見出し画像

不登校・生きることが辛い夏休み明け

今年も「9月1日」がやってきます。

昨年もいろんなSNSで書かせていただきましたが、

9月1日は子どもの自殺が突出して多い日。

夏休み明けに子どもたちの心と体が不安定になり、不登校になったり、最悪のケースとして命を絶ってしまう子が増える、とされています。

この「9月1日問題」は社会的な認知がだいぶ進みました。

夏休みが終わるのが近づいてくると、なんとなく気が重くなる。
1日、1日、過ぎるのが怖くなってくる。

地域・社会において「子どもたちの居場所を増やそう!」ということが認知され、あちこちに居場所事業が増え少しずつセーフティネットが広がってきているな、と思います。
しかし、そのセーフティネットにも引っかからず、誰にも気づかれず取りこぼれてしまう子どもは、いる。

結局は地域の中で近所の人や同じ地域の人と関わっていなければ引っかかれない現実を実体験をもって感じているし、見ている。

行政や民間にどれだけ「助けて」と言ってもなにも動かなくて、「様子を見ましょう」「来てくれたらいいんですけど」で終わる。

出れないから言ってんのに「来てくれたら」ってなに。

3年半前、不登校となりそのまま精神的に病み、引きこもった息子の居場所は今、「家庭」しかありません。

もしあなたの子どもが『学校に行きたくない。。』と言ったら、どうするでしょうか?

ここからは、実話です。

当時中学2年生の2学期。体育祭が終わった11月くらいから『頭が痛い』『お腹が痛い』と言い始め、休むことが増え始めました。朝も起きるのも辛い。

はじめは『学校にいきなさい』と子どもに言ってましたが、自分も仕事をしているし、どうして良いか分からなくなりました。

12月に入り、冬休み明け、「まあ行くだろう」と思っていたがその頃には彼の心はかなり重症になっていて3学期が始まっても学校に行けなくなりました。『春になり3年生になって学年が変われば行くかもしれない』と思いながらも着実に彼の表情は心のないものになっていき、とうとう、「心が壊れて」しまいました。

3年生になり、一度も学校へ行くことはなかったが修学旅行にだけは行きたかった。が、当時の体調は最悪。
とてもじゃないけれど飛行機に乗って沖縄へ3泊4日いけるとは思えない。と、本音は思っていたが、「もしかしたら」がいつも私の心を期待していた。

私は修学旅行代を全額振込み、大きなカバンを買い、荷物を入れ、「楽しみだね」って息子に声を掛けた。

日にちが近づいてくるに連れ彼の表情は曇り、笑わないし、話しかけても答えがない。
しばらくして、「やっぱり行けない」と彼の口からこぼれた時は、こみ上げてくる感情を必死で殺して「わかった」と言うのを声を絞り出して応えた。

「また家族旅行でいつか行けるといいね。先生に連絡しておくね。」

と言ってひとり部屋で泣き崩れた。

遅くに帰ってきた夫に抱きつき、ひたすら泣いた。夫になだめてもらったのはたぶんこれが最後。

悔しくて悔しくて、なんでうちの子が。って。
思春期、青春。この時にしか経験できないことを普通に経験してほしかった。

「普通に経験してほしかった」は今でも私に取り憑いて離れない。


「また家族旅行でいつか行けるといいね」
と言った後、彼の表情は少し安心していたかのように思う。


「行かなくてもいい」と言ってしまった自分。

なんとか友達と一緒に修学旅行に行く、と信じてきたので、それが崩れるようでなかなかその言葉が言えなかった。


結果、みんなが修学旅行から帰ってきてお土産をたくさんもらった息子。

あのとき、説得していたら行けたのかな。別便で追いかけたら良かったのかな。

今でもあのときの判断が正しかったかはわかりません。

夏休み明けも、「行けたら行く」が続き、そのうちもう「行く」「行かない」の次元ではなくなって。

生きてくれてたらそれでいい、と思うようになった。

あれから3年半経ち、子ども自身の気持ちの変化やゆらぎ、表情が緩やかに回復に向かっている。(と、思っている)

あのとき、子どもが学校へ行かなくなったとき、
「明日は行く」を毎晩聞き朝になって「行けない」日々のとき。
長いトンネルがいつまで続くのだろうと思い

親の私は確実に「死」を横切った。
それくらい追い込まれ私の表情から笑顔は消えていた。

どうせなら死ぬ前、お世話になっている人々へ手紙を書こうと思った。
でも、不思議なことに。そう思ってペンをとっても、なかなか書き出せないでいる。

死にたいんじゃなくて今、生きているのが辛い。時間だけが過ぎていくのがとても怖かった。

もうちょっと頑張ろう、もうちょっとだけ頑張ろうと何度も沈んでいく心を必死ですくい上げ、せめて家庭の中で安心して過ごせる居場所があることはきっといつか自立できる、と呪文をかけた。


毎年、春先と夏休みの終わりが近づくと、
あの時の感情が込み上がる。

今、もしかして自分たちと同じように辛いと思っている人がいるならば、もうちょっとだけ生きてみて

セーフティネットにも引っかからず受け皿もない、関わってくれる支援者もいない我が家だけれど。

楽しみ見つけて

なんとか生きてるからさ。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?