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フリーウェイに乗って、山下達郎を追いかけて! Road.2「SPACY」

※こちらは、僕が、山下達郎のオリジナル・アルバムを買い集めきるまでの旅を記録した日記です。
ちなみにサブスクでの配信はほとんどないため、音源は貼りつけません。気になる人はアルバムを買うといいさ。

2nd Album「SPACY」

アメリカでのレコーディングを終えて、現地でプロデューサーを務めた、チャーリー・カレロから多くのスコアを持ち帰った山下達郎さん。彼は、日本に帰り早速、アルバムづくりを始めます。
「SPACY」はA面とB面でバンド編成が違います。A面では初顔合わせのメンバーもいて、レコーディングの際には慣れない組み合わせが故の緊張感があったそうです。
ですが、どちらにも共通しているのは、両面とも名だたるプレイヤーがメンバーとしていることです。例えば、ベースに細野博臣さん、キーボードに坂本龍一さん。その他にも令和になった今でさえ、絶えず聴かれ続ける音を作ってきた匠がこのアルバムの編成には多く在籍しています。
そんなセカンドアルバム「SPACY」名盤でないはずがありません。聴きごたえ、バリエーションどちらも豊かで、タイトル名通り宇宙のように「拡がりを感じるアルバム」だなと個人的には思っています。


1.LOVE SPACE (A side)

プレイした瞬間から夜空へ駆けていける。僕はこの曲を聴くとそう思ってしまいます。それほど曲頭から素敵なフレーズが続く、アルバム一曲目「LOVE SPACE」。
何が、僕を’’夜空へ駆けさせるているのか’’。それは曲全体にわたって徹底されているロングブレスだと思います。山下達郎さんの声が揚力となり、サウンドが上空のその上の景色を見せてくれる。アルバムの一曲目としてこんなにもふさわしいものはないと、聴く度、僕はそう思ってしまうのです。


2.翼に乗せて (A side)

アコースティックピアノとして坂本龍一さんが参加されている2曲目「翼に乗せて」。朝の空港で離陸していく旅客機を眺めているような、そんな軽やかなイメージが曲の全体に漂っています。だからこそ最後に「翼に乗せて」と山下達郎さんがロングブレスで歌い上げる力強さが際立っていて、そんなギャップもこの曲の魅力かなと僕は思います。


5.DANCER (A side)

声にディレイがかかっていたり、意図的に詞のフレーズを繰り返していたりと、特徴的な歌い方をしているこの曲はフレーズ後の余韻が印象的で、全体的に儚さがあり、夜の空気が漂っているなと思います。
そんな5曲目「DANCER」は、ライナーノーツによれば北朝鮮に帰った先輩に向けて作った曲だそうです。だからこそ、歌詞は内省的であり、独白しているような静けさがこの曲にはあるのでしょう。まさに僕の大好物です。
中でも好きな詞のフレーズはアウトロへ続いていくこの部分です。

どうすればいいんだ
逆立ちのDANCER
僕等がずっと
踊り続けるためには
どうすればいいんだ
どうすればいいんだ
僕等はみんな、逆立ちのDANCER

自分、或るいは誰かへ問い掛け、問い直すようなこのフレーズ。その中でも際立って好きな部分が「逆立ちのDANCER」というところです。
僕はこの一言を聞いて、まず逆立ちでダンスなんてできるのかと考えました。世界は広く、それゆえ世の中にはいろんな人がおり、できなくはないと思います。ですが、大抵の人間は逆立ちをしたままでは踊れないのです。そう思った時、この表現は人間が抱える矛盾に対する暗喩なのではないかと思いました。
とある悩みが在り、自分の意志が二分化してしまった時、相反する感情の中で一人の人間がフロアで踊る、或いは藻掻いているような印象を受けます。だからこそ、きっと僕はこの曲が好きで、聴いていると自然と曲の世界に身体を委ねられるのかもしれません。


8. 朝のような夕暮れ (B side)

朝のようであり、夕暮れである。一文の中で正反対の事象が組み込まれている8曲目。この曲は詞が少なく、そして曲自体も短いです。
ライナーノーツによれば、この曲は電車ストにより大瀧詠一さんの自宅スタジオに一週間近く寝泊まりしていた時に生まれた曲だそうです。
タイトルを一見すると、意味不明に思いますが、皆さんは疲労困憊な体を休めるために仮眠を取り、起き上がるとせっかくの休日だったのに夕方だった。そんな経験はないでしょうか。
多くの人間がまず抱くのは大抵、罪悪感に似た昏い気持ちで、或いは切迫感でしょう。ですが、そんな意識が覚醒する前、微睡みの中、昼と夕の区別もつかずにまだ布団の温かみに包まれながら瞼を擦る間はきっと心地よいはずです。
そんな瞬きをこの曲は表現していると僕は思っています。そして、その後感じ始める緩い憂鬱を洗い流してくれるような曲でもあると思います。休みの日に夕方に起きてしまったら是非、試してみてください。


Bonus track. [SPACY]


「前の車を追ってください」
 乗り込んできた女が運転手に告げる。
 歳は30代半ば過ぎあたりで、夜でもサングラスをしていた。追いかける車は赤のサーブ900ターボ。等間隔で設置されている街灯の光を受け、ボディが赤く輝いている。
 女は追いかけてくれと頼んできたが、前方の車を見つめるわけではなく、窓の外の闇ばかりを眺めている。
 サーブが走る車線変更をし、運転手もそれに倣う。国道をまたぐ歩道橋の前の標識はこの先にインターチェンジがあることを報せている。
「このままですと、高速に乗りますが」
「はい、そのままで。お金はきちんと払います」
 運転手はETCを通過してハイウェイに乗った。料金は割増。運転手は日をまたぐまでロータリーで暇をつぶしておいてよかったと思った。
「前の車、誰なんです?」
 追いかけている車の運転手は浮気相手だろうか、それとも浮気をした旦那だろうか、あるいは大事件の容疑者だろうか。
 膨らみ続ける想像と好奇心に耐え切れなくなり、運転手が尋ねると女は「誰でもないんです」と呟いた。聴き間違えかと思い、もう一度運転手が尋ねてみるが、やはり答えは同じだ。
「ごめんなさい。ただ、夜を眺めていたくて」
 ラジオからは音数の少ないダンスミュージックが流れる。
 タクシードライバーは目的地まで人を連れていくのが仕事。であれば、目的地がなければそれまで走り続けるまでだ。
 女は静かに窓の外の闇を見つめ続けている。女は涙が良く似合い、運転手をドラマのワンシーンに立ち会わせているような気分にさせた。
 何処か静かな海辺で身体を寄せ合い、ただ波の音のままに揺れる自分の姿を運転手は想像する。

 赤のサーブは海の方へ向かっている。


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