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「かぞくになる」

「いつか君とは家族になりたいんだ」
ふと出たその台詞の中になぜか、"家族"という言葉があった。僕は家族の意味をわかっていない。それなのに家族になることを欲していた。勢いで出てきたその言葉に自分が圧倒されてしまっているが、勢いだからといって嘘ではない。僕の中にある、きっと何かで押し潰されていた本物の気持ちだったんだろうと思う。

君からの答えが「ピンとこないよ、家族ってなに?」だったから尚更だった。だって僕にも、ピンときていないんだから。家族とは辞書で調べられる言葉ではない、そのことだけはわかっている。それぞれに形があって、法律とか血の繋がりとかなにもかもを排除したって信じられる存在なのだろう。きっとそうだと思ったから、そうなりたいと思ったから、ずっと一緒にいたいから、わかりやすく"家族"という言葉を使ってしまったのかもしれない。

うまれてすぐに属さなければいけない組織が家族だなんて、とても残酷だなあと思っていた。両親がいて子がうまれ、そうして家族は増えていく。それが一般的なのだろうけど、僕の遺伝子がこの世に残るなんて考えられない。今まで結婚願望はなかったし、もちろん自分の子どもなんて、僕の遺伝子を持つ人間なんて、存在させてはいけないと思っていた。思っていたはずだったのに。

君と出会って全てが変わってしまった気がする。一人でしか暮らせないと思っていたのに君となら一緒に住めると思ったし、一緒にいる時間を苦に感じたことは一度もないし、当たり前のようにそこにいて、当たり前のように呼吸して。それが続いていくことを当たり前だと感じてしまっていた。それがいけなかったのかもしれない。君との関係は、決して当たり前ではなかった。ギリギリのところで繋がれた奇跡に近い何かだったのかもしれない。君が繋ぎ止めてくれていたごく僅かな奇跡だったのかもしれない。君には愛する対象がいくつもあったから、僕が特別であり続ける必要がなかったんだ。僕がもし君の住む街からいなくなったとしても、君はきっと動じない。動じていたとしても、それを僕に押し付けてはくれない。わがままになって僕を愛そうとはしてくれない。

「それじゃあ僕たち、友達に戻るかい?」
「友達ってなに?今までと何が違うの?」

君はいつも的確なようで、だけどどこにも当てはまらない曖昧さを含んだ返事を持ってくる。それに吸い込まれて納得しそうになる。納得してしまってもいいのだけど、僕の気持ちだって伝えずにはいられない。僕は君との永遠を証明したいんだ。永遠を永遠にするための努力をしたいんだ。君に触れたい、近付きたい。君の思想に近付きたい。

僕は耐えきれずにその場を立ち去った。「あなたの決断を応援するよ」と言った君の声が遠く感じる。君と僕は別々の人間で、別々の人生でしかないことを実感する。ひとつになれるはずはないけど、共に歩むことはできると信じていた。隣で、向かい合わせで、背中合わせで、ちょっと離れたところにいたりもして、そうしながらもいつも傍で感じ合って、日々を重ねるものだと思い込んでいた。形はどうであれ、君との関係は永遠にしてみたかった。

僕にとっての理想の家族はいなくなった。僕がうまれた瞬間に属した家族とはまた違う家族という存在を失った。家族に憧れすぎていたのかもしれない。僕には叶えられるはずのない理想にしがみつき、僕ではない誰かが「家族になろう」と叫んだ。そしてその瞬間、僕でしかない僕がサヨナラを告げたんだ。