ワールド・ルーズリーフ

彼女はそこに世界を描く。

机の上に広げられたノート。
柔らかな筋肉が紙を滑る音と、世界を創る音。
教室には、彼女の音と教師の声が響いている。

彼女のノートは、まとまっていて、見やすくて、なんなら黒板に書かれた手本よりも美しくて、僕の書くのよりもずっと色んなことが書かれていて、受けていたのは同じ授業なのかと疑いたくなるほどだ。

春からずっと隣の席で、僕は窓の外を眺めるふりをしてその手前の彼女の机に時たま目線を落とす。
彼女はじっと黒板を見つめて、時々ゆっくり目線を紙へ動かして、そして手を動かした。

透明な表紙のリングノート。
1枚だけ外されたルーズリーフ。
水色のシャープペン。
白くて華奢な右手。

無駄なものなんて何一つない、彼女の机。
そこから生まれる、小さな世界。

緑の匂いと一緒に、
ひら、と、僕の足元に世界が落ちた。
何度も見つめたそのひとひらを、拾い上げて彼女に手渡す。

「ありがとう」

彼女の世界に僕が初めて触れたその時、ずっと見ていたはずのその世界は僕の心臓に入り込んで、
そして、ただ一度、
聴いたことのない音を鳴らした。

「風」「机」

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