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帰省エッセイ

あなたはきっと興味がないかもしれないけれど、これは僕の帰省のお話。

地元に降り立って数分、いつもの「時差ボケ」に陥った。
都会に流れる1秒と田舎に流れる1秒。どちらも同じ1秒なはずなのに、その速さはまるでちがう。対応するのには、ある程度の時間が必要だった。

運転するのは父だ。
赤信号で車が止まるたびに、俺の下腹部が痒くなる。
25になった今でも、父との距離感を掴むことはできていない。ミラー越しで目が合わないよう、俺は太陽色に染められた雲を、後部座席から眺めていた。

「ついた❓」
クエスチョンマークにやたらと凝る母からのLINE。
三年前はあんなにピンピンしていたのに、今では老眼鏡をつけるようになったらしい。
人は「老い」に抗えないのだと、改めて痛感させられた。

「うん」
必要最低限の文字しか打たない自分。きっと父に似たんだろうと、自分に言い聞かせた。
家族が嫌いなわけじゃない。でもどうしたって、恥ずかしさが自分の中に現れてしまう。親孝行は、まだもう少し先になりそうだ。

車が川沿いの道路を走る。
吉野川。遊泳禁止の看板が目に入った。当時、度胸試しで川に飛び込んだことを思い出す。一度本当に死にかけた。
あの時が、一番生きていた気がするな。
今が、死んでいるわけではないけれど。

「連絡取っとんのか、かずきと」
抑揚のない、父の質問。
「あんまりかな」
去年、海外派遣でイギリスへと飛び立った兄は、今年も帰ってこないらしい。この時期は、やはりめんどくさい手続きが多いのだと、家族も理解した。
「そうか」
また、父の抑揚のない声。少し寂しそうに聞こえた。

インスタのストーリーに
「里帰り」と添えて、写真を載せる。
誰に見せたいわけでもない、自分の中で、仕事モードから切り替えたかっただけだ。
せっかく帰ってきたんだ。たくさん休んで、また来年から頑張ろう。

昔通った、小学校を横目に車は走る。
あんなに広かったグラウンドは、8割が生い茂った雑草で埋め尽くされている。廃校になったのは、5年生だったかな。
当時の同級生は3人。俺以外の2人は結婚した。
今年は、帰ってきているかな。後で実家でも訪ねてみよう。

「ポン酢買ってきて❗️」
母からのLINE。
「母さんが、ポン酢買ってきてだって」
父にそのまま流す。
父は運転しながら助手席のビニール袋を取り出した。中には、ポン酢が入っていた。
父は自分が無口な分、だれかの感情を読み取るのがうまかった。それに比べて、母はとってもわかりやすい。だから父は母の思うことが、手玉に取るようにわかるのだろう。

「母さんの、調子どう」
出来るだけ、抑揚なく言ってみた。心配しているのを、悟られたくなかった。
「悪い」
聞きたくない2文字。
「でも、お前にはきっと見せない。由里は無理をする」
父は母のことを名前で呼ぶ。そこに、父の母に対する深い愛情が見え隠れする。

細い道を抜けて、畑が見えてくる。
「半分やったんだ。畑」
父がボソリと言った。近くに引っ越してきた若者の夫婦に、半分譲ったらしい。
あんなに広いと思っていた畑が、半分になると急に小さく見える。
子供の頃よく遊んだミミズやダンゴムシは、今もいるのだろうか。

玄関が見えてくる。父は車庫に頭から車を入れた。
ほとんど使わないのだろう。だから、そうやって入れても問題がないのだ。
「車、いつまで運転するの」
疑問に思ったから聞いてみた。
「わからん」
父らしい返答だと思った。

車を降りる。
母が、家の中から出てきた。
なぜか、泣きそうになった。

「おかえり」

「ただいま」

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