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パラレル・ゲイズ
視線の先の彼女は、背を丸めていて、静かに鼻で息をし、先月思い切って染めた赤茶色の髪がよく似合っている。ベッドを抜け出た彼はテーブルの上に放置されている明太子クリームパスタにラップをかける。一口だけ残っていて、皿の余白がやけに目立って見えた。
昼過ぎに起き、元アイドルで今はYouTuberとして活躍している女性の質問動画を眺めているうちに彼女が起きた。
午後3時半すぎに、2人は洗面所で歯を磨き、夕飯の買い物へ出かける。
外は寒く、彼が意見を譲らなかったため今日はカレーに決まった。彼女は料理を沢山作り置きするのが趣味で、根菜や玉ねぎが詰まったエコバッグは重い。
帰り道、小腹がすいた彼女の提案で、ふたりは最近顔を出してないコーヒー屋へ立寄る。
そこで彼は、久々に会った店主とコーヒー豆の話で盛り上がり、そのうちに荷物が2袋増えていた。彼女は店主の作ったモカチーズケーキを食べながら、久々に彼が生き生きと喋る姿を見た。
どちらかが元気ならば、どちらかは沈む。
二人の日常はそんなことばかりで、相手の生き生きとした姿を見て、羨むこともあったが、今日は子供みたいでかわいいなと思えたことに彼女は少し驚いた。
「あのさ、駅の近くに新しく公園できたらしいから、ちょっと寄ってみようぜ」
駅はふたりが住むアパートと真逆だったが、彼女は頷く。
公園には、ブランコと滑り台以外、遊具がない。周りを見渡すと、子供たちよりも買い物帰りの主婦や、散歩しに来た老夫婦や、彼らみたいに20代後半の男女の方が多い。
彼女は、ベンチに座って彼が買ってきてくれたコーンポタージュをすすりながら、なんだか素っ気ない場所だなと思った。彼は隣で缶コーヒーを飲み干しながら、落ち着いていて、ゆっくり出来そうだなと思った。
隣のベンチには、スーツ姿の30代位の男が、コンビニの惣菜パンを齧っている。彼は男が握りしめるように持った惣菜パンに齧り付く姿を見て、営業成績とかに伸び悩んでいるのだろうかと勝手に心配した。彼女は、男を見てあの人食べ方汚いなとだけ思った。
2人の前には兄弟がビニールボールを蹴って遊んでいて、弟が兄のボールを取ろうとして転び、泣き始めた。小さな喉仏を必死に震わせて、お母さんと叫んでいるが、誰も駆け寄ってこない。
彼女はその子供の元に駆け寄ろうと腰を浮かせた。
兄が泣き叫ぶ弟に狼狽えながらも、手を差し伸べて立ち上がらせると、弟はすっかり泣き止んで、彼らは公園出ていった。
彼女はその2人の背中を見て、あんなに心から誰かに助けを求めたことがあったろうかと思った。そして、もし自分がそうしていたら、手を差し伸べてくれたのだろうかと思った。
彼女は中学生のクラス担任を受け持つ教師で、彼は下請け会社で動画編集のアルバイトをしながら映画監督を目指している。
彼女は朝起きて仕事に向かうが、彼は朝に帰り、眠りにつく。同じ部屋に住んでいるが、同じタイミングで眠りにつくことはない。
分かってはいたが、同棲を始めたことで互いの生活リズムのズレは顕在化していった。まだ何者でもない自由と焦りを両脇に抱え彷徨う彼。教師の道を真っ直ぐ進んで行こうとする彼女。
手をつなぎながら彼は右へ行こうとし、彼女は左へ行こうとする。コントかと思うほど、2人は付き合っている当初からなにかと合わなかった。
「子供って、わざとかと思うほどすぐ転ぶよな」
「わかる。母親の前だと特にね」
「そうそう。そうなんだよ、あいつら泣けばいいと思ってるからさ。全くびゃーびゃーとみっともないんだよな」
彼女は試しに彼に賛同してみた。勿論、彼女自身は毛程も思っていない。すると彼が子供に対する偏見を語りだす。彼女は相槌を打ちながら再確認する。
同じものを見つめているのに、この男と私はこんなにも考えていることが違うんだと。
その時、彼女の現在地と彼の現在地の距離が可視化された。
小悪党みたいに笑いながら彼は楽しそうだった。そんな彼の横で彼女も笑ってみた。
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