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スタンド・バイ・マイ・ダーリン


こちらは、僕が最終的には、製本しようと思っている作品の試し読みができるページの第二弾です。まだまだ改良中です。なので、感想、少しでも気になった点などがあれば、コメント欄で教えてほしいです。よろしくお願いしますだ🐕ワン




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【彼女と東京】
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1.

 修羅場を起こすつもりは、毛程もなかった。

 瞼を擦りながら見上げる部屋の天井はどこまでも白く、染みが一つも見当たらない。ローテーブルの上には、昨晩、口を付けて飲みきれなかった三五〇ミリリットルの缶酎ハイが放置され、東の空から差し込む光を受けている。
 カヤが充電コードをたぐり寄せ、ロック画面を開くと通知が来ていた。連絡は酔いつぶれたカヤを部屋に置いて、出て行った友人からだった。

 メッセージの下に添付された動画を再生すると、突然、大きな音が鳴り、驚いた拍子に顔面に落としたスマホから流れているのは、紛れもなくカヤ自身の声だった。

「行かないでよ!」
「やだよ! もう帰るって! 今日は洗濯物したいの」
「うちでやればいいじゃん!」
「できるか!」

 カヤは滅多に人前で酒を呑まないよう心がけている。それは酔っ払うといつまでも人を帰そうとしなくなってしまうからだ。

「てか、おうちの洗濯物てつだって? そしたら私もユウのおうちに行ってぇ、一緒に洗濯物してあげうからぁ。てか、彼氏とどうなのぉ? あ、彼ピって言うんだっけ? いまはー、」
「なんでもいいし、うざい! 引っ付くのは旦那にしとけ!」
「いやだぁ。ユウちゃんがいい! 結婚して!」
「離れろ! 既婚者!」

 落ちて床に転がったスマホを取ろうとし、カヤもソファから転げ落ちた。立ち上がったカヤは下着を脱ぎ捨て、シャワーを首の後ろに当てながら揉みほぐし続けたが一向に二日酔いはなくならない。

 結局、湯あたり気味で浴室を出たカヤは髪を軽く乾かし、まず、友人にできる限り丁重に謝罪を送った。するとすぐに既読がつき、サムズアップしている鬼のスタンプが返ってくる。素早いレスポンスに安心する。失態の後となればなおさらだ。

 カヤはウォーターサーバーで水を汲み、ゆっくりと飲み干すと冷蔵庫を開けた。下の段には二駅先にある商業ビルの地下で買った一パック八〇〇円以上する総菜達が並び、真ん中の段にはバイト先の休憩室で話題になっていた焼きプリンが入っている。
 ブザーが鳴るまで冷蔵庫のドアを開け、迷っていたカヤはプリンを手に取った。

 窓の向こうに見える朝六時の夏空は明るく真っ青だ。サッシの上に立つと足裏だけが僅かに冷たく、柔い風が鎖骨や、肩の先を掠める。ベランダに出たカヤは鳥の鳴き声を聞きながら、手すりに掴まり見下ろしていた。

 高層マンションに囲われた広場には子供達と数人の保護者がいる。ラジオ体操をしている子供達は白と青のボーダーが入ったポロシャツを着ていて、 
どの子供もボタンを一番上までとめていそうだ。街の人々の高齢化を懸念した自治体は若い夫婦をターゲットにして、公園と一体型の分譲マンションを作った。
 そこにカヤは今、ひとりで暮らしている。
 子供達の指先はぴんと伸び、その子供らを見守る両親はゴミ出しの日も、分別も、きちんと守りそうな佇まいをしている。

 モデルハウスのような部屋の角には、羽のついていない円筒型の扇風機が自らで風量を調節し、湿度を常にコントロールし続ける。自走式の掃除機は埃のない床を監視し続ける。

 カヤは室外機の隣にあるハイチェアの上にプリンを乗せ、少し離れたところで、中腰になりながら写真を撮り、違う角度からも何枚か撮った。撮り終えるとカヤは露光量やコントラストをアプリで調節し、まだ口にしていないが、味の感想を打ち込んだ。

 SNSの更新を終えると、ハイチェアに座り、嘘つきな指先でスプーンを摘まんでプリンを口に運び入れる。二日酔いのせいか、味は吐き気がするほど甘ったるい。
 投稿後、カヤの投稿にはすぐにいいねが付いた。
 付けたのは同じ職場の同僚と、店長で、早速寄せられたコメントに対しカヤは返信していく。すっごくおいしかったですよ! 表情と一致しないテンションで返信しようとするためか、エクスクラメーションマークをつい、多用してしまう。店長からはまた即座にリプライがきて、返せばまたすぐにリプライが来る。
 カヤは結局、ハイチェアから二〇分動けず、プリンは一口分の窪みを残したまま放置され、後にラップをかけられて冷蔵庫へ戻った。

 カヤは部屋に戻ると洗濯を始めた。洗剤を入れ、友人からおすすめされた柔軟剤を加える。
 テレビを付けると、冷麺特集がやっていて、今日は冷やし中華を作ろうかと思ったところまでは記憶にあるが、カヤはいつの間にかソファで眠りに落ちていた。

2.

 カヤは夫のソウタと大学時代に知り合った。
 キャンパス近くにある沖縄料理屋が彼らの定番になり、終電を過ぎてもだらだらと相手の家にいるうちにふたりは付き合い始めた。
 駆け引きも告白もない。そのため、ときめきは他の男女に比べ少ない。それでもソウタはカヤの生活の中で、何よりも必要な要素となり、ふたりは結ばれる。
 彼らの中でその流れは自然で、生活は順風満帆だった。だが、大学を卒業して一週間後に籍を入れることに対し、親戚は難色を示し、両親は強く反対した。それはカヤの母親が若いうちに結婚した相手が、式を挙げてすぐに入り浸っていたスナックの女と不倫していることが明らかとなり、離婚していたからだ。

「若いうちに失敗してみればいいんじゃないか?」

 大学四年の夏、カヤが両親に結婚を前提に付き合っている男性がいると告げたとき、たまたま居合わせた叔父がそんなことを言い出し、両親は笑った。
 叔父は民事専門の弁護士で、カヤの母親の離婚調停に知り合いの弁護士を付け、慰謝料を巻き上げられるだけ巻き上げた。そして、叔父から紹介された弁護士と彼女の母親は再婚した。
 カヤは叔父の発言が冗談だと分かっていた。だからカヤは倣うように笑った。

 母親のことも大好きで、再婚相手のことも好きだった。叔父との関係も良好だった。だが、自分たちの関係性を最初から否定されるのは、どうしても許せなかった。そしてカヤは両親に黙ってその翌日、籍を入れた。

 式は勿論挙げられず、大学の同期が経営しているバーを貸し切り、互いの友達を数人招待して、ふたりは結婚報告パーティーを行った。
 身の丈ほどのケーキがなくとも、チャペルがなくとも、賛美歌がカラオケのデュエット曲でも、ふたりは互いに幸せだった。

 大学を卒業し、ソウタは証券会社に入った。
 ふたりは貯金を費やし、分譲マンションに住み始めた。互いの家を何度も行き来し、泊まり合っているので一緒に暮らすことは然程、真新しくは感じなかったが、それでも生活の中に初めては増えてくる。
 この街で暮らす以上、せめてマンションの住人とは良好な関係を気付いておかないとならない。それにカヤは新しい街で、人と知り合っていく中で、掛け替えのない友人が出来る予感がしていた。

 マンション近くにあるジムの勧誘に連れられ、カヤはインストラクターの指示を受けながら少しだけメニューをこなした。カヤは学生時代、帰宅部だったためほとんど運動しておらず過ごしてきて、今も気になったら少しだけ自宅の周りを走るぐらいで、ジムは勿論、初めてだった。
 入会手続きを済ませ、会員カードを手渡されると、なんとなくそれがこの街で暮らすための許可証に見えて、カヤは思わずにやけてしまった。その時、目の前にいた無愛想な受付の女が後にカヤの友人となるユウだった。
 そんなことを知る由もないカヤはその日の帰り、駅地下で少し高いケーキを買った。

 ソウタはシャワーを浴びていたので、カヤはパスタを作った。アサリの酒蒸しパスタだった。シャワーを浴び終えたソウタは食卓に着き、ふたりは今日を振り返りながらパスタを巻き、口に運んだ。
 洗い物を終え、ソウタがワイングラスを用意し、カヤはケーキの箱をローテーブルの上に置いた。箱を開くとニューヨークチーズケーキが二ピース並んでいる。

「異動が決まったんだ」
「どこに」
「東京」

 ソウタはカヤのグラスに白ワインを注ぐ。
 確かに就職した当時、証券マンは異動が多い職種だと聞かされていた。そのためカヤは環境の変化に出来るだけ早く馴染むための訓練をここで積もうとしていた。だが、ソウタの異動辞令は一年も経たないうちに下された。
 その夜、カヤは彼について考え、朝まで悩んで、ついていきたいと伝えなければと思った。
 翌日、食卓にはパックに詰められた総菜ばかりが並び、湯気を立てる白飯はどちらの器も減っていかない。

「ごめん。なんか今日、食欲ないみたい。明日の朝にでも食べるよ」

 ラップを取りにソウタがキッチンへ向かうと、カヤも立ち上がりソウタの後ろに立って声を掛ける。

「あのね、」

 振り返ったソウタはカヤの旋毛を見下ろしながら、そこへ手を乗せた。カヤが顔を上げるとソウタの掌はゆっくりと遠ざかっていく。見つめる指先は既にぼやけている。

「大丈夫だよ。カヤは、」

 言葉に含まれた意味が分かったとき、カヤの目から涙が零れる。

「あのさ。なんでいまなの?」
「もっと前に分かってはいたんだけど、言いづらくて」
「うそだよ。わかっていたらソウタは私にすぐ言うもん」
「ごめん」
「ほら、そうじゃん」
「いや、違うよ。僕が悪いんだ」
「ちがくない。本当は急に言われたんでしょ? ねぇ、せめてあと半年とかさ、伸ばせないの?」

 カヤは新しい生活を手にしたばかりで、ジムの会員証のスタンプもどこにも押されておらず、先週やっと近所の小学生と少し仲良くなったばかりだった。何もかもが、まだ予感の段階だった。

 中学も、高校も、大学もそれなりに楽しめた。
 だが大好きな人と二人きりで暮らす。ゆくゆくは子供が生まれて家族ができる。そしたらあの子たちはまだ見ぬ自分の子供と公園で遊んでくれるだろうか。そんな未来がカヤの頭にはあった。
 だが、東京に移り住めばソウタは仕事にかかりきりになるだろう。カヤは人間関係を作り上げていくのが苦手で、自分もそうであるにも関わらず、大人の女性が苦手だった。それでもこの街なら、そんな予感があったのだ。

「そんなの無理だよ。遊びの約束じゃないんだから」

 ソウタは誰かからの頼みを断れない男で、一度受けると降りられない男でもあった。だからこそカヤはこの男を放って生きていけないのだ。

「無理しなくてもいいよ」

 やめて。分かったような顔をしないでよ。
 歯を噛みしめるが、涙はだらしなく垂れ落ちる。それでも「一緒に行く」の一言が出ない。

「そうじゃない、けど」
「カヤ、この部屋、気に入ってるもんね」
「そんなことはどうでもいい。でも、」
「なに?」

 ソウタは意見を訊くだけで、自分の意志を何も示さない。カヤはそのことを口に出来なかった。口にした途端、返答はソウタの意志によるものではなくなってしまう気がしたからだ。

 カヤは、大学三年の夏からずっとソウタとの結婚を考え直してきた。就職活動もした。広告代理店の内定も出ていた。セックスまでには至らなかったが、インターン先の男と一晩同じベッドで寝たこともある。カヤはひとりで生きていくことも出来た。
 どこにいても、どうなっても、あなたを変わらず信じ、愛し続ける。その覚悟を持つまで時間を要するのをカヤは知っている。奔放すぎた父親に愛想を尽かされ、置いて行かれた母親の背中を見てきたからだ。
 それでも、カヤはソウタと結婚した。
 だが彼女の気持ちは沖縄料理屋の喧騒の中や、薄暗い六畳のワンルームの中を未だに漂っている。つまり、カヤはソウタとの生活を妄想できたが、想像することができなかったのだ。

 隔てる距離によってこの人に飽きられてしまったら、私はどうすればいいのだろうか。

 カヤはソウタがそんなぞんざいなことをするとは到底思えず、実際に起きないと思える。だがどうしても懸念はカヤの胸中に魔を産み、足首を柔く掴む赤子の手は踏み出そうとしているカヤの足に縋り付き、纏わり付く。

「僕はひとりでも大丈夫。だからカヤはここで待っていてよ」

 油断したら柔和な笑顔に絆されてしまいそうで、カヤはソウタを睨み続ける。握りしめた拳は「怖い顔してるね」と微笑む彼の顔面に向けるべきか、自分の鳩尾に打ち込むべきか迷っていると、ソウタはリビングを後にし、寝室に入っていった。

「『一緒に行こう』って言えよ」

 それから一ヶ月後、ソウタは始発に乗り、東京へ向かった。その朝、カヤが起き上がると、傍に彼はいなかった。

3.

 ソウタが東京で暮らし初めてからもう三年が経っていた。
 彼は仕事が忙しいせいで、放蕩息子が実家に帰るペースでしか家には帰らない。
 茶渋のついていないマグに埃が入る度カヤは洗った。寝るときはソファで眠り、寝室のベッドは定期的にシーツを替えるが使おうとはしない。そこでひとりで眠るのに慣れていくのが怖いからだ。

 カヤは一人っ子だが、どこで眠っても窮屈そうに蹲ってしまうのが癖だった。

 その日は夏の終わりだった。
 カヤはため込んだせいで、山のようになった課題を終わらせ、初めてソウタの家に行った。
 鍵のかかっていないドアを開けると、ラブ・ソングが彼女を出迎える。ラジオカセットが端に置いてあるラグでソウタは昼寝をしていた。
 恐る恐るカヤは隣に行き、横になって目を閉じた。すると音楽の心地よさに包まれ、五分も経たないうちに眠ってしまった。ラグは敷いてあるが床は固い。カヤが他人の家で熟睡したのは生まれて初めてだった。

「実家の猫そっくりだ」

目が覚めると、タオルケットが掛かっていて、背中にはソウタの掌が添えられていた。

 そんな甘い夢から覚めて、脱水が終わった衣服を干し始める。EPを一枚分聴き終える前に、一人分の洗濯は終わってしまった。



Bonus Number.


1. Kaya

Kaya.
20代後半くらいの女性です。性格は割と大雑把で、同居しているときはソウタが黙って彼女が脱ぎ捨てた下着などを洗濯機に入れていました。身体は細いですがよく食べ、よく飲みます。食べたものが贅肉にならないので、友人にはプリンセス天功と呼ばれることがあります。空腹時は機嫌が悪くなりやすいです。(なんか飯のことばっか追求してるな)
それだけ、衣食住に重きを置いている女性です。決して、丁寧ではないですがね。
大抵のことは秒で決められますが、自分の中で一度、重要と思うと決断が鈍るのが彼女の悩みです。一人は楽だけど、寂しがり屋という面倒な性格をしています。そのためバイト先ではあぶれないようにと常に周りの目を気にしてしまう節があります。

聴いてる音楽は、UAをはじめ、Charaとか、椎名林檎とか、宇多田ヒカルとか、90's-00's年台のJ-POPをわりと聴いています。たまにディグはしますが、愛用していたi podに入っていたアーティスト方面に偏りがちです。新規開拓ではなく、「あの頃」を大事に聴く派の方です。

洗濯物を干している時にカヤが聴いていそうな曲・収録されているEP

🎧UA / 微熱



💿UA / Are U Romantic? -EP-



2. Souta

Souta.
カヤと同じ歳です。今はツーブロックでしたが、昔はロン毛。性格は穏やかそのもので、周りからの評価は良くも悪くも「いい人」って感じです。
洞察力があり、相手が今、何を求めているのかを察しやすいです。そのため「断れないこと」にたまに悩みます。一人で昼食を決める時はじっくり迷いますが、相手がいるとまるで最初から決めていたかのようにすぐに決まります。自分の欲求よりも、みんなの輪を尊重する男性です。
4兄弟の三男で両親からは「手のかからない子」と言われ育ってきました。全てのことをよしとできる器があり、誰かと喧嘩をしたことが一度もありません。

聴いてる音楽はブラックミュージック全般といった感じで、ゆったりめのテンポの曲が特にお気に入りです。歌詞にはあまり興味がなく、全体の雰囲気で「この曲好きだな」と判断します。だからなのか、洋楽が多め。大学の時はサポートメンバーとして、呼ばれたバンドでベースを弾いていました。
また、彼には好きなアーティストもいなく、アルバムもありません。彼は音楽を聴くのではなく、鳴っている空間を楽しむ人間です。

モノローグシーンのソウタの部屋で流れていそうな曲・東京で一人アパートに帰る時に聴いていそうな曲

📻 Suchmos / FUNNY GOLD


🎧 Bobby Womack / If You're Lonely Now



「スタンド・バイ・マイ・ダーリン」のプレイリスト


💿 Apple Music Ver. 🍎


💿 Spotify Ver. 🍏


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