚いたけど、
先程の少女の言葉からもこの箱の中身は、
きっと僕の助けになってくれるのだろうと思い、
箱に付いた御札を剥がして蓋を開けてみる。
すると、
「嗚呼、お前が悠生の息子か」
「説明は後で良いので取り敢えず助けてください、町の人が襲われてるんです」
「私の話を聞かず周りの事を気にする所、悠生にそっくりだな、良いだろう案内しろ」
その時の記憶は状況に混乱していたのか、
あまり覚えてはいない。
その場所に行くととんでもない大きさの妖と戦う少女が居た。
「やっと来た、狂ちゃん」
「これは久方ぶりだな、羽遊」
「もうすぐで夜明けだからあとはお願い」
「嗚呼、また話そうじゃないか」
羽遊と呼ばれる少女と親しい様で
恐らく知り合いなのだろう。
「妖屋の人ありがとう、また会えたらその時は沢山お話ししようね」
と僕にも挨拶をして少女は消えた。
「妖さん、僕に出来る事はありますか」
「そこに蹲ってる人間を逃がせ」
「分かりました、どうか気をつけて」
「この状況下で冷静な所もそっくりだな」
急いで襲われていた人を逃がし、
戻ってきた頃には暴走した妖は小さくなっていた。
森へと逃げていく妖を見て
彼女は悲しそうな顔をしていた。
「お仲間を傷つけさせて御免なさい」
「何、気にするな」
「あの子、羽遊さんでしたっけ、あの人は大丈夫でしょうか」
「あの人ねぇ、人間と思っているのか」
「妖屋の人ですよね、術を使って消えたんじゃないんですか」
と応えると彼女は声高らかに腹を抱えて笑った。
「なんですか」
「いや羽遊がそれを聞いたらお前を抱きしめるだろうな」
「えっ、そんなに変わったこと言いましたっけ」
「羽遊は妖だ、幽羽遊と言って夜になると活性化する妖だ」
(だから随分と体格差があったのに相手が出来てたのか…)
「だが羽遊は戦闘向きでは無いから驚いた」
「親しいんですね」
「嗚呼、どの妖も近づこうともしない中、羽遊は慕ってくれてな」
「なんか急に疲労が、取り敢えず帰りましょう」
と僕はその場で気絶をしてしまったと後で聞かされた。

それが僕の家柄と根々との出会いだ。
「寿人、おい何処を向いておる」
「ネネ、御免」
「それでな、私はこの男が犯人だと思うのだ」
「どうだろう、僕はこの女性のが怪しいと思うな」
彼女は推理系が好きで僕も彼女と一緒に推理するのが好きだ。
「寿人、私とでは無く人間の友人を作って話をした方が楽しいのでは無いか」
「執拗いよ、ネネ」
「先刻も言ったが、こちら側にあまり依存するでないぞ」
「ネネは母さんみたいだね」
「私を母に見立てるとは永久子が泣くぞ」
そんなたわいも無い話をして一日を終える毎日だ。

だけど時折、疑問に思う事がある。
父さんは狂戯根々という妖を何故封印したのか、
幽羽遊という妖なら何か知っているのだろうか。
「買い出しに行ってくるよ」
「嗚呼、気をつけて行ってこい」
(それにしてもこの町のもう一人の妖屋ってどんな人なんだろう…一度くらいは会って挨拶したいな…)
「お兄さん」
「はい、どうしましたか」
「上の棚にあるもの取ってくれませんか」
「どうぞ」
(綺麗な人だな…誰かに似てるような…)
「ありがとう、いつもは付き添いが居るのだけど体調を崩しちゃって」
(声も何処か聞き覚えのあるような…)
「もし時間があったら家に来ない?御礼をしたいのだけど」
「お気になさらず失礼します」
何処か見覚えのある雰囲気を感じながらも
一度はその場を去った。
だが、
「お嬢さん、時間ある?俺たちと良い事しない」
「興味無い」
「そんな事、言ってないでさ早く行こうよ」
「離して」
何人かの浮ついた男性たちに
さっきの少女が声をかけられていた。
「嫌がってるじゃないですか、離してあげてください」
「何だ、彼氏か?」
「いやたまたま通りかかっただけですけど」
「じゃあ関係無いよな、行こうぜお嬢さん」
(やっぱり僕だけじゃ止められない…どうしよう…)
「結衣、此処に居たのか」
「なんだ?男に囲まれて良いな、ビッチじゃねえか」
と浮ついた男性の一人が喋り出した途端、
ある男性が睨みつけると怖気付いたのか
男たちは逃げ去って行った。
「一人で外に出る時は声をかけろと言っているだろ」
「ごめんなさい、でもお兄さんが助けてくれたから」
「いやいや僕は何も出来なかったので」
「そうか、感謝する」
「では僕は失礼します」
次こそは安心だろうとその場を去ろうとする。
その瞬間、
バタンっと男性が倒れてしまった。
「大丈夫ですか!」
「雪くん!」
僕は結衣という少女に言われるがまま彼を家まで運んだ。
暫く経つと彼が目覚めた。
「雪くんが目覚めたみたい、お茶を入れてくるからお話でもしてて」
「済まないな、長居させて」
「家には連絡したので安心してください」
「結衣はきっと嬉しいんだろう、あまり人を呼ばないからな」
「そうなんですね」
(年近そうな人と喋るのは緊張する…)
「アタシもお話の仲間に加えて」
「それも良いが、結衣、そろそろ彼を帰らせてあげろ」
と男性が言うと少女は机にお茶を置いた後、
ムスッとした顔で奥の部屋に行ってしまった。
「気にするな、いつもの事だ」
「お茶美味しかったと伝えてください、失礼します」
「名乗るのを忘れていたな、俺は幸田雪夜だ」
「根岸寿人です、機会があったらまた」
と僕が会釈をした後、
奥の部屋に行ってた少女が戻って僕に名乗った。
「アタシの名前は天の原の天に水田の田、結ぶ衣で
天田結衣」
「教えてくれてありがとう、またね」
(幸田さんと天田さん…?何処かで…)

「遅かったな」
「うん、御免」
「随分と面倒事に巻き込まれていたみたいだな」
「さては見てたね、そうなんだけどお陰で良い出会いが出来たよ」
「ほう、どんな出会いだ」
「幸田さんと天田さんって人なんだけどとても良い人だったんだ」
と買い出し中にあった事を話し始めると
途端に彼女は考え込み始めた。
「どうかしたの」
「いやその二人の名前、妖屋では無いかと思ってな」
「例のもう一人の妖屋さんの事?だとしたらどっちなのかな」
「その幸田という男だ、下の名前はなんと言ったか」
「雪夜さんだよ」
「そうかあのものはまだあの人間に…」
と彼女は珍しく黙り込んで呆れた雰囲気を見せた。
(あのもの…?誰だろう…まあいっか)

一方その頃、
「うっ、はぁ…はぁ…」
「平気?雪くん」
「あぁ、大した事ない、慣れた事だ」
「やっと会えた、寿人くんって言うんだ」
「あれが結衣が言ってた、根岸家の坊ちゃんか」
「うん、アタシには気づいてなかったみたい」
「だろうな、俺でも怪しいのに気付く訳ないだろ」
「雪くんは気付いてくれないとアタシ悲しい」
(気付かない訳ないだろ…どんな姿でも俺は…)
バタンっ。
男は再び気絶する。
「雪くん、もうすぐでアタシと居る理由無くなるから
もう少しだけ付き合ってね」
「やはりな」
「狂ちゃんはやっぱり気づいたんだね」
「蔵の中の箱からずっと見ておったからな、
この男は純愛という言葉一つで出来ているようだ」

狂戯根々がその言葉を口にした途端、
「純愛?アタシの分からない事を言わないで」
と言って少女は狂戯根々を拘束する。
「忘れておった、今は夜、お前の手の中だ、離してくれるかもう言わん」
「狂ちゃん、もう少しだけだから」
「どんな選択を取っても私はお前の味方だ、あの時の事は忘れぬ」
狂戯根々は天田結衣と暫く会話をしてから
その場から去って行った。

「起きておったのか」
「うん、考え事をしてて、丁度良かったネネに聞きたい事があったんだ」
「何でも聞いてみよ」
「違ったら御免、天田結衣さんは幽羽遊さんだよね」
「勘が鋭い所もそっくりだ、そうだ合っておる」
(ネネがもし否定してもあの雰囲気は幽羽遊さんだ…)
「じゃあ幸田さんは何者なの、あの人も妖?」
「あの男は人間であるが、生気は無い存在だ」
(生気が無い…?あれは確かに人間で…)
「これから分かる事だ、羽遊もそろそろ動くようだしな」
気になる事は多いけど疲れていたのか、
その日はよく眠れた。

『寿人へ
そっちに帰ろうと思います。沢山お話聞かせてね。
根々さんにも宜しく伝えておいて。永久子より』

母さんは相変わらず文通が苦手な様で
簡潔な文章の手紙が送られてくる。
と言っている内に玄関前に影が見えていて
開けてみると勢い良く女性が僕を抱き締める。
「寿人〜!貴方の愛しの永久子さんだぞ〜」
「母さん、帰って来たら毎回毎回抱き締められると僕の体が持たないよ」
「まだ若いのに何を言ってるの!永久子さん、貴方には健康で居て欲しいな〜」
(本当に勢いが凄い…毎度の事ながら骨が折れるかと思う…)
「で根々さんは何処に居られるんですか」
「お前は声が大きいからいつか祓われるのでは無いかと私は恐れておるぞ」
「根々さん、いつも寿人をありがとうごさいます」
「世話役を任せされたのは私だからな」
母さんと彼女には父さんから決められた役割があるらしい。
直接聞いた事が無いのでこれは僕の推測過ぎないが、
母さんは金銭面を彼女は世話役なのでは無いかと思っている。
「母さん、今回はいつまで滞在するの」
「悩み中って所かな」
「私はどれだけでも滞在してくれて良いぞ」
「あら〜、根々さん本当にお優しいですね」
母さんが帰ってくると賑やかになって
冷えていた部屋が一気に温まる。
そうして喋っていると時間があっという間で
特に母さんと彼女はよく言葉が弾んでいる様子だ。

という時間を過ごしていると
電話がかかって来たのだ。
「はいは〜い、永久子さんが出ま〜す」
「相変わらず若々しいな、永久子は」
「僕は着いて行けないよ」

「はい、根岸です」
「幸田ですけど、寿人さんいらっしゃいますか」
「今変わりますね、少々お待ちを」
(寿人にお友達…?嘘〜、永久子さん嬉しい…)
「済まない、親御さん帰って来てたのか」
「大丈夫です、どうかしましたか」
「今からそっちに行って平気か?結衣について話したい事があるんだが」
(幽羽遊さんについて…?なんだろう…)
「分かりました」

幸田さんの声色は何を考えてるのか分かりずらくて
少し不安になりながら居間に戻ると、
母さんがニコニコしながらこちらを見てくる。
「どうかしたの」
「さっきの幸田さん?お友達?」
「友人というか妖屋の人だよ」
「え〜、そうなの?」
「永久子、寿人は照れているだけだ、幸田は友人だろう」
「違うよ」
と二人にいじられている内に約束の時間になり、
玄関に行った途端、
(あれ…?影が無い…)

「お邪魔する」
「どうぞ、こちらです」
「親御さんには悪いな」
「大丈夫です、いつでも話せますから」
「いきなり本題に入るんだが、お前は俺を見て人間と思うか」
「え?そうですね、正直微妙な所ですかね」
「だろうな、俺は本来なら死人だからな」
(自分から話してくれるんだ…)
「でもどうしてそれを僕に」
「結衣が何か企んでいるからだ、それも俺に関わる何かだとは分かっている」
「それで僕は何をすれば良いんですか」
「話が早くて助かる、結衣の計画を止める手助けをして欲しい」

(もし幽羽遊さんが何か企んでるとして…なんと答えれば良いんだろう…)
「考える時間をください」
「あまり待てない、早急に答えが欲しい」
「分かりました」
計画についての詳細を話すと幸田さんは帰って行った。
すると隣の部屋で話を聞いていたのか、
彼女は何か言いたげだった。
「ネネ、何か言いたげだね」
「私は羽遊の計画を知っているのでな、複雑だ」
「その計画は話せたりする?話して気まずい関係になるなら自分で調べるよ」
「いや話そう、私だけで抱え込むのは悠生が悲しむだろうからな」
「母さんも出てきて」
「バレた〜?永久子さんも聞いて良いのね」
と先程の席順で居間に腰をかけた後、
彼女は話を始めた。

《ある日の夜に池の隅で眠っている男が居た。
それがかつての幸田雪夜、
その男を見つけたのが幽羽遊だ。
彼は眠っていたのでは無く、
息を引き取っていた。
だが彼に興味を持った羽遊は
彼を自身の眷属として蘇らせた。
妖屋として務める中で彼は疑問を抱き始め、
羽遊はその度に契約を解いては眷属するを繰り返した。》

「これが私が知る全てだ、
妖は一度でも興味を持ったものを滅多に離す事は無い、私にとっての根岸家のようにな」
僕の斜め上に座っていた母さんは泣いていて
彼女は思いにふけている様子だった。
「計画って契約を解く事?」
「それもあるが、今回は永遠の別れになるだろうな」
「永久子さん、あまり頭の出来が良くないから
理解も乏しいんだけど、悠生さんとの別れを思い出すわ」
「永久子の言う通り、私も悠生の病魔を知った時を思い出した」
彼女の話を聞いていくと僕の感じた、
幸田さんへの違和感の正体が分かった気がした。
彼は死人で本来この世に居ない存在だから
影が映らず声色にも生気を感じなかったんだ。
「二人が離れない方法はあるの」
「無いに等しいな、正気保つのもそう簡単じゃない筈だ」
「夜になれば平気なんじゃ…」
「寿人、永久子は操り人形になってまで行きたいと思うか」
「永久子さんは嫌かな〜、縛られるのが嫌で家を抜け出しましたから」
母さんは流石に正直ですぐに答えている中、
僕はその問いに何も答えられなかった。
「さらにこれは羽遊には言えないというか、
一度だけ注意された事なのだが…」
と気まずそうな表情である言葉を彼女は吐露した。
「幸田雪夜は羽遊を愛していて羽遊もまた幸田への
愛情に気づいて失うのが怖くなっている」
この言葉を聞いた母さんは耐えられなかったのか、
勢いよく立ち上がって居間から飛び出して行った。
「母さん、大丈夫かな」
「永久子も始めは愛するを知らなかった側だからな、
羽遊側が分かるのだろう」
「ネネはこれに気付いた時どう思った?」
「私はそこまで深く溺れて居ないからな、
ただ味方でありたい気持ちだけは向上している」
「根々さん、寿人、取り乱してごめんね」
母さんが居間に戻ってきたと同時に
ある程度の話が終わった。
僕がどっちの味方になるべきか迷っていると、
「お前は幸田の味方で居てやって欲しい」
「永久子さんもそれに同意〜」
「僕は誰かの味方になれるかな、今まで人とあまり関わって来なくてそんな僕がなれるのかな。」
「だからだ、挑戦してみろ」
「永久子さんも応援してるから」
時折この家に来て良かったと思う瞬間がある。
複雑な家庭環境でからかわれた事もあったけど、
味方が居るという喜びを感じさせてくれる人が入れば
人間はどれだけでも強くなれるという事が大切なんだ。
僕も幸田さんの味方になって
喜びを与える側になりたいと感じた。
「母さん、ネネ、消極的になって御免」
(あれ…?反応がイマイチ…)
「何度も言っているだろう、謝るのでは無く感謝をと」
「永久子さんもそう思う、あまりありがとうって聞いた事ないかも〜!」
「有難う…ネネ、母さん」

時を同じくして、
「はぁ…うっ、はぁ…はぁ」
(そろそろ潮時か…、もう少し待ってくれ…)
階段を降りる足音、
「雪くん、もう良いよ」
「結衣…」
「もう終わらせよう、あの時アタシがあなたに興味を
持たなければ今こんなに苦しくなる事は無かった」
「平気だ、慣れてる事だと前にも言っただろう」
「おやすみ、雪くん」
「待ってくれ…ゴホッゴホッ、結衣!」
幽羽遊は彼との契約を解いて用意された、
棺桶に彼を入れた。

「それでどうする、ネネ…ネネ?」
「まずいな、もう始めたのか羽遊」
(始めたって何を…まさか契約の解除…!)
「何処に居るか分かる?」
「出会った場所へ行こう」
僕と彼女は羽遊さんと幸田さんの出会った池へと
向かうと予想通りそこに棺桶の前に居る羽遊さんが居た。
「ネネ、幸田はその中か」
「そうだよ、寿人くんも来たんだね」
「はい、幸田さんの味方になりに来ました」
「味方か、良かったね雪くん」
と言いながら棺桶をさする羽遊。
「お前は幸田をどうするつもりだ」
「この池に沈めてあげるの」
「幸田の気持ちはどうなんだ、聞いてやったんだろうな」
「雪くんはこれを望んでるの」
彼女と羽遊の会話を聞いている内にある言葉を思い出した。

《妖には人間の気持ちは理解出来ない》

その言葉と共に父さんが発したある言葉も思い出した。

《聞いてくれるだけでも人間は喜びを感じるんだ》

この言葉をそのまま羽遊に伝えると、
「そうなんだ」
「少しでも聞いてみてくれませんか」
「分かった、そうしてみる」
と言って幸田雪夜を目覚めさせてた。
「結衣、俺はまたお前の眷属になれたんだな」
「寿人くんがね、雪くんの気持ちを聞いてみてって
言うから聞いてみようと思って起こしたの」
「俺の気持ち?またお前の眷属になれて嬉しいという事くらいだな」

他に何か言いたげのように僕には見えた。
「羽遊はただ聞いているだけだ、言いたいだけ言えば良い」
と狂戯根々がこの言葉を発した途端、
「初めは生き長らえた事を後悔したが、旅をして
様々な場所で人間や妖と出会う内に感謝に変わったんだ」
「アタシは後悔も感謝を知らないから」
「これから俺が教える、お前は俺の知らない世界を
見せてくれた、次は俺が教える番だ」
「知らない…!知らないったら知らないの!」
と羽遊は棺桶の蓋を無理やり閉めて取り乱す中、
幸田は言葉を発し続けていた。
「生きる理由はお前だ、以外は無いも同じだ」
「もう良い!聞かなきゃ良かった、あなたの気持ちなんて知らない!」
「それが後悔って言うんだ、俺の気持ちを聞きたくないなら次は俺がお前の気持ちを言ってみろ」

(兄弟みたいだ…僕にも弟のような存在がいた気がする…)
「気まぐれだったの、狂ちゃんが人間に寝返ったって
噂を聞いて気になっただけなの、なのに離したく無くなった、お終い」
「俺もお前を愛してる」
「愛してる?それも知らない、狂ちゃんも純愛だとか言ってた」
「これから沢山知っていこう」
「出来ないよ、雪くん」
「どうしてだ」
「雪くんには味方が居るからアタシは一緒に居られない」
「味方?俺の味方はお前だけだ、俺にはお前が必要だ」
と言うと羽遊は姿を消した。
少しの間だけ沈黙が続いて幸田さんは森の奥へと歩いて行った。
僕はいつも通り彼女と母さんと生活を過ごしながら
ある日の朝方に幸田さんが訪ねてきた。
一週間ほど森で頭を冷やして
諸々の一件について詫びを入れに来たというのだ。
その途端に母さんは泣きながら幸田さんの頬に
平手打ちをして居間へと彼を招いて部屋を用意した。

「もう行くのか」
「ええ、永久子さんはまた旅に出ます」
「また説教の文通だな、気を付けてな」
「お願いしますね、そこに居るお友達も」
朝早くに永久子は家を出て再び旅へと出て行った。
それを見送った狂戯根々と幸田雪夜は、
居間にて会話をする。
「根岸の母上は何者だ」
「多少ながら体術を身に付けた元使用人だ」
「二人が話してるって事は母さんはもう行ったんだね」
母さんはいつも僕の知らない内に出て行ってしまう。
(本当は一緒に暮らしたいなんて我儘言える訳ない…)
僕は幸田さんと一緒に妖屋を続けている。
幸田さんはまだ羽遊との蟠りが晴れていない様子で
羽遊もまた消息を絶っている。
「幸田さん、どうですか」
「…」
「幸田さ、じゃなくて雪夜くん、そっちはどうですか」
「しばらく動いてなかったからか鈍ったみたいだ」
幸田さんは下の名前で呼ばれたいのか、
苗字敬称では口も聞いてくれない。
それを見て彼女は腹を抱えて笑って日々の生活が賑やかだ。
だが心の底から楽しめているかと言えば嘘になり、
僕の心は段々と歪んで行くばかりだった。
「寿人くんが危ない」
「久方ぶりに現れたと思ったら忠告しに来たのか」
「妖の影に飲み込まれてしまう」
「それ程までに寿人は影が強いのか」
と妖界の実力派が会話をしていると、
森の方から呻き声が聞こえて来る。
「騒ぎ始めたか」
狂戯根々と幽羽遊はアイコンタクトを通して
自身の役割を務め始めた瞬間、
「根岸!何処へ行くんだ」
「僕は森に行きます、森に行けば僕は独りじゃなくなる」
(どういう事だ…、森に何が…)
「悠生の言う通りになってしまったな」
まるでこの状況を知っているかの様に彼女は幸田の前に現れ、
さらに寿人の生まれと妖の影についてを話し始めた。

《寿人は仏道の町で生まれ、そこで何年か過ごした。
だがある日その場所に危機が訪れた。
それから寿人は独り、この町に避難してきた。
危機の際に寿人は鬼の血液を被っており、
夜になると手が付けられない程に荒れ狂ったのだ。
その依頼を受けたのが悠生だ。
悠生は自身の血液を寿人に飲ませて鬼の力を静めた》

これこそが寿人の生まれであり、
鬼の力というのは彼の故郷の呼称であった為に
この町の呼称である妖の影へと名を変えたというものだった。
「根岸はもう手遅れなのか」
「いやそれは無い」
「アタシと狂ちゃんなら止められる」
「結衣、いや羽遊、どういう事だ」
状況をイマイチ把握出来ていない幸田に
羽遊は詳しく説明をする。
その間の結界の肩代わりを根々が行った。
寿人を元に戻すには人間の血液が必要らしいが、
現段階で人間は不在である事を幸田は問う。
「あなたが居るじゃない、雪くん」
「俺は死人だ、そんな力は無い。」
「だからこそ適役なんじゃないか」

再び状況を把握出来ていない様子の幸田。
(俺は死人…どうやって根岸を…)
と様々な方向性を考えた結果を幸田は応える。
「そうか羽遊、お前は俺の体内に人間の血液を残した
状態で眷属にしていたんだな」
「気付いてくれて良かった」
「急いで寿人を助けに行くぞ、寿人が人間として
生きる事を悠生も望んでいた」

死人と妖たちは孤独に嘆く一人の人間を救う計画を練った。
(僕はここで何をしてるんだろう…)
「寿人、そっち側に行くな」
(誰の声だろう…聞き覚えはあるのに思い出せない…)
「根岸!何処だ、返事をしてくれ」
「寿人くん、雪くんの声を聞いて」
(雪夜くんに羽遊さんの声…ネネと母さんは…?)
ポーカーフェイスで普段は読み取れない、
狂戯根々が深刻そうな顔色になる。
恐らく寿人は予想外にも手遅れに近かったのだろう。
そこで彼女は最終手段への準備をし始め、
幸田にこの後の事を説明する。
「羽遊、私はお前の味方だ」
「知ってる」
「幸田、頼んだぞ」
「分かった」
そう狂戯根々の最終手段は自身が寿人の妖の影を
肩代わりするというものであり、
それはかつて悠生が命懸けで寿人を助けた時を彷彿とさせる。

《悠生、お前は何故この子供を引き取った》

《この子と過ごして居れば分かるさ》

彼女にとって悠生という人間は暇つぶしに過ぎなかった、
だが寿人という人間が増えた事で日に日に母性が芽生えていたのだ。
「寿人、私はお前を愛している」
と一言だけを吐露して彼女は寿人を静めた。
寿人が目覚めたのはその一ヶ月後、
(何日間寝ていたんだろう…)
「寿人〜!」
「母さん…」
「起きたのか、一ヶ月ほど眠っていたんだ」
「御雪くんは料理中でしょ〜、台所に戻りなさい」
(母さん帰ってきたのか…御雪くんって変わった呼び方して…彼には雪夜って名前があるのに…)
僕は目覚めた。
何故こんなにも眠っていたかは記憶は殆ど無いけど、
誰か忘れている気がしながらも居間へと足を運ぶ。

「そういえば母さん、さっき雪夜くんの事を御雪くんって」
「気付いた〜?雪夜って偽名だったのよ、
だから本当の名前は御雪くんって言うのよね〜」
「男らしく無いからマシな名前に変えたんだって
言っても聞いてくれないんだ、どうにかしてくれ」
(さっき変わった名前って言っちゃった…)
久しぶりの御飯は美味しくて賑やかな空間だったのに
謎の喪失感は拭えなかった。
「永久子さん、買い出しに行って来るね!」
と母さんは何かを感じ取ったのか外出をして
居間には僕と幸田くんだけになった。

しばらく沈黙が続いて僕は話し始めた。
「羽遊さんとはどう」
「変わらず、いや変わったな」
「そっか良かった、そういえばネネは何処に」
僕は謎の喪失感の正体を理解して涙を隠せなかった。
彼女は僕の暴走を止める為に肩代わりをして
そのまま消息を経った。
(ネネ…僕のもう一人の母さん…)
「ただいま〜!永久子さんが帰ったよ〜って
どうしたの〜息子よ〜」
「母さん、御免ね」
「根々さんの事、思い出したのね」
「うん、僕はなんて事をしたんだろう」
「どんな事を考えてるか想像しただけで辛い、
けど根々さんが求めている言葉は御免じゃないわ」

彼女が僕に向けて発した言葉が頭によぎる。

《その言葉を感謝に変えられないのか》

そうかそうだ謝るのでは無く、
感謝をする事が大切なんだ。
「そうだね、ネネ、母さん有難う、次いでに御雪くんも」
「俺は次いでか、あとお前は雪夜って呼んでくれ」

僕は何度も狂戯根々という妖の言葉に助けられてきて
人間として生きる自信をくれた。
これからも僕は妖屋として生きて行く、
隣にあなたが居なくても今は友人が居てくれるから。

聞いてくれるだけでも人間は喜びを感じ、
有難うという言葉で人間は強くなれるのだ。


ご覧頂きありがとうございます。
想像するばかりで形にはした事があまり無く、
ギリギリまで投稿するのを迷っていたのですが、
作品を残したいという気持ちから
遂に形にしてしまいました。

如何でしたでしょうか。
至らぬ点が多いのは自覚しているのですが、
何事も経験と言うので伸び代と私は考えています。

これから不定期ながらジャンル問わず創作して行くので
機会がありましたら立ち寄って下さると嬉しいです。


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